公爵令嬢_9
だって、彼女は知らなかったのだ
侯爵家が最後の砦となってしまった守護騎士という役目を続けるために
己が意思や感情どころか、人生をも犠牲にして、
侯爵家や侯爵家に連なる家の者たちが次代を生み出し続けたことなど
彼女は知らなかったのだ
その歪みが今の侯爵家で爆発し
その犠牲となった侯爵令嬢が子を望めない体になってしまったのだと
そもそも、
貴族令嬢処か女性として生まれたなら耐えられない程の傷を負い
その全身が医療従事者ですら、二目を躊躇うほどの傷跡だらけで
他者に嫁ぐなどと考えられないなどと
彼女は知らなかったのだ
侯爵令息は手を離せば、生きる事さえ諦めてしまう実妹を失わないようにと
実妹を己が至宝と呼んで
必要以上に、侯爵令嬢への愛を触れ回っていたのだと
そうすることで、幼少期の苛烈な虐待と過酷な日々で
他者が恐ろしくて仕方がない侯爵令嬢を誰にも侮らせないように守ると共に
侯爵令嬢自身に、生きていてほしいのだ訴えるために
侯爵令息は敢えてそうしていたのだと
彼女は知らなかったのだ
侯爵令息は侯爵令嬢への態度が元で周りに侮られることも
ともすれば、
公爵令嬢がそうだったように
実妹との関係を邪推され、気味悪がられることも受け入れていた
その上で、更に
侯爵令嬢が侯爵令息の邪魔になると勘違いしないように
万が一にでも、己の手を掴むことを躊躇わないですむように
わざと、婚約者を作らなかったのだと
彼女は知らなかったのだ
真実、侯爵令息と侯爵令嬢にとって
それぞれが命綱で、それぞれだけが己の存在価値などと
前世も今世も家族に大事に育てられ
家族が憎み合うなんて、親が子を守らないなんて悪夢があることを
彼女は知らなかった……
なのに、己の価値観でしか世界を見ていないのに
前世で知った知識を使い、
奇跡的に上手く事が運び続け、褒められることで
まるで、己が神になったがごとくの全能感を
彼女は彼女自身も気づかぬうちに持っていた
そして、その全能感のまま、人の人生を踏みにじった
その結果が、侯爵令嬢の惨劇に繋がった
惨劇の後、
侯爵令息は辛うじて生きている侯爵令嬢を連れて
全ての地位も義務も権利も捨てて
自領へ去り、二度と王都に現れることはなかった
当たり前だが
主人公と侯爵令息はそこで絆が切れ、バッドエンドを迎えた。
誤字報告ありがとうございます。
誤>生きる事さえ諦めてしまう実妹を失わうまいと
正>生きる事さえ諦めてしまう実妹を失わないようにと




