侯爵令嬢_1
「兄さまも要らないのね
…………じゃあ、もう、要らないわ」
そう言って、白銀の髪を舞わせた美しい少女は
表情一つ変えずに、己が首を己の魔力で作り出した氷の刃で
躊躇いなく、切り裂いた
白銀の絹糸の間を真っ赤な血吹雪が舞う様は
惨劇を忘れる程、美しかった
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少女に残る最古の記憶は真っ白な部屋で
真っ白な物に一人、ただ座っている記憶だ
少女が己の存在を認識した頃からそれはずっと続き
彼女の最愛であり、唯一の庇護者である兄が現れるまで
少女はただそうして過ごしていた
兄が現れるまで少女は
この空間に朝一番に日に一度だけ現れる生き物、
(大抵は少女が寝ている早朝に訪れるため
日によって、違う人物なのか同一なのかはわからない)
が置いていく物を食べ、ただ無為にベットに座っていた
少女がなぜベットに座っていたかというと
ベット以外にこの部屋には何もなかったし
ベットを降りたとしてもこの部屋で何もすることがなかったからだ
というより、何かをする、ということが分からなかった
そして、少女が身じろぎするだけで
唯一この部屋に現れる侍女は、ヒッと小さく音を上げて
慌てるようにこの部屋を出ていくから
だから、少女は自分は動かない方がいいのだ、と思い
ただ、ベットの上で過ごし続けた
そして、果実以外の何かが置かれることもあったが
一度それを口にしたら、吐き気と頭痛でひどく苦しみ
吐瀉したまま、ベットで倒れ込んだ
次に目が覚めると
(部屋に掛けられている浄化の魔法によって)
それらは綺麗になっていたが
少女を恐怖させ、
果実以外の何かを口にするのを怯えさせるには十分だった
それからというもの
兄に会うまで、少女はただ果実だけを口にした
たとえ、果実が何日も置いてなくても
(水差しの使い方を知らないので)水さえ飲まずに
ただぼんやりとベットに座っていた
それが普通でないことも
それが悲しいことだともその時の少女は知らなかった。