表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵の道  作者: 今尾実花
3/5

その3

 いくつかの試合を終え、やがて昼休みを告げる放送が館内に流れた。


「ありがとうございました!」


 ちょうどタイミングよく試合が終わった二中女子は、竹刀などを置きに更衣室に向かった。そこで胴と垂れを外し、胴着だけの楽な格好になる。錬成会で唯一の楽しみ、昼食の時間がきたのだ。


「一時半からアップを始めるから、遅れないよう時計を気にしておけ。いいな?」

「「はい!」」


 顧問の池原先生が全員揃ったのを確認して、午後の指示を出した。午後も試合が続くため、食後に軽くアップをするのが普通だ。


「いただきまーす」


 お楽しみのお弁当箱を開けると、中は私の好物ばかりが並んでいた。その上でちゃんと野菜も入って栄養配分に気をつかっている。早朝からこのお弁当を作ってくれた母に感謝だ。

 さて、今日はたっぷり朝から練習したワケだが、疲れてご飯が食べられない――なんてことはあり得ない。みんなガツガツとお弁当に食らいついている。

 というか、昼食を食べなければ午後は空腹地獄だ。朝より試合数は多いので、軽く死ねる。食べない奴は自殺志願者とみなされても文句は言えまい。


「神ぃ、午後はどこの会場から?」

「ん? えーっと……。あ、午後はA会場だってさ。うちら最初は審判だよ、沙奈」


 朝も見た今日の予定表を、再度確認する。今回は審判役が最初で、次に白のタスキをつけるようだ。


「じゃあ、また三年生でやる?」

「ずっと三年生でやってたから、次は二年生に任せれば?」

「お、大崎先輩! なに怖いこと言ってんすか!」


 箸を口に突っ込んだままで、生野がこちらを驚愕の面持ちで振り返った。他の二人も同意見のようで、こちらをじっと見ている。


「怖いことないよー。学校ではいつもやってるでしょー?」

「け、けどやっぱり……」

「けど、流石に全部任せるのはキツイでしょ。主審は三年で、副審を二年にやらせたら?」

「あ、賛成! 神ぃ、いいこと言うじゃーん」

「その唐揚げ食うぞ沙奈」

「ごめんウソ! さすがです神谷様!」


 学年別で分担するという意見には全員が賛成らしく、反対意見は出なかった。残るは最初に誰が審判をやるか――じゃんけんによる、真剣勝負だ。

 こうしてお弁当を食べ終わったところで、女子は学年別じゃんけん大会を催したのだった。


「ぃやったあ!」

「ほんぎゃああ!」

「あー! 負けちゃったぁ!」


 岩谷が歓喜の、生野と中田が悲嘆の叫びをあげる。一回りしか審判の役が先延ばしにならないとはいえ、まだ場数を踏んでいない二年生だ、その反応は当然のものだろう。


「あ、負けちった」

「はい神ぃ、一番決定~。さ、二番も決めとこーよ、めぐ」

「いいよー。じゃーんけーん……」


 一方の三年生は、対外試合の審判役はもう慣れたもの。そのため、二年生のような必死さはない。とても和やかな勝負。結局、午後の最初の試合は私が主審を務めることになった。

 やがてじゃんけん大会を終え、食べ終えたお弁当を片付けると同時に、私はオヤツ代わりのアレを出した。チョコレートとクッキーが大好きな私に必須な、カ○リーメイトだ。

 むしろそれは主食だろうというツッコミは不要である。バナナはオヤツじゃなくてもカ○リーメイトはオヤツです。


「なぁ神谷」

「ん? なに、川中」


 ここは本来、バスケットやバレーなんかの室内試合用の観客席であるため、席は会場をぐるりと取り囲むように並んでいる。もちろん階段状にたくさん並んでいるので、常盤二中は横一例ではなく縦にも広がり、上部に女子、下部に男子が陣取っていた。

 その中で私の一段下に座っていた川中が、見上げるようにして声をかけてきたのである。


「それってみんな食べてるけどさ、そんなに美味いの?」

「ああ、これ? ……って川中、カ○リーメイト食べたこと無いの?」

「うん」

「あ、俺もー」

「って、かっちゃんもかい」


 お前らどんだけ希少生物だ、というツッコミを何とか喉元に押し留め、私は下段に座る野郎どもをまじまじと眺めた。

 なにせカ○リーメイトはオヤツとして(いや、他の人にとってはお弁当の一部か?)中学生には大人気、のはずだ。

 毎回お弁当に持ってくるのは私くらいだろうが、部内で女子は勿論、男子も食べていたのを見たことがある。そのためお弁当とはいかなくても、家でも食べたことがないとはビックリだ。


「じゃあ、半分あげるから食べてみなよ」

「えっ、マジで?」


 川中が少しばかり裏返った声をあげた。

 ……なんだよ、私はそんなに食い意地が張ってるとでも?


「ほら、かっちゃんも。食べるの? 食べないの?」

「あ、じゃあ俺も貰うわ。サンキュー」

「あんがとな、神谷」

「どーいたしましてー」


 川中とかっちゃんがカ○リーメイトを頬張った。もくもくと咀嚼した結果、先に声を上げたのはかっちゃんだった。


「わっ、これうめぇ!」

「そう? 良かった。川中は?」

「あ、うん。美味い。あんがとうな」

「いーえー」


 三年間の付き合いだ、もうこんなやり取りはいつものこと。

 常盤二中は二つの小学校から生徒がくる。三年女子は私と同じ小学校の卒業生だが、男子は半々だ。

 川中とかっちゃんはもう一つの小学校出身だったため、私も最初はそれとなく壁を感じた。が、今は同じ小学校出身の仲良くない男子より、二人はよっぽど近しい存在だ。

 ……なにせ三年間、竹刀でど突きあっているのだし。


「そうだ川中、男子の試合の感じはどう? 勝ち越してる?」

「Aは個人としちゃ半々くらい、Bはまあ……、って感じだな。女子は?」

「今のところは勝ち越し。全体なら三勝一敗だね」

「……。そうか、女子のがやっぱり成績いいのか」


 水筒のお茶を飲みながら、川中が呟くように言った。


「なーにを言ってんの、お前は。男子と女子で比べんなよ」

「ん、まあ、そうだけどさあ……」


 川中の言葉尻ははっきりしないが、何を言いたいかはすぐに分かった。

 私たちの入部当初から、剣道部は常に女子のほうが好成績を残していた。

 総体だけを比較しても、一昨年の女子は団体戦で県大会ベスト8、個人戦では全国大会に一人出場した。去年は県大会で団体戦ベスト16だったが、個人戦では再び全国大会と、関東大会出場が一人ずつ。他の大会でも数々の賞を獲得し、公立でありながら、県下でも屈指の強豪校といっても過言ではなかった。

 一方で、男子は一昨年の団体戦で県大会出場が精一杯であり、個人戦は市内止まり。しかも去年は、男子部員がゼロ。成績は無であり、川中たちにとっては頼れる先輩がいなかった、ということでもある。

 今年の女子は先輩たちの活躍に泥を塗る形になってしまい、本当に申し訳なく思っているくらいに、実力の低下が著しい。けれど、それでもいくつかの大会で上位入賞はしているし、団体戦の県大会出場は問題ないと思う。が、男子はそれすら危ういのだ。


「今年は男子、枠増えたじゃん! 去年、坂上中が全国行ってくれたおかげでさ。その三位枠に根性で喰らいつきなよ」

「ん、そうだな。それに、総体はまだ先だし、まずは今日の午後のことだよな」

「そのとーり。審判とか決まった? 女子はさっきじゃんけん大会だったけど」

「男子は午前中に全部決めといたから大丈夫。あ、けど念のためにローテ確認しとこう。――神谷、あんがとな」

「どーいたしまして」


 そろそろアップの用意しよう、と川中がみんなに言ったのを合図に、ぞろぞろと全員が動き始めた。

 やがて再び防具をつけ、午後の試合のためのアップを開始する。朝よりも少し軽めに済ませると、男子女子、それぞれの試合会場へと向かった。


「はじめ!」


 主審の、私の号令で他校の選手たちが一斉に気合を入れた。右に赤、左に白の旗を持ち、選手を見やすいよう、常に動き続ける。副審を務める二年生たちはやはり緊張しているようだが、きちんと試合場を動きながら、選手を注意深く見守っていた。

 審判をやっていると、選手の打突が決まった瞬間、感覚的に「決まった!」と反応することが多い。そのため、何の技が決まったのかが、分からないことが多々ある。手が旗を上げていても、その理由がわからない。何の技で取った、と宣言することが直ぐに出来ないのだ。だが、主審はそれをキチンと宣言するまでが仕事だ。一瞬で脳みそに仕事をしてもらわないと、かなり困ったことになる。

 ――さて、もう二分は経過しただろうか。膠着状態だった先鋒戦で、白の選手の引き面が見事に決まった。


(――!)


 白の有効打突を宣言しようと、下げていた手を腰ぐらいの高さまで上げたが、咄嗟に引き面を無効とした。副審も中田は白を上げたが、生野は無効の宣告を、私と同じように旗を体の前方で左右に振ることで示していた。

 その理由はありがいことに、今回はすぐに脳が判断してくれた。引き面は綺麗に決まったが、最後のキメが足りなかったのだ。どんなに踏み込みや声と打突が一致していても、残心がしっかりしていなければ一本にはならない。白の選手は技が決まった、そう思って気が緩んでしまったのだろう。

 次の瞬間、無意識にも等しく、反射のように私の右手は高く掲げられた。


「――面あり、一本!」


 気を緩めてしまった白に、赤の必死の追い面。三本の赤旗が、迷いなく上げられた。


(二中が総体で最も大事にしなきゃいけないのは、これだ)


 最後まで、決める。最後まで、諦めない。

 白が決まったと思っても、いや、白が決まっても。審判の宣言が告げられるまでの、その一瞬を逃さなければ、こうして三本とも赤に変わるときがあるのだ。


「二本目、始め!」


 そして即座に上げられる白の旗。開始と同時に放たれた出小手。白も自分の過ちに気づき、赤が一本先取して、どこか安心して二本目に挑んだところを突いてきた。


「小手あり! ――三本目、始め!」


 自分が試合をするときとはまた違う、この緊張感。その高揚に身を浸しながら、私は試合終了の音に従い、引き分けを宣言をしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ