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兵の道  作者: 今尾実花
2/5

その2

 週末、来月の総体を控えて錬成会が催された。市内大会で当たる学校以外にも、近隣の市から多くの中学校が参加しているため、会場はかなり大きな市営の体育館だ。


「ええと、まずはB会場だね。タスキは赤だって」


 各校に配られた予定表を見て、まず私は自分達の学校名を探した。

 この紙が無ければ今日の予定が全く分からなくなってしまう。複数ある会場のどこを使うのか、どの学校が相手か、試合の順番は、タスキの色は。とても大事な物だ。


「ねぇねぇ神ぃ、同じ組の学校は?」

「んーと、佐川中Cと川西中だってさ」

「凄いな、佐川って学校、三組も組めるだけ女子がいるんだ」


 三年間を共にした――退部せずにここまできた、数少ない仲間。二年前、入部当初は五人だったのに、理由は様々とはいえ一人、また一人と女子は辞めてしまった。

『この五人で強くなろうね!』

 そんな幼く儚い誓いは、いとも簡単に崩れさる。だけど、だからこそ三人の絆は強い。


「けど、Cは四人だよ。きっと一二年生だけだね」

「うちはBすら作れないのに。一年生は審判が出来ないから、今日は学校で居残り稽古だもんね」


 中堅を務めるのが、この大崎恵美。名前通りに体格に恵まれ大柄な、ほんわかのんびりタイプ。稽古で発する気合と普段との差が、部内で最も激しい人物だろう。今でもたまにビビる。


「わーん、佐川が羨ましーいー!」


 そしてこちらが先鋒の小田沙奈。名前通りにパート2だ。沙奈は小柄なため、こういう場では一年生とよく間違われる。くるくるよく動いて喜怒哀楽がハッキリしている、最上級生ながら女子のムードメーカー的存在だ。


「うちらの二つ上の先輩は七人、その後も六人だったもんねー。あー、何でこう部員少ないかなぁ……」

「良いのは更衣室が広く使えることだけだよねー」

「全くだよね」


 廃部の危機だけは何が何でも避けたい。まあ、今のところはその心配はないようだが。

 今日の会場は市の体育館なので、女子更衣室として割り当てられた部屋も、会議室みたいなところだ。それなりにきれいで広い。どこかの高校などを借りると、倉庫一歩手前の部屋の場合もあるから、今日は上等な部類だ。そんな部屋で、他校とともに急いで着替えを始めた。

 冬ならセーラー服にブレザーにと、色々な制服が見られただろうが、今は夏。大抵は我が常盤二中と同じ、半袖シャツに紺スカート姿だ。……実際、自分の学校以外の見分けがつかない。

 三年間、ずっと着続けたために色落ちが見える紺の胴着の上に、黒の袴を履く。そうして床に座って垂れと胴を着ければ、まずは着替え終了だ。

 そこまで終えると、私はスゥ、と小さく息を吸い込んだ。着替えを急いだために生じた焦りを、ここに置いていくためだ。先輩に倣ったのでも、先生に聞いたわけでもない。これは、一種のおまじないのようなものだった。

 そして全員が着替え終わるのを待って、面と小手、竹刀を持って立ち上がった。会場となる体育館でアップ――準備運動を始めるためだ。もう男子は集合しているだろう。何せ男子に更衣室など割り振られるワケがなく、着替え場所はその体育館なのだから。



「切り返し、始め!」


 男女の部員が揃ったところで、試合前の稽古が始まる。

 川中の合図とともに、一斉に二中の面々が気合を発した。


「やあぁああっ!!」

「めぇーっん!!」


 バシバシと竹刀が元立ちの面を打つ音が響き渡る。道場には同じようにアップをしている学校ばかりいるが、この気合だけはどこにも負けないような気がした。


「交代、――次、始め!」


 そう思っているのは私だけじゃないだろう。川中、かっちゃん、恵美、沙奈。いいや、他校も含め、この場にいる全ての人間がそう思っているだろう。

 せめて、気持ちだけは負けない。

 それが剣道を志す者の――あるべき姿なのだから。

 アップを終えると、顧問の池原先生から活を入れられた。総体まで一月を切ったぞ、と。

 それはここにいる選手たちにとって、何よりも気合いを入れる言葉だ。


「ようし、今日も頑張りますか!」

「あ、神ぃー、タスキつけてー」

「って、気合いを入れた途端にそれか! まったく、生野にでもやってもらえよ沙奈……」


 いつの間にか、早々と面をつけた沙奈が私の後ろに立っていた。沙奈は先鋒なので、すぐに試合が始まる。用意が早いのは当然だ。


「菜穂ちゃんも次鋒だから、もうタスキつけなきゃいけないの! 今ゆきちゃんがやってる」

「へーへー、私が悪うござんした。さ、後ろ向いて」

「うん」


 試合を行うとき、剣道では背中に小さなタスキを結いつける。スポーツと化した柔道の国際大会レベルだと白と青の胴着で選手を見分けるが、剣道は違う。背中の紅白のタスキで選手を判断するのだ。審判も判定を下すときは選手名などではなく、赤か白かで告げる。


「はい、出来たよ」

「ありがとー!」

「あ、神谷先輩! 後ろ向いて下さい、タスキつけますから!」

「お、ありがとう中田」


 どうやら選手みんなにタスキをつけて回っているらしい、世話焼きの中田ゆきがやってきた。中田は優しいが、その分、何か出しきれないものがあるのだろうか。彼女は二年間、補欠のままである。

 小学校のときから近くの道場に通っていた経験者の生野はともかく、もう一人の岩谷美紀とは入学=入部という同条件なのに、ずっと中田は補欠から抜け出せずにいる。


「さーて、まずは佐川中が相手だね。四人しかいないから、次峰の生野は休みな」

「えっ、やる気満々だったのに!」

「こーら生野、四人なのはさっき言ったろうが! お前また人の話し聞いてなかったな?!」

「ちぇー」

「生野、返事」

「はーい」

「……い・く・の?」

「は、はい! すんませんした!」


 お調子者の生野を後ろから面ごと揺さぶって、シメ……いや、先輩への礼を守らせる。多少厳しくとも、きちんとした言葉遣いというのは絶対のルールだ。というか、これくらいの指導で済むのは剣道部として甘いほうだろう。うちの学校は規則はしっかりしているが、そこまで厳しくない。


「よし、みんな。相手は二年生チームだけど、油断は禁物だ。だけど、ここは果敢に攻めなきゃね。一本、いや、二本を取りに行け。なにせ錬成会なんだから」

「うん、とにかく打ち込んでいかなきゃね!」

「それじゃあ先鋒、若田沙奈、行ってきます!」


 意気揚々と割り振られた試合場に沙奈が並んだ。私たち四人も少し遅れて横に並ぶ。試合前と後の礼は、選手全員で行うのが礼儀だ。


「――お願いします!」


 挨拶を終えて顔を上げたときに、チラリと、相手を見る。予想通りの二年生(しかも大会では補欠ですらない)チーム、緊張してガチガチなのが一目瞭然だった。

 ふとこぼれそうになる笑みを何とか押し留め、赤側の床に座った。

 勝てそう、とか楽な試合だなど勝負に関することは、露ほども考えなかった。まるで去年の自分達を見ているようで、懐かしさのあまり笑いそうになってしまったのだ。ただ、去年の自分たちには、三年生の補欠の先輩がチームにいて色々とフォローしてくれたので、こうした場合でも安心していられた。

 それでも自分達が団体戦を――しかも三年生の選手とやるなんて、緊張するなというほうが無理だった。


「ファイトー!」


 体育館のあちこちから響き渡る応援と気合に、胸に去来する懐かしい思い出。あの時も、今も、必死に選手を応援した。武道は勝利を目的をするのではない――と言っても、やはり勝利を望まずにはいられないから。

 思い出に浸る暇などこの瞬間にあるわけがなく、ぐっと拳を握りしめ、私は試合場を見つめた。


「小手あり!」


 わあっ、と歓声と拍手が巻き起こる。主審、副審、三本の赤旗が一斉に高く掲げらられた。開始早々、まさに電光石火の一撃で沙奈の出小手が決まったのだ。

 小柄な沙奈は相対して高い位置になる面よりも、手前の小手技を得意にしている。沙奈はすばしっこさを武器に、体格の壁にこうして立ち向かい続けている。私も大崎さんも身長は160以上ある。そのため、沙奈にとっては打ち破るべき相手であり、ともに切磋琢磨する仲間なのだ。

 二本目が始まったが、相手の先鋒は、一歩動いたところをいきなり一本取られてしまったため、自分から打って出てこない。けれど、それなら――。


「面あり! ――赤、勝負あり!」


 沙奈が自分から出て、真正面にぶち込んでやればいいだけのことだ。

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