仕事の早い女
朝ごはんを食べ終わって学院に行く準備を進めていると急に声が聞こえてきた。
(マスター?おはようございます。今よろしいですか?)
(おはよう。どうしたの?)
(今日の夕方以降には例の準備が整いそうなのでお伺いしてもよろしいですか?)
(ええ。もちろん。早いわね……昨日の今日なのに)
(我々ならたやすいことです)
ちょっとだけふふんと自慢げな感じが伝わってくる。
(流石、頼りになるわね。早めに帰ってくることにするわ)
(よろしくお願いします)
「姉様、そろそろ行きましょ~?」
「今行くわ!」
「ミア!おはよう!あれは書いて来た?」
学院に着いて早々に皇女様に掴まった。
「おはよう、エイリーン。書いて来た……って何を?」
彼女に対して何か書いて渡すものなんかあったっけ。今日の宿題は特になかったはずだし……。
「選考会への申込よ!」
当たり前でしょう?という感じに胸を張って答える彼女。
「昨日の今日でしょ?まだ書いてないわよ」
昨日はイオナに依頼するのと疲れたので書いてる暇なんてなかった。どうせまだもうちょっとだけ期間があるし明日でもいいかなと思ってた。
「忘れる前にさっさと書いちゃいましょうよ」
「えぇ~?忘れるかしら……」
「この皇女殿下は貴女が心変わりする前に文書に残してしまいたいんですのよ」
横からロベリアが補足をしてくれるように口をはさんでくる。
「あ、ロベリアおはよう。心変わりってエイリーンあなたねぇ……」
「しょうがないじゃない。一日落ち着いてみたら……なんてことがあったら困るもの!一緒に競技に出たいし」
案外かわいいところがあるじゃないこの子。
「…分かったわよ。今書いちゃうわ」
貰っていた通神書にササッと必要事項を書き込んでいく。出る競技は三つ。マギガント、クルセオ、フラガエスト。
「これでいいのよね」
エイリーンに書いた内容を見せる。うんうんと頷きながら一つ一つチェックしていく彼女。
「大丈夫ね!じゃあ提出しに行きましょう!」
「今から!?」
「善は急げよ!ほらほら!みんなも出しに行くわよ!」
私の手を引っ張る彼女。やれやれといった感じでロベリアもついてくる。レイとノアも慣れたようでいつものことのようにスルーしてついてきてくれた。この日常、だいぶ慣れてきたけど思ったより心地いい。
結局そのまま通神書は受理してもらえた。ちょっと受付の人が緊張していたのは多分気のせいじゃないだろう。この学園でも一二を争うくらいやんごとない身分の二人がいるから仕方ないっちゃ仕方ないけど。
だいぶエイリーンに振り回された一日だった気がする。いや、いつも彼女には振り回されているんだけど。選考会が近いし練習しましょう、と言って昼や放課後ちょっと練習を始めることになったし。こんなに学校のイベントに真面目に取り組もうとしたことなんてはじめてかもしれない。こう考えると、昔の高校でもちゃんと参加しておけばよかった。思ったより楽しいし、いい思い出になりそう。何より、青春をしている感じがする。
「姉様?どうかされましたか?ぼーっとして危ないですよ?」
隣を歩いていたレイに服を掴まれてしまった。階段が目の前にあるのに気づいてなかった……危ない。
「あ、ごめん。ちょっと今日のことを思い返してて」
「ああ、練習のことですか?」
「そうそう。友達とこういう行事で一緒に何かをするのって楽しい、って思ったのよ。あんまり柄にもないこと言ったかもしれないけど……」
「いいえ姉様!とってもいいことです!いっぱいお友達作って楽しい生活、送りましょう!」
ちょっとうれしそうにそう言ってくれる。
「姉様、家を出てから昔みたいに銀吹雪って呼ばれてた感じが柔らかくなってきてますます素敵だと思います。まぁ……家を追い出されたのが結果的に良かったなんて言いたくはないですけど」
「少しは変われた……のかしらね」
「私には良い方面に変わっているように思えます、姉様!」
階段をちょっと登って振り返って笑顔を見せてくれる。私の一番の理解者の彼女がそう言ってくれるのなら少しは自信を持ってもいいのかもしれない。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとう、レイ」
今度何か贈り物でもしよう。少しでもお返しがしたい。
「ミア様、レイ様、おかえりなさいませ。ニノへ様がお待ちです」
「ただいま、ネイ」
部屋に戻ると既にニノへ達がリビングで待ってくれていた。
「お、二人とも帰ってきた!なんかおっきいもの来てるけどなにこれ~?」
「魔銃用のいろいろよ」
「ほほ~う?」
セイラが布に覆われた荷物の周りをぐるぐるまわって見ている。
「マスター。おかえりなさいませ」
「少し遅れちゃってごめんなさいね」
「いえ、マスターにもやることがございましょう」
「しかも津軽も一緒に来てくれるだなんて」
「お久しぶりです、マスター。お元気でしたか?」
「ええ。おかげさまでね」
津軽はドレスを作ってもらった時以来だろうか。
「私がマスターの魔銃をチューニングさせていただきますね」
「ちゅーにん……?」
「よろしくお願いするわね」
これでまた一人、同居人が増えることになる。賑やかになるかどうかは置いといて味方が増えてくれて嬉しい。
「それで、この荷物どこに置きますか?大きいので場所を考えないと生活に支障をきたす可能性があります、マスター」
確かにこのサイズの物をリビングに置いておくとちょっと邪魔になるかもしれない。
「私の部屋に置く?荷物もあんまり置いてないし」
「……よろしいのですか?」
「いいわよ。少し広すぎて寂しいくらいだったし」
「かしこまりました」
そう言って荷物を私の部屋に運んでいく。雫とネイも手伝ってくれている。私も着替えて少しでも手伝うことにする。