賑やかな旅路
声のした方に振り向くとこちらに向けてものすごい勢いで走り寄ってくる少女がいた。
「あ、お姉ちゃん!」
どうやらメーシャの姉らしい。確かに明かりが反射している二人に共通した綺麗な金髪をしているし懐には剣が刺さっている。
しかも二人とも耳が長いから実の姉妹のようだ。
メーシャの姉はそのままの勢いで妹に抱き着いて怪我がないかを確認している。
「あの……メーシャさんのお姉さんでしょうか」
ネイが少し勢いに驚きつつも尋ねる。
「あ、そうです!メーシャを助けてくれた方ですか?ありがとうございます!」
メーシャの姉は結構明るくて活発な娘らしく一つ一つの動作が元気だ。
「盗賊らしき人達に攫われていたので、目を離さないで上げてくださいね」
「攫われた!?メーシャごめんね……!」
「大丈夫だよお姉ちゃん。このお姉ちゃん達強かったし優しかったもん!」
とりあえずこの姉妹が無事に合流できたので私たちも宿に帰ろうとすると、メーシャの姉が呼び止めてくる。
「あの!」
「どうされましたか?」
「実は……」
少しいいにくそうに私の方を向いて
「私たちこの町に来たばっかで泊まるところもまだ決まってなくて……冒険者登録してから探そうと思ったんだけど、妹探しに夢中になってたらこんな時間だし……お金落としちゃって……一晩だけでいいから泊めてもらえない……かな?」
とお願いしてきた。
「貴族様にこんなお願いするのも失礼かもだけど……ダメかな……?」
どうやら私のことを貴族と勘違いしているらしい。確かに着ている服もそれっぽいしメイドを連れているので貴族っぽく見える。
せっかく助けた少女を見捨ててまた面倒ごとに巻き込まれてしまうのを見るのも忍びない。
「どうしましょうかミア様……」
ネイだけでは判断しきれないからこちらに委ねてくる。
「……確かベッドは二つあったわよね。あの部屋」
「ええ。ありましたね」
部屋は広いし二人くらいなら一晩泊めるくらいまぁいいだろうか。お金を落としたというのが本当かもわからないし、もしかしたら夜中に身ぐるみはがされてしまうかもしれないけど、目の前の少女がまた攫われたりトラブルに巻き込まれた方が目覚めが悪い。
「……わかった。泊めてあげるわ」
「ほんと!?ありがとう!」
「おねーちゃんありがと!」
「その代わりベッドは二人で一つだから少し狭いのは我慢してね」
「うん!」
「じゃあ宿に行きましょう」
出てきたときは二人だったが宿に戻って来るときには倍に増えて戻ってきた。少しにぎやかだがたまにはこんなのもいいかもしれない。ネイは宿に戻ったところで追加のお金を払って食事を4人分にしてもらうように頼みに行った。
「そういえば貴女のお名前はなんて言うの?」
「そういえば言ってなかった……セイラって言うの」
「よろしくね、セイラ。私はミアリーンと言うわ」
「ミアリーン……素敵な名前ね!私もミアって呼んでもいい?」
「……ええ。構わないわ」
愛称で呼んでくる相手なんてネイかレイくらいしかいないし、一人くらい増えてもいいだろう。
「あと、一つだけ誤解を解いておくわ。私、貴族じゃないわよ。少なくとも今は冒険者」
「え?そうなの?じゃあ私と一緒だね!」
「この服も貰いものだし。そういえば貴女も冒険者ならお仲間は?普通は3人以上で組むと聞いたけれど」
「あー……私妹と二人でこの町に来たから知り合いもいないんだよね……」
気まずそうに横を向いてそう呟く。
「じゃあ、任務の間メーシャちゃんどうするの?」
「メーシャが大きくなるまでは採取系の任務受けようと思ってたからそれまでは一緒にいるつもりだったよ?」
流石に妹を見失ってしまうことがあった後でそれを聞いてもまたはぐれるようにしか思えない。ネイと相談してこの娘とパーティーを組んだ方がいいかもしれない。私たちも人手には困っていないが少人数過ぎても変に目立ちそうだし仕事も限られてしまうかもしれない。あとでネイと話してみよう。
「ミア様、お食事を持って参りました」
「ありがとう」
「ありがとう!えーっと……」
「ネイ、と申します」
「ありがとう!ネイ!私はセイラ。よろしくね!」
軽く自己紹介をし合ってから、ネイが4人分の食事をてきぱきと机の上に並べていく。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
なんてことのない普通の食事だったが、初めてリラックスして4人でご飯を食べた気がした。ちょっとだけセイラが騒がしい気もするがその騒がしさまで心地よく感じる。今までこんなほんわかした空気でご飯を食べることなんてなかったからだろうか。いつも一人で食べるか、緊張しながら他人と食事をすることばかりで余り味を意識しながら食べることがなかった。
こう考えると意外と放逐されたのも良かったのかもしれない。
「どうしたの?食欲ない?」
そんなことを考えていたので手が止まっていたようだ。セイラが私の顔を覗き込んで少し心配そうにしている。
「いいえ。少し考え事をしていただけよ。ありがとう」
市井のパンも悪くないものだ。
食事を終えてネイと食器を片付けに行って、セイラたちには先にお風呂に行ってもらう。ついでにネイと話したかったこともあったしちょうどいい。
「結構おいしかったですね、ミア様」
「ええ……そうね。……ねぇ、ネイ」
「どうされました?」
一歩前を歩くネイがこちらを振り向く。
「あのね、人手が増えた方がこれからいいだろうしセイラたちをパーティに誘おうと思うのだけれど、どう思う?」
「ミア様のなさりたいように。少なくとも悪い人間ではなさそうです」
いつものように微笑みながら肯定をしてくれる。
「ん。ありがとう」
部屋に戻ってセイラたちを仲間に入れた後のことを考える。少なくとも今メーシャを連れていくことはできないからその間は誰かに面倒を見てもらわないといけない。またイオナに頼るか。
しばらく悩んでいるとセイラたちが部屋に戻って来る。
「さっぱりした~!」
だいぶラフな格好で部屋の中に入ってきている。メーシャの髪を鼻歌交じりに吹いている。
「ねぇ、セイラ」
「ん?どしたの?ミア」
「貴女が良ければなのだけれど、これから私たちと冒険しない?」
思い切って直接的に言ってみた。こんなにダイレクトに誰かを同行に誘うなんて初めてかもしれない。
「えっ!?良いの!?嬉しい!」
思ったより即決で答えが来た。もう少し考えるかと思ったのだが。
「ええ。メーシャちゃんは私の知り合いに預かってもらえるよう取り計らうわ」
「そこまでしてくれるの!?ありがとう!」
そこまで喜んでもらえるとは思わなかった。
「じゃあ、改めてこれからよろしく」
「よろしくね!」
セイラがぎゅっと手を握ってくる。お風呂上がりでほんの少し温かい。
元気な子が一人近くにいるだけでまた気分が変わってくるかもしれないし多分間違っていないだろう。
「しかし、少々意外でした。ミア様がどなたかを誘うなんて」
お風呂で背中を流してもらっているときにネイが上機嫌で話しかけてくる。
「たまたまよ。気まぐれだってあるでしょう」
「ふふっ、そういうことにしておきましょうか」
「何よ……何か言いたそうね」
「いえいえ」
ごまかすようにお湯をかけて泡を流してくれる。
お風呂を上がって部屋に戻って来ると既にメーシャはセイラに寝かしつけられていて穏やかな寝息を立てていた。
「もう夜も更けてきたし私たちも寝ましょうか」
ネイはすでにベッドの支度を済ませていていつでも寝られる状態だ。
「本当に今日はありがとうね、ミア」
セイラが寝る前に改めて礼を言ってくれる。
「大丈夫よ。これからよろしくね」
小さく頷いてそのまま彼女は眠ってしまう。ベッドに入ると、いつもより狭いが久しぶりに誰かのぬくもりを感じながら眠ることができそうな気がする。
「ミア様、狭くなってしまって申し訳ございません」
ネイが申し訳なさそうに言ってくる。
「いいのよ、ネイ。たまには誰かと寝るのもいいものだわ。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
久しぶりに誰かと寝たので、少し昔のことを思い出した。遠い昔に、この世界に来る前に一緒に暮らしてた妹のこと。今でも元気にしているだろうか。
次の日、任務を受けるためクランへ向かう前にイオナに伝えて来てもらった自動人形が宿に到着する。
「マスター、ただいま到着いたしました」
「ん。こっちの部屋よ」
私たちが泊っている部屋に彼女を案内するとセイラもメーシャも興味津々に見ていた。
「この人がメーシャと一緒に居てくれるの?」
「そう。実力は十分だから心配はないはずよ」
「イナと申します」
一般的な家政婦のような服を着て変に目立たないようにしている。
「イナお姉ちゃん!」
「じゃあお姉ちゃん達お仕事してくるから、イナさんといっしょにいるんだよ?」
「うん!」
メーシャが元気に返事をする。どうやら初見で苦手感を持たれてはいないようで一安心だ。
「じゃあ、後はよろしくね。イナ」
「かしこまりました」
イナに後を任せてセイラとネイと共にクランへ向かう。
「今日は何の任務を受けるの?」
「特に決めてないわ。セイラは何か受けたいものはある?」
「なったばっかりだしあんまり難しくないのがいいかな」
クランの建物に入って任務の募集を探してみる。
「これなんていいんじゃない?」
初めてに良さそうな採集任務だ。
「良いわね!これで行きましょ!ミア!」
こうして三人で地道に任務をこなす生活が始まった。セイラと三人で冒険をしてみると採集系の任務はかなり早く終わるようになり、地道に任務を進めていってクラスを上げて討伐系の任務も受けるようになった。