処分
あれから何時間たったのだろう。私は黒ずんで裂かれた服のまま倉庫に閉じ込められている。
閉じ込められているだけで脱出口を探そうと思えば探せたが、いまいち探す気になれなかった。というか、動く気持ちになれなかった。妹は大丈夫だろうか。相変わらず倉庫は肌寒く、小さい明かりしかない。首を絞められた影響か埃っぽいからなのか咳が出てしまう。
お腹も減ってきたし動けないしでどうしようかと悩んでいると小さくキィっと倉庫の扉が開く音がする。外から光は入ってこないのでまた夜なのだろうか。
「……ミア様。どこですか……?」
どうやらネイのようだ。声を上げようとしてもうまく声が出ない。喉が痛い。だが、そう広くない倉庫ではミアのことはすぐに見つけることができたようだ。
「ミア様……!大丈夫ですか!」
声がうまく出せないから軽く頷いておく。ネイはその様子を見ながらそっと抱き起こして水を飲ませてくれる。少しはのどの痛みも引くだろうか。
「ごめんね。ネイ……」
「いえ、お食事らしいお食事をお持ちできなかった私をお許しください……」
「それで、レイは……?大丈夫?」
「大丈夫でございます。痕の残る怪我はなさっていないようでしたしあの後意識を失ってしまわれておいででした。しかし、お目ざめになってからは一見いつも通りにふるまわれております」
「そう。よかったの……かしらね」
「それと……ミア様の処分についても現在話し合われているようでして……」
「ふふ……あの人たちのように首が飛ぶのかしらね」
「自棄にならないでくださいミア様……!レイ様がきっと……」
「分かってるわ。また、何かわかったら教えて。ね?」
「かしこまりました」
しばらく世話をしたところでまた屋敷の方にネイが戻って行く。
2日ほど経っただろうか。ネイが隙を見て持ってきてくれる食事と飲み物で死にはしなかったが少しやつれた気がする。突然倉庫の扉が開いて私を連れてきた私兵がまた、乱暴に私を連れていく。
連れて行かれた先はあの部屋だった。血は綺麗に掃除されている。
椅子に座った母は扇子を手にこちらをにらみつけている。傍らには父がいる。
「面倒なことをしてくれたわね、化け物」
開口一番いきなり化け物と言われた。
「私のかわいい息子を殺した上に家に泥を塗るような事をした気分はどうかしら!」
扇子を閉じて思いきり頬を叩く。鉄が骨に入っているようで結構痛い。何回か叩かれる。頬が赤くなっていそうだ。
「何か言いたいことはあるかしら」
「できれば妹、レイに最後に会わせて頂きたいです……」
「そんな危ない事させられるわけないでしょう!連れてお行き!」
母が合図をすると私兵が私を隣の部屋に連れていく。乱暴に放られた私をネイが受け止めてくれる。
「ミア様、こちらをお召しになってください」
町娘のような質素な服だ。こんな服がこの家にあったのか。言われるがままにその服に着替える。流石に血のこびりついた服はもう嫌だ。
そのまま私兵が私に処分を伝えてくる。
「ラスティナ・ミアリーン。貴女に今回の件の処分をお伝えする。
一つ、当家からの放逐。二度と近づかないこと
一つ、この件に関して口外しないこと
早々にこの屋敷からご退去なさるべし
以上」
「レイは……レイはどうなるのです」
私兵がそのまま部屋を去る。
「ミア様、レイ様には特段処分はないそうです」
「そう……そうなのね。よかった……。そう言えば私、殺されないのね」
「どうやら、レイ様と当主様がお二方の行為と比較して賜死はやめるようにと奥様とお相手のご両親に懇願されたそうで……」
「また、レイに助けられたのね」
「と言うことでミア様。どうか私もご同行する許可をください」
「いいの……?放逐されたらただの元ご令嬢だけど」
「二君に仕える気はございません。どうか貴女様のおそばに」
「……そう。じゃあ、私からもお願いするわ」
手を差し出すとネイも手を握り返してくれる。
「じゃあ……行こっか。レイにはもう会えないけれど」
「……はい。荷物はまとめてあります」
妹に会うことができなくなるのは寂しいが、生きているだけでも儲けものだ。生きていればまたいっしょに暮らすことができるかもしれない。
玄関へ向かおうと廊下を歩いていると姉や兄に会った。口々に人殺しだの何だのなじってくる。一礼をしてそのまま玄関まで向かうと父と妹がいた。
「父様……レイ……」
「これを受け取れ。達者でな」
「姉様……」
何やら手紙を私に押し付けて自分の部屋へ戻ってしまった。後で読んでみよう。
「見送りに来てくれたのね……ありがとう」
「父様がこっそり連れてきてくれて……」
妹が涙を浮かべながら私のことを抱き締めてくれる。
「怖い思いをさせてほんとにごめんね、レイ」
「ううん。助けてくれたのにこんなことになって……私こそごめんなさい姉様」
このままずっと妹のぬくもりを感じていたいがあまり長居しても妹が怒られかねない。
「じゃあ、そろそろ行くね……レイ」
「また来年。必ず会いましょうね」
そっと頬にキスをしてくれた。
「行ってらっしゃいませ、姉様……」
「またね、レイ……」
家の正門まで来て屋敷を振り返ると今までより大きく見えた。
「さよなら、私のお家」
くるりとまた背を向けて街中へ歩き出した。
「これからどうしようかなぁ」
「街で腹ごしらえでもしましょうか?」
外の空気を吸うと少しだけ気分が晴れやかになる。
「でもお金ないよ?私」
「多少は持ち合わせております」
そのままネイの案内にしたがって街の軽食屋に入る。街の中にはあまり行ったことがないからネイの案内がないと迷ってしまいそうだ。
「そういえば、父上のお手紙を読んでおかないと」
家を出る時にもらった父の手紙を開いてみると次のようなことが書いてあった。
『・王都のとある場所に隠れ家を用意した。
・学院への入学権は残っている。
・金は何とかなる。』
「そういえば学院に行くんだったわね……来年」
「となると、とりあえずは王都へ行くのが目標になるのでしょうか」
「そうね」
到着した軽食を軽くつまみつつそんな話をこそこそする。口を拭いた時にふと首に付けていたネックレスに手が触れてその存在を思い出す。
そういえばこれも困ったときに使えって言われていた気がする。店の外で使ってみようか。
ネイに支払いを任せて店の外へ行き祈ってみる。助けてください、力を貸してくださいと。半ば何も起こらないだろうと思いつつ祈った。
当然特に何も起こらなかった。
「ミア様。どうかされましたか?」
「んーん。何でもない。……やっぱり何も……」
「マスター。お迎えに上がりました」