最悪の邂逅
少し休んだところで、来た時と同じ馬車に乗って帰ることにする。
「イオナ、地上までよろしくね」
「かしこまりました」
バタンと馬車の扉が閉められて、少しの浮遊感を覚える。まだちょっとだけ慣れない。
「そろそろ馬車も買おうかしらね……」
「借りものでは不便ですか?ミア様」
独り言をつぶやいていたら隣にいるネイが私の顔を覗き込んで尋ねてくる。
「ええ。いちいち借りるのが不便かなって思ったのだけれど……」
「置く場所に少し困りますね」
「学院に入学したら置く場所はあるのかしらね」
「そう言えば確認していませんでしたね……失態です」
「別に責めてるわけじゃないからいいのよ」
「どんな馬車を買われるんですか?」
「そうねぇ……あんまり派手なのは好きじゃないしなぁ。レイはどんなのがいいと思う?」
隣のレイに話を振ってみる。
「姉様の好きなものでいいと思います」
「もう……レイの好みを聞いてるのよ。レイも一緒に使うんだから」
いつも通りのレイだ。たまには私の好みじゃなくてレイの好みに合わせてみたい気持ちもあるのだ。
「そうですね……姉様と一緒に過ごすのにちょうどいいふかふかの座席といざという時に守りやすいように丈夫な馬車がいいと思います」
「結構実用的なのね……」
「母様のような馬車は好きではないので……」
なるほど。確かにあのド派手な馬車は趣味が悪い。
「私もあんまり派手なの好きじゃないなぁ」
「じゃあそっちの方面で考えてみようかしらね」
セイラやネイ達の意見も聞いてみながらオーダーメイドしてみようか。
「とりあえず学院に馬車が置ける場所があるのか確認しますね、ミア様」
「ありがとう」
「セイラさんはミア様と一緒にいてください」
「は~い!」
「皆様、少々揺れますのでご注意を」
しばらくして先の方からイオナの声が聞こえてくる。ガタンと大きい揺れがあったと思ったら彼女が顔を見せる。
「マスター、大通りの近くに到着いたしました。私はここで一度イオナイドに戻りたいと思います」
「ありがとう。また色々と相談するだろうけどよろしくね」
「はい。それでは」
彼女が姿を消すと同時にオーバが操縦をする為に前の方へ向かった。ちらっと見えた外は少しずつ日が落ちてきていた。
「帰るころにはもう夕方ね」
「今日の晩御飯は何にしようかなぁ」
「大通りで買って帰りましょうか?それともどこかで食べて帰りましょうか ?」
「悩むわね」
「いつも行かないところに行ってみます?」
「いいかも」
そんな話をしていると急に馬車が止まった。止まること自体はよくあることなのだが一向に動くことがない。オーバも何も伝えてこないし大丈夫だろうけれどこんなに渋滞することなんてあるのかしら。
「何があったのか確認してきますね」
「お願い」
ネイが外を確認しに扉を開いて様子を見に行った。何やら少し外で騒いでいる声が聞こえる。
少ししてネイが慌てた様子で戻って来る。
「ミア様……ちょっと大変なことになってしまったかもしれません」
彼女は後ろ手に扉をがっちりホールドしてそう言った。
「どうしたの?大変な事?」
聞いたところで扉がノックされる。
「その……あの方が」
さらに強くノックされる。
「とりあえず開けてみたら?盗賊の類ではないんでしょう?」
「それはそうですが……」
しぶしぶネイが扉の前から離れる。キィっと扉が開くと、いつか見たことある顔が入ってきた。相手も私も目を軽く見開くくらい驚いた。
「あ、貴女は……」
「れ、レイ様、お客様ですか?」
とっさに目をそらしてレイの従者のフリをする。
「あ、その……」
「とりあえず奥方様を呼んでまいりますね」
「ちょ、ちょっとそれは!」
レイの引き留めも聞かず彼女は外へ出てしまう。
「どうしましょう、姉様……」
「困ったわね……」
「レイリーンどうしたの?こんなところで会うなんて」
この世の中で一番会いたくない人間が馬車に入ってきた。
「母様……それはその」
彼女はこちらの顔を見るなり機嫌が急降下した。
「何であなたがいるの!レイリーンに何する気なの!ちょっと!離れなさい!」
そう言うと彼女は後ろの私兵に私の首根っこを掴ませて馬車から突き出す。
「痛っ……」
「ミア様……!」
「姉様……!」
「追い出したしたと思ったらいつの間にレイに近づいたのよ……汚らわしい」
ネイが駆け寄ってくれるが母の私兵に囲まれている。
「何よこれ」
馬車の後ろの席に置いてあった私のドレスを見ると憎々しげにこちらを見て言った。
「まさか学院に入学する気じゃないでしょうね……!」
「……私はまだ入学する権利は失っていないもので」
「家の恥をそんなところに出せるわけないでしょう!こんなもの燃やしてしまいなさい!」
馬車から蹴り落としてそのまま兵士がどこかへ持って行ってしまう。追おうとするが兵士に妨害される。
「返して!」
「別荘に連れて行ってから処遇を考えるしかなさそうね……連れて行きなさい!」
そう言ってレイを引っ張って自分の馬車に行く母と申し訳なさそうに引っ張られていくレイを見つつ私は馬車に詰め込まれてネイと一緒に監視される。
「ミア様……」
「どうしようミア……」
ミアもセイラも困惑を隠せないみたいだ。メーシャはイナがいつの間にか保護してくれていたらしいので二人をどうにか安全に解放してもらわないといけない。
「ごめんね、二人とも」