急転
そうしてさらに、いつの間にか9年ほど経っていた。
家族関係は大きく変わりがないが、新たに弟が一人生まれていた。
私たち姉妹は来年から中央の学院に入学することが決まっていて日々稽古や外の人間とのパーティーに連れられることが多くなっていた。中央の学院は貴族の子弟が多く通っていてそこで様々な人脈を作りながら勉強をしていく。家でも専属の者がいろいろ最低限のことは教えてくれるが、あくまで最低限。前の世界で学校というものにいい印象を持っていなかったが、この世界の人間が同じような人間とも限らないだろうし少し楽しみだ。
パーティーでは、美人で気立てのいいレイリーンは同年代どころか様々な年代から好意を持たれるようでもう既に縁談の話が来ているらしい。私と言えば妹には劣るがなんとか仮面を取り繕って悪くない評判を得ていた。そのおかげかラスティナの美人姉妹のうわさはずいぶん社交界で広がっているようだ。長女は当然気に喰わないようで少し当たりが厳しい。
そして妹は魔法の才にかなり恵まれている。学院に入学したら上位に行くのは確実だそうだ。姉としても鼻が高い。一方の私はよくわからないらしい。法力を計測した人間がそう言ったのでそうとしか言えない。なんとなくもやっとするけれど無能と言われるよりはずっとましなのでいいか、と自分を納得させている。
私たち姉妹は父の伝手でとある師匠から剣術などを習っているのでそちらはそちらで首尾よく成長していた。師匠は片刃の剣を自由自在に使いこなしていて、一時期は国内でも有数の魔法剣士であったらしい。二つ名と言うのも持っているそうで、たまに来る師匠の知り合いは師匠の事を『万軍の緋剣姫』と呼ぶこともある。今では私たちの師匠だが、私たちが成長したあかつきにはまた国の軍に戻るらしい。
このまま鍛錬を続けていけば上級貴族と結婚して裕福に暮らすことも可能だろうし、貴族から落ちてしまっても何とか生きていけるだろう。とりあえず妹と仲良く平和に生きていけたらいい。
さて、そんなある日に妹に見合いの話が来た。
「今日のお見合い、気が重いです……姉様」
妹はいつものように私の部屋でくつろいでいた。
「そんなこと言ってもお相手は上級貴族のカリエル様よ?行かないわけにはいかないでしょう」
「それはそうですが……」
「しかも長兄様のお友達だそう」
「そこが少し怖いのですよね……」
「言いたいことは分かるけれど……そろそろ時間だし、終わったらまたお話聞くから。ね?」
「うぅ……分かりました。それでは姉様、行ってまいります……」
時間が来たので少し嫌そうに部屋を出ていく。
「……レイなら大丈夫だと思うけど、あまり嫌そうに行かないようにね」
「もちろんですわ、姉様」
私は見合いの時は暇なので窓から外を眺めている。綺麗な庭を眺めていると心が落ち着く。母親が私を邪魔がっているので下手に部屋を出ないほうがよさそうだ。優秀な妹は優秀なだけ大変なことも多いんだなぁと人ごとのように考えてしまう。酷い姉だ。
晩餐会が終わったあたりで一旦解放された妹が部屋に入ってくる。
「疲れましたミア姉様……」
ベッドに座っている私の膝に横になってくる。
「お疲れ様、レイ」
いつものように頭をなでて気持ちを落ち着けてあげる。段々と落ち着いてきたところで妹がぽつりと話し出す。
「カリエル様は長兄様と同じで優秀なのは認めますけれど自慢が多くてちょっと嫌でした……」
「あらあら……それは残念ね」
「しかも今晩はお泊りになるそうです」
「えっ……そうなの?じゃあ今日は一緒に寝られそうにないわね」
定期的に二人で一緒に寝ているので、今日も楽しみにしていたが外部の人間が関わるなら仕方ない。我慢しよう。
そんなことを話していると部屋がノックされる。
「どなた?」
「ミア様、オーバでございます」
「オーバ?入っていいわよ」
妹に用があるのだろうか。いつもレイは私の部屋にいるので私の部屋を訪ねてくるのも不思議ではない。オーバが入ってくると一礼をして用を伝える。
「え……あとで長兄様が私たちに部屋に来いって……?カリエル様がお話があると……?」
「はい、そのようにおっしゃられていました」
「レイは分かるとして何で私まで……。本当に私も来るように言われたのよね?」
「はい。確かにミア様とレイ様をお呼びになっていました」
見合い相手はレイのはず。いくら美人姉妹と言えど見合い相手以外の女を夜に部屋を呼ぶだろうか。色欲魔なら他人の家でも娼婦を侍らせた上で見合い相手を呼ぶかもしれない。だがそんな人間を聞いたこともないし、カリエルが色欲魔と言ううわさもあまり聞かない。何か不穏な予感がするが逆らうわけにもいかないだろう。
「分かったわ。今晩お邪魔するとお伝えして」
私の返事を聞いてから、ぺこりと一礼をしてオーバが部屋を出る。
「何の御用なのでしょうね」
「なんだかいやな感じもするけど断るわけにもいかないし……困ったわね」
お風呂に入った後、夜も更けた頃に妹と長兄の部屋へ向かう。部屋の前では長兄のお付きのシアが待っている。いつも兄のやることの後始末をしていて大変そうな男だ。
「お待ちしておりました。お二方はお部屋のなかへ。ギアス様がお待ちです」
と言うことでネイとオーバをドア前に待機させて部屋の中に入る。
部屋のなかは小さな明かりが一つしかなくなんだか妙に甘い香りがした。妹がぎゅっと私の服の袖を掴む。何か不穏な雰囲気を感じ取っているのだろう。
「こんばんは。今宵はどのようなご用件でしょうか」
「ふぅん……これが銀吹雪のミアリーンか。愛想は悪いが確かに美人」
「いや申し訳ない。カリエル殿にこのような不躾な言葉遣い」
「構わないよ」
兄たちは何か話している。
「おい、ミアリーン、レイリーン。もっとこっちに寄れ」
「……はい」
ベッドの方に少しずつ近づいていく。ベッドに近づくとカリエルがじろじろと周りを廻って品定めのようなことをしてくる。
「レイリーン殿、もっと近く」
言葉は丁寧に、雰囲気は不穏にカリエルが手招きをする。妹は不安そうにこちらを見ながらも指示に従う。
何もないことを祈る……と思ったその瞬間、カリエルがレイを突き飛ばしてベッドに押し付けた。
「カリエルさm……!?」
レイはそのまま馬乗りになられて布切れのようなもので口を押えられて首を押さえられる。
「何をなさって……!」
そう言おうとした瞬間私もベッドに押し付けられていた。ギアスが歪んだ笑みを浮かべながら首を絞めてくる。助けを呼ぼうにも大きい声が出せない。
「どう……して……」
「カリエル殿はどうしてもレイリーンが欲しいんだとよ。だから既成事実を作っちまおうだと。で、ついでに美人姉妹の姉の方にも手を出してみたいから手伝えって言われてな。将来を約束されちゃあやるしかねえよなぁ」
おぞましい事をぺらぺらとしゃべる兄の言葉を全く理解できなかった。
そのまま服に手をかけて一気に引き裂いてしまう。下着も引きちぎられて白い生肌が露になる。
抵抗しようにも首を絞められていて苦しいし腕に力が入らない。
「長兄様……苦……し……もう……やm……」
兄の最後の良心に賭けようとした。
「いつも生意気なお前の苦しそうな顔、悪くねえなぁ!」
無駄だった。
さらに首を強く絞めてくる。こんなに酷いことをされる記憶はない。どうしてこんなことになったのか。
『だから言ったのに』
妹の無事が知りたくてとなりを見ようにももう体をうまく動かせない。息も出来なくなってきて意識が飛んでしまいそうになるときにあの女の声が聞こえた。
平和な生活を求めようとしただけなのにここで転落してしまうのだろうか。涙が頬を伝ってきたとき、またあの女の声が聞こえた。
『良かったね』
疑問が頭をよぎった瞬間、一気に首が楽になった。代わりに首が落ちてきた。鮮血の雨と同時に。兄の首から上は歪んだ笑みを固定したまま地面に転がっていた。
「う……嘘……何で……」
頭の整理がつかない。何で兄はいきなり頭と胴が泣き別れしたのだろう。しばらく呆けているととなりから声にならない悲鳴が聞こえた。
どうやらカリエルはこちらのことには気づかず獣のように妹を襲っているようだ。
早く助けないと。でも助けようにも力では勝てない。体のしびれも残っているしなんだか頭のなかがもやもやする。兄の死体をどけると目の前には血塗れた剣が刺さっていた。どうやら何者かがこれで兄を殺したようだ。これなら。妹を助けられられるかもしれない。その結論が出るのに時間はかからなかった。
そう思った時にはその件を引き抜いて彼に近づいていく。妹は健気にも抵抗しようとしているが抵抗むなしく服を裂かれていくつか殴られた跡もある。
「ッ……!!」
そして、彼が妹を犯そうとして体を起こした時に思いっきり剣を振るった。醜い顔はどこかへ吹き飛んでいって、また生暖かい雨が降ってくる。勢いのまま彼の体は仰向けに倒れる。
妹を汚そうとしたその体の下腹部を何度も剣で叩きつける。その度に鮮血が吹き出し二人にかかる。妹はそんな姉と変わり果てた二人を見て混乱する。
「ね……姉様……?」
レイは恐る恐る姉に話しかけるとこちらを見て一言だけ。
「大丈夫だった?レイ」
明かりの逆光で鮮血がかかった姉の笑顔が不気味に浮かび上がる。美人なだけに異様な光景だ。彼女は初めて姉を恐ろしいと思ったかもしれない。
急に吐き気を催したレイは口元を抑えて吐いてしまう。
「ギアス様?何かありましたか?ギアス様?」
外から従者たちがドアを叩いて部屋で何か起こったのか聞いてくる。どうやら首が当たった先に大きな騎士鎧があってそれが倒れてしまったようだ。
内側から何の返事もないので従者たちが怪しんで部屋の中に入ってくる。
「ギアス様、開けますよ」
ドアが開いて光がさしてきて、一番最初に聞こえたのは悲鳴だった。
無理もない。ベッドの上で鮮血にまみれて剣を持った美女がこちらを見ているのだ。傍らには物言わぬ主人達。恐ろしい景色であったのは言うまでもないだろう。
その悲鳴を聞きつけてさらに屋敷の人間が集まってくるが悲鳴の連鎖が続くだけだった。
いち早く動いたのはミアとレイの従者だった。
「お嬢様!」
「ミア様!これはいったい……」
オーバは放心しているレイを抱き起こしてから汚れていないシーツを引っ張りだして体を包む。
ネイは微動だにしないミアをとりあえずベッドから降ろして剣を預かろうとする。
その間に母親がやってくる。目の前の惨状に驚いて、その次にミアを見て言った。
「あなたたち何をしてるの!早くその化け物を取り押さえなさい!!!」
実の娘に向かってこんな言い草である。状況を見れば無理からんことではあるが。
母とやってきた番兵がミアを力づくで押さえつける。
「そのまま閉じ込めておしまい!」
その言葉に従って番兵は、どっちかと言うと母親の私兵は私を連れてゆく。
そしてそのまま彼女はオーバに介抱されているレイに走り寄って何があったのかを聞いている。