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霧と転機

「ミア様、準備は大丈夫ですか?」

「うん」

馬車を降りて木陰の間から光の刺す森の入り口に立つ。

海辺の町に行った数週間後、今度は森林浴に出かけることになった。今日は日帰りなのでそこまで遠くないところだ。アスカの森は森と言っても鬱蒼さはそんなになく、よく保養地として別荘を建てられる森だから人の手がかなり入っている。

だから妹が散歩するのが許された。私一人だったら許可など必要ないのだが。ここ最近は突然深い霧が出て、恐ろしい獣に襲われることもあるらしいがメイドと一緒に居れば何とかなるだろう。噂では恐ろしい獣と言われることもあれば天女に会えるという者もいるようだ。

「お嬢様、走ると危ないですよ」

レイが私の手を引っ張って走っていく。

「大丈夫!オーバもいるんだし!」

妹のお付きのオーバが気を付けるように言ってくるが彼女は特に気にも留めずに走る。森の中に入っていくと木漏れ日が入ってきて綺麗な景色が広がっている。

「ねーさま!見てみて!綺麗なお花!」

彼女の指さす先には紫色の綺麗な花が群生していた。

「ほんと……綺麗」

「見てみて!このお花!」

小さな花を摘んで見せに来てくれる。思えば前いた世界の妹もこんな風に色々見せに来てくれたっけ。

「帰ってから飾りましょうか?」

「そうする!」

オーバがレイの持ってきた花を預かって傷がつかないようにする。

その間にいくつか花を摘んで小さな花の冠を作ってみる。

「ねーさま何作ってるの?」

「ちょっと待ってね」

出来上がったところでレイの頭に乗せてみる。時間をかけない為にちょっと小さくなったがいい感じの出来だ。

「はい、どうぞ」

「いいの……!?やったぁ!」

ここまで明らかに喜んでもらえると嬉しくなる。前の世界の妹と似ていてかわいい。二人の従者も微笑ましく見ている。

もう少し森の奥の方に歩いていくとほんのりとひんやりした空気が足元を通り去る。いつの間にか周りに霧が出始めていた。さっきまで聞こえていた妹の声が聞こえない。

「あっ……やば……」

周りを見渡してもネイがいない。サッと血の気が引く。

「道に迷ったかも……」

するとガサガサと近くの茂みが揺れている。彼女が追いかけてきてくれたのだろうか。

「ネイ……!」

いや、どう見ても違う。家のメイドは茂みからジャンプしてこちらを見ないし、四足歩行でもなければこちらを見て唸っていたりもしない。これが噂の恐ろしい獣だろうか。

明らかに狼っぽい獣だ。突然の事で驚いてしまったが、慌てて逃げ出す。獣に背を向けて逃げるのはよくないと聞いたこともあったがそんなことを意識する暇などなかった。

(やばいやばい!食べられちゃう……!ネイどこに行ったのよ……)

必死でわき目も振らず走っていると洞窟のような場所に迷い込んでいった。

(見つかりませんように……!)

岩陰で隠れて狼のような獣をやり過ごそうと息を殺していると後ろから肩を叩かれる。

「えっ……!?」

びっくりしすぎて思わず声が漏れてしまった。

後ろを振り向くと眼を閉じてこっちを向いている女の人がいた。メイド服のような物を着ている。どう見ても場違いだし、明らかにネイでもオーバでもない。

「何をしているのですか?」

「あ、あのえっと……」

聞きたいこともあったがさっきあったことを少しつっかえながらも話す。

「なるほど……とりあえず送り届ける前にその切り傷の手当てをしましょう。立てますか?」

特に気になっていなかったがいつの間にか足に切り傷が無数にある。気づいた瞬間に痛みが発生してきた。

彼女はそう言って手を差し伸べてくれる。その手を握った瞬間、今まで閉じてた女の人の目が少しだけ開いた。

「ほほう……。なるほど、貴女が」

品定めをするように上から下まで私を眺める。

「どうかしましたか……?」

「いえ。こちらにどうぞ」

何かに気づいたようだったが何も言わずに奥に案内をしてくれる。真っ暗な洞窟の中を女の人は迷わずに歩いていく。途中で足元が土から何か固いものに変わった。

しばらく歩いて明かりがつくと前の世界にあったような保健室に窓がないような部屋について居た。

「少し沁みますよ」

されるがままに処置をしてもらう。どうやら消毒をしてくれているのだろうか。透明な液体を少しつけて布で拭ってもらう。ほんの少しだけ沁みるが我慢する。

「これで終わりです」

「……ありがとうございます」

「ところで、貴女はどこかの貴族のお嬢様ですか?お名前を聞いても?」

「ラスティナ家の者です……ラスティナ・ミアリーンです」

「ふむ……法力の測定はしたことがありますか?」

「な、ないです」

首を横に振る。目の前の女の人は少し考えこむと何かを思い立ったように立ち上がる。

「貴女に渡したいものがあるので少々待っていただけますか?」

突然のことでよくわからないが、こくりと頷いて周りを見ながら待っている。

部屋の見える範囲を見回していると増々保健室のような部屋でなんだか昔の世界に戻ってきたかのような懐かしさを感じた。

しばらくすると、さっきの女の人が小さな鍵のような物をもってくる。

「良いですか、この鍵はとても大事なものです。貴女の困ったときに助けになります。絶対に身から離さず持っていてください」

「わ……分かりました」

なんだか突然高級感のある鍵をもらってしまった。なんだかよくわからないが大事な物と言うことだけは分かった。鍵と言いつつ宝石のような物も散りばめられていてどちらかと言うとアクセサリーのようだった。彼女がネックレスの紐を付けてくれて首にかけてくれる。

「では霧の外まで送りましょう」

彼女はそう言って手をつないで引っ張って行ってくれる。彼女はどうやらこの辺の土地に慣れているようで霧の中でも迷わずに歩いていく。

霧が薄くなったところで手を離される。

「ここまでくればこの道をまっすぐ行くと霧の外に出ることができます」

「ありがとうございます……!」

「それでは、お気をつけて」

そう言って霧の中に戻って行こうとする彼女を呼び止める。

「あ、あのっ!お名前を教えていただけませんか!」

「名前、ですか。そうですね……イオナとお呼びください」

「イオナさん……。いつかお礼をさせてください!」

「……楽しみにしております。ではまた」

霧の奥に消えていったイオナを見送ってから、言われた通りに道を歩いていく。十分ほど歩いたところで青い顔で私を探しているネイが見えた。

「ネイ!」

「ミア様!」

こちらを見つけて走って抱き締めてくれる。少し痛いくらいだ。

「申し訳ありませんミア様。私が気を抜いたばかりに……お怪我はありませんでしたか」

「ちょっと怖かったけど……大丈夫だよ」


お散歩どころではなくなってしまったので今日はそのまま妹と合流して屋敷に帰った。屋敷に戻るとちょうど母親が庭にいて妹を見つけて話しかけてきた。私は妹から少しだけ距離を取って話さないで済むようにする。

「あら、レイリーン。お散歩は楽しかった?」

「楽しかったです、お母様」

「そう、それはよかった。お菓子を用意してあるから食べてらっしゃいな」

レイリーンはこちらを見て申し訳なさそうにしながらも屋敷の方へ戻って行く。薄情と言うのは酷だろう。

私もぺこりと一礼をして部屋に戻ろうとすると母に呼び止められる。

「待ちなさい」

妹に対するものとは違って一気にトーンの変わった冷たい声が聞こえると思わず体がびくっとなってしまう。

「その宝石は何」

ぐいっとさっきもらった鍵状のネックレスを引っ張られる。

「それは……」

「貴女が持っていてもしょうがないものよ。渡しなさい」

「でも……」

反論しようとするとさらに強い力で引っ張ってくる。説明しようにも何を言っても怒られそうで言葉を紡げない。お付きも相手が館でいちばんえらい人が相手だと諫めるにも諫められないようだ。

しかし、紐がちぎれそうになったところでネックレスを引っ張っていた母の手に小さな雷がはじける。ぎゃっという小さな悲鳴とともに手を急に離された。ネックレスを離されたために反動で倒れてしまう。

「可愛くない子ね……」

母は舌打ちをしながら手をさすって屋敷の中へ戻って行った。

母のあの態度はいつものことなのでもう気になってもいないがあのネックレスからとしか思えない雷は何だろうか。

「ミア様お怪我は……」

「ううん、なんともない」

ネイが体を起こしてくれてそのまま部屋まで連れて行ってくれる途中もずっとそのことを考えていた。

部屋に戻って服を着替えて食事の時間まで外をぼーっと眺めていると不意に声が聞こえた。

『やっと鍵を手に入れたのね』

いつかに聞いたことのある声だ。どこだったかは思い出せないが。

「誰」

『あらもう忘れちゃったの?まぁ6年も経ってるから仕方ないか』

「6年……?」

6年前と言えば生まれた頃……その頃に聞いた声と言えば……。

「あの白い空間の……!」

いわゆる転生をしたときに見たあの空間だ。そういえば誰かにあの時話しかけられていた気がする。

『そうそう。思い出してくれて助かるわぁ』

「急に何の用」

『用なんてないわよ。今のところはね』

「今のところ……?」

『彼女、が来るまでね』

「彼女……?」

『じゃ、人付き合いはちゃんとしなさいよ~』

そう言って一方的に話を終了させられてしまった。いったい何の話をしているのか全く分からなかった。彼女とは誰のことを言っているのだろうか。

それからも勝手に相手の方から話しかけてくることがあった。どうやら私の行動は見られているらしい。いったいどこから見ているのだろうか。こちらから話しかけることができないし困ったものだ。

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