二度目の"彼女"
『ほら、動かないなんて嘘だよ。一歩踏み出してみなよ』
『諦め上手の深巫ちゃん』
だれが諦め上手だ。そう思って足を一歩動かそうとすると、動いた。痛みも感じない。次の一歩を踏み出した時には一気に大剣使いに迫っていた。次の瞬間に相手の腕と頭と胴が分かれている。相手が驚く顔を示す前に敵だった破片が壁に飛び散る。同時に顔に何か鉄の香りの液体もかかる。
『彼女のおかげであの子を助けられてよかったね』
頭の中でずっと響くあの女の声。さっきの衝撃でなのかあの女の所為なのかわからないが頭が割れるように痛い。
「おい、何だあの女。頭がやられたぞ」
「女冒険者三人の楽な仕事じゃなかったのかよ」
「撤退だ。明らかにバケモンだ……」
文句を言いながらも声が震えている。目の前に自分達のリーダーの頭が転がってきたのだから無理もない。
「あ、ああ。早く逃げ……」
次の言葉を紡ごうとした彼は次の瞬間に胴が二つに切断されていた。さっきまで一緒にいた同僚が綺麗な断面を晒しているのを見て近くにいた男たちに怯えが見える。後ろに少しずつ後ずさっていく者もいれば背を向けて走り出す者もいた。
そのことごとくはもちろん、帰ることは叶わなかった。独り言をぶつぶつ呟きながらとんでもない速度で斬ってくる少女の前では抵抗は無駄だった。
後に残ったのは綺麗に掃除をしたはずの廊下に飛び散った肉片と真っ赤な血しぶき。そして全身に血を浴びてほの暗い明かりのせいでおどろおどろしく見える姿で立っているミア。
廊下が静かになったのを確認して、扉からこちらを見たネイが声をかけてくる。
「ミア様!ご無事ですか!」
その後ろからご令嬢も顔をのぞかせるがあまりに凄惨な光景と匂いですぐに顔を引っ込めてしまう。
もうこちらを狙ってくる殺気を感じない。そう思うと一気に頭痛と体の痛みがひどくなって目の前が暗くなってくる。
「ミア様!?」
『お疲れ様。二回目にしては上々だけど、もっと頑張るんだね』
その声が聞こえるとともに私の意識は途切れてしまった。
次に目が覚めたとき、ぼやけた視界に入ったのは覗き込んでくる顔と胸だった。そして、頭の後ろがほんのり温かくて柔らかい。
「あ、目覚められましたか?ミア様」
「んぅ……」
膝枕の状態で彼女が頭を撫でてくれているのが気持ちよくて、ずっとこのままでいたい。
「あっ!セイラは!?」
そう言えば記憶の中に相手を殺しつくしてからセイラがどうなったのかがない。
「こっちにいるよ~?」
慌てて体を起こすと横から元気な声が聞こえてきた。軽くケガの手当てがされていてちょっとだけ痛々しいが元気そうにいつもの笑顔を見せてくれている。
「そんなに慌てなくてもちゃーんといるよ?」
「よかった……とりあえず無事みたいね」
「ミアがあのでっかい奴を倒してくれたんでしょ?助かったぁ~!ありがとね!」
彼女が軽く抱きついてくる。体は軽く痛むが生きている実感が持ててある意味良いのかもしれない。
「そうだネイ。ロベリア様は?」
「あ、それでしたら……」
今いる部屋の中にご令嬢が見当たらない。流石にあの光景を見てだいぶ堪えてしまったのだろうか。
「ここにいるわよ」
そんな考えも裏腹にいつの間にか部屋の中に入ってきていた。もう帰り支度を済ませているようで外行きの服に身を包んでいる。後ろにはしっかり従者も立っている。
「貴女のおかげで命が助かったわ。礼を言うわね」
「いえ、任務ですので……」
「多分、いつもの護衛だったら私はここにいないと思うわ。貴女を雇って正解だった。それに優秀な仲間がたくさんいるのね」
彼女の後ろからイオナが入ってくる。
「イオナ……」
そう言えば彼女を呼んでから戦闘をしていた。戦闘に集中していてすっかりそのことを忘れていた。
「マスター。お助けが遅れて申し訳ございません。屋敷外の賊はすべて仕留め、屋敷内の清掃を行いました」
「清掃までしてくれたのね。ありがとう」
そういえばドアの向こうに見える廊下に血痕が全くついていない。思えば毎回の護衛で彼女に助けてもらってばかりな気もするが今回の任務も何とか成功したらしい。次からはあらかじめ呼んでおいた方がもっと楽かもしれない。