ご令嬢の挑発
「は、はい」
少し語気強めに言われたので急いでとなりに座る。ベッドの生地も高級なものが使われているようでさわり心地が最高だ。
「もっと近く」
彼女は袖を引っ張ってそう言う。
「ろ、ロベリア様?」
何をしたいのかが本当にわからない。
「私、嘘をつかれるのが嫌いなの。だから正直に答えて頂戴」
まっすぐにこっちを見てくる視線は鋭い。
「貴女、貴族の娘よね?」
「それは……」
「否定はさせないわ。貴女を見てから少し調べさせたのだけど、ラスティナ・ミアリーンが消えたのとクランに入った時期が重なっていたわ」
「ですからそれは……一人立ちをしようかと思って」
「しかも、その時屋敷の近くで明らかにラスティナのご令嬢と従者がいたって話す人もいたようじゃない」
「ですからそれはラスティナのご令嬢の話であって……」
「こんなに綺麗な銀の髪が何人もいると思う?」
そう言うと彼女は私の髪を軽く触る。
「わたしはちょっとした商家の生まれで決してラスティナ家の者では」
「そう……。なら、ラスティナに残った妹さんの方に御縁談の斡旋でもしようかしら」
「縁談?」
「ええ。ちょうど奥様を亡くして暫く経つ若い女を好む方でね?ご本人は少し遊びが多いけれど彼の家ならラスティナのお家も喜んでくださると思うわ」
「あまり見目麗しい方というわけでもないしお年も少々離れているから凸凹になってしまうかもしれないけれど」
「貴族の方は大変なのですね」
私の返答を聞いた彼女はしばらくこちらをじっと見つめてくる。
「実は、彼の前の奥様がなくなったのは彼が夜伽中に壊してしまったから、といううわさがあるのよね」
「ご令嬢ともあろうお方がずいぶん下世話な話をご存じなのですね」
「噂はどことなく聞こえてくるものよ。どうやら、過激な行為がお好みなようでね?叩いたりとか、首を絞めたりとか、こんなふうにね?」
彼女はそう言いながらすらっとした白い手を伸ばして私の首に触れてくる。全く力は入っていないが首の周りに何かが触れた感触だけで鳥肌が立った。
いつの間にか私はその手を叩いて彼女を押し倒していた。
「……あらあら。怖い顔」
「申し訳ございません。そこはあまり触れられたくなくて」
「そうだったの。ごめんなさいね。そう言えば、ラスティナの姉妹もそんな事件があったそうね」
「……そうなのですか」
「姉の方が不届き者を斬ったとか何とか聞いたけれどその姉なら、貴女と同じ名前の方なら妹がそんな不穏な男に嫁がされるのを黙っていないでしょうね」
実際相手には権力があるのだ。もしかしたら本気でレイを嫁がせようとしているのかもしれない。
「貴女が本当のことを話してくれたら、このお話はナシにしようかと思っているのだけれど」
しばらく沈黙が流れる。
「私、本当にやるわよ」
本当にやりかねない。このご令嬢なら。正直セイラにも本当のことを話してしまったしこのお屋敷でばれても問題ないかもしれない。
「わかりました。お答えします」
ため息をついて少し力を抜く。
「あら、嬉しい。じゃあ貴族って認めるのかしら?」
「ええ。認めますよ。元、が付きますけどね」
「やっぱり。じゃあ、そろそろ手を離してもらってもいい?痛いわ」
そう言えば腕を思いっきり握って押し倒していたのだ。
「失礼しました」
「良いわよ。私もだいぶひどいこと言ったし」
上からどいて、またとなりに座りなおす。
「どうして私の正体が知りたかったのですか?」
そんなに私の本当の身分を知りたかったのだろうか。別に知らずともこの仕事はできると思うのだが。
「しょうがないでしょ。本当にただの冒険者なら私の愚痴を聞いても嫌味に取られるかもしれないし。貴族ならわかってくれるかもしれないし、口の堅さを期待したかったのよ」
「……愚痴、ですか」
「ええ。少し愚痴を聞いて欲しかったの。あ、妹さんには酷いことする気はないから安心していいわよ」
愚痴を聞いて欲しいだけでこんな手間のかかることをするのか。なんだかめんどくさいご令嬢だ。
「ほら、お茶でも飲みながらお話ししましょう?」
彼女の指さした先にはまだ湯気を立てているティーポットがあった。手を引かれるままにふかふかの椅子に座って目の前にお茶を出される。