皇女の一振り
あらためて獣に向けて走り出す。腕の射程に入ったところで私とネイに、二本ずつ襲い掛かってくる。その勢いはさっきとほとんど変わらない。
「これくらい……!」
上手く受け流しながらさらに距離を詰めていく。ただし、二本目に着弾した腕には剣を一閃し柔らかい部分に傷をつけていく。そのままの勢いで先ほどのように硬い皮に剣を通していく。
「もう一度……!緋剣斬!」
今度は肉の焼ける匂いを嗅ぐ暇もなく一旦抜けて、距離を取る。獣は腕だけで私達をあしらって、口の射撃で皇女を狙おうとしている。
「やらせないわよ……!」
頭上から刺さってくる腕を避けながら体勢を立て直す。
「師匠に教わった技……!」
名前のない技。技というよりはただの押し付け。
剣の周りに炎とは違う赤い光が生まれる。
「ふん……っ……!」
二本とも地面に突き刺さったタイミングで斬りつけながら一気に巨体に近づいていく。
「斬れて……よねっ……!」
普通の緋剣斬だったら表面を焦げさせながら斬るだけだろう。しかし、今回は違った。
スッと刃が入っていき、赤黒い血や透明な液体が溢れてくる。
獣が苦しそうなうめき声を上げながら体勢を崩してこちらに傾く。と見えたのもつかの間、黒い霧が少しずつ傷を治していく。そんなに時間はない。
「エイリーン!」
「分かってるわよ……!」
ミアリーンが獣の体勢を崩したのを見て法力を溢れさせる。
「限定解除。護国の剣を一振り、貸しなさい!ヴィスカリア!」
その口上と共に腰につけた剣を抜く。さっきまで見ていた剣と同じはずなのに見た目が全く違う。
「ふふっ……!久しぶりね!『姫の切り崩す剣』!」
エイリーン・ウェステルバーンと言った彼女の言葉と共にとてつもない法力を秘めた刃を振り下ろす。
「ミア様!離れますよ!」
「え、ええ!」
明らかに大技である。一歩間違えれば巻き込まれかねない。ネイに手を引かれて10レム程離れる。
振り下ろされた剣はそのまま獣に向かって光の刃を伸ばしていき、正面から真っ二つに両断した。いや、両断したというよりは刃の部分の肉が消し飛んだというべきだろうか。
地面ごと消滅させるくらいの一撃で私達の方まで衝撃が来る。
「ミア様、姿勢を低く……!」
「ごめん……!、ネイ」
強い光と衝撃で体をよろめかせた私をネイが支えてくれる。視界が戻ったところで先ほどまで獣がいたはずの所には焼け焦げた地面とほんの少しの獣の残骸というべきものが残っている。
「すっごい……わね……」
「流石皇女様……というべきなのでしょうか……」
「ミアリーン!大丈夫―?」
とんでもない光景に驚いていると皇女が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だけれど……貴女こそ大丈夫なの?」
「私?大丈夫よ。私は鍵を開けただけだから」
「ふぅん……そういうものなのね」
「にしても、あの獣にどうやって深手を負わせたの?」
「あー……教えてもらった技、かな?」
「何それ!そんな強力な技があるのね……」
「貴女ほどではないけど……」
「ミア~!すんごかったけど終わったの~?」
少しエイリーンと話しているとちょっと緊張感なさげにセイラも寄ってくる。
「うっわ……近くで見るとすっごい黒焦げだなぁ……」
「これが私の使える力の一つだもの!これくらい派手でないと!」
「流石……」
自信満々に皇女殿下は答えてくれる。
「セイラは怪我はない?」
「あっ、うん。三人があの獣の注意引いてくれたからこっち全然狙ってこなかったよ~」
セイラの周囲を軽く見ても傷のような物は見えない。大丈夫そうだ。
「皇女殿下~!ご無事ですか~!」
大きい爆発音に衝撃を確認したエイリーンの部下たちがぞろぞろと集まってくる。
「大丈夫よ~!」
暫くして、人数を一応数えると一人も欠けていないようだった。
「流石私の部隊!皆欠けてなくてよろしい!」
「さて……この残骸持って帰れば討伐した証明になるかなぁ……?」
「一応帝国からも退治したって報告が流れるから何もいらないとは思うけど……」
「一応、ね?」
「じゃあ私はこっちを持って帰ろうかな」
「となるとこの皮の断片持って帰ろうか。ネイ」
「かしこまりました」
手早く保存用の袋に半分焦げた皮をしまう。
「じゃあ、ふもとまで送っていくわ」
「え?良いの?手間じゃない?」
「良いのよ。もう少し話したいこともあるしね」
「……そう?じゃあ一緒に行きましょうか」
皇女の護衛の部隊を先導に山を下り始める。どうやら話している間に残党がいないかを少し確認してくれていたようで私たちの作業が減った。
「それで、話したい事って何?」
「そうそう!私昨日、来年王国行くみたいなこと言ったじゃない?」
「あー……そんなこと言ってたわね」
「厳密に言うとね?首都の学院に行くのよ」
「そんなこと、私に言って大丈夫なの……?」
皇女の留学予定なんて結構な国家機密なのではないだろうか。
「んー?大丈夫よ。国のえらい人は結構知ってるし」
「私その辺の冒険者なんだけど……」
皇女殿下が結構ガバガバなセキュリティで心配になってくる。
「それでね……?私、あなたの事結構気に入っててね……?」
「あら、ありがと……」
はっきり面と向かって言われると少しだけ照れてしまう。
「王国にいる間もお友達として側にいてほしくてね、名目上従者として三人を雇って一緒に居たいなぁって思うんだけど……どうかな」
「あー……なるほど……?」
「もちろんお給金は弾むわ!」
首都の学院と言ったら恐らく王国立ヴェルーリヤ・ラピシリアン学院だろうけれど、私もそこに行く予定なのだ。別に給金をもらわずとも会うことにはなるのだが、今私の本当の地位をおおっぴらに言うわけにも行かないし少々困った。
「だめ……かな……?」
エイリーンが横から顔を覗き込みながらお願いしてくる。近くで改めて見るとものすっごい美人だ。