海の一日
「私、海に行きたい!」
レイが宿泊先に着くなり早速ネイに言った。
「かしこまりました、レイ様。ミア様も行かれますか?」
「ん。一緒に行く」
「では、準備をするので少々お待ちを」
にしても一般住宅くらいの大きさの別荘があるとはやはり自分も貴族の家にいるのだな、と感じる。6年も経ったのだからそろそろ慣れてもよさそうだがまだ16年分の人生の方が長い。
「準備できました。では行きましょうか」
オーバが馬車を借りてきてそこまで遠くない海岸への道をゆっくりと進んでいく。
地元と同じくらい、いや、それ以上に活気のある街のようで周りをたくさんの人が通り過ぎていく。
「人が多いのね」
「帝国国境が近いからそちらの方も多くいらっしゃいますからね」
帝国に行ったことはないがどんな国なのだろうか。
「ねぇ、ネイは帝国に行ったことはある?」
「いえ。私はご主人様に雇われるまで街を出たことがなかったので」
「そうなの……」
「着きましたよ、お嬢様」
馬車が止まってオーバが海辺に着いたことを教えてくれる。
「お待ちを、レイ様」
レイが早く海へ行こうと急ぐがそれをネイが制する。
「も~……何で止めるのネイ!」
「最近流行りの水着、というものを着てみませんか?」
「みず……ぎ?」
レイが尋ねる。私にとってはなじみの深いものだがこの世界の海に関わりの薄い人間だとあまりなじみのものではないらしい。
「そうです。最近は今までのように服のまま入るのではなく、泳ぐための衣装にお着換えするのが流行っているんですよ」
「どんな感じの?」
「こちらでございます!」
前の世界で見たようなフリルの多めの小児用水着だ。まぁ私くらいの年にはちょうどいいものだろう。
「なんか肌一杯見えそうだけど大丈夫……?」
レイはこれでも少し抵抗があるようだ。
「じゃあ私がまず、着替えてみるわ」
馬車の窓にカーテンをかけて、着替えを始める。私にとっては別に抵抗を感じるものでもない。
「うん!よくお似合いですミア様!」
「ほんと?ありがと」
ちょっと子供っぽいかもしれないが満足だ。
「ね?大丈夫でしょ?レイも着てみない?」
レイの手を取って着替えさせようとする。
「うーん……ねーさまが言うなら……」
「よしっ!」
ネイと一緒にレイの事を水着に着替えさせる。
「ど……どう?ねーさま」
「とってもよく似合ってる!」
「ほんと……?やったぁ!」
「もう行ってもいい?海」
「ええ。もちろんですとも。オーバがついていくのではぐれないようにしてくださいね」
「あれ?ネイは行かないの?」
せっかくなのだ、四人で行きたい。
「すぐに追いつきますから、ご心配なく」
「そう……?わかった」
ドアを開けてオーバと一緒に海へ繰り出す。
周りの観光客たちは多くは水着を着ていて、まばらに服のまま海に入っていくものもいた。
ビキニのような水着を着ている人も結構多いし街の方に水着のまま向かう人もいる。
「すごい……みんなすごい恰好……」
レイは驚いているようだ。
「せっかく海に来たんだし、遊びましょ?レイ」
「そうですよ、レイ様。私が休憩場所を用意しておきますから」
レイの手を引いて海の方に連れていく。あくまでオーバが目の届く範囲に限ってだが。
「冷たっ!」
海の浅い部分で海の水を軽く蹴ってみる。
「ほんと、冷たい……」
「けど気持ちいいね。ねーさま!」
そう言いながらレイが水を掛けてくる。
「きゃっ……やったわね……!レイ!」
水を掛け返す。昔海に行った時もこんなことをしたっけか。不意に既視感が私を襲う。
「ねーさま?どうしたの?」
「ん?大丈夫。何でもないわ。……えいっ!」
「お二人とも楽しそうで何よりです」
後ろからネイの声が聞こえる。
「ネイ!って……すごい水着……!」
「お二人をお守りするために動きやすいので……」
パレオタイプの水着を着たネイが少し照れながらもこちらに近づいてくる。スタイルがいいから普段より周りの目を引いている。
「すごい!お肌綺麗!ネイすごいね!」
普段ネイの素肌を見ることのないレイは近づいてまじまじと肌を見ている。
「困りますレイ様……」
めったに見ることのできない困り顔のネイがこちらに助けを乞う視線を送ってくる。
「じゃあネイも来たことだし三人で遊びましょう?」
「うん!」
三人でしばらく浅いところで遊んだり砂で遊んだりしたところでお腹の虫が鳴ってきた。
「そろそろお昼にしましょうか?」
「「そうする!」」
三人でオーバの元に戻る。専用の屋根付きの場所を取っていてくれたようで既にお昼のよういもされている。
「では、冷たい飲み物を買ってくるので少しお待ちを」
「私も行ってもいい?」
「ですが……」
「少しくらい、いいでしょ?私も街を見てみたいの」
「私は疲れたから待ってるね~」
「……かしこまりました。ではミア様こちらを羽織ってください」
軽くタオルのような物をコートのように着させられ、露出が少ないようにされる。まわりの家族連れも海沿いくらいの店なら水着のまま行ってるし大丈夫だとは思うが、心配性のようだ。
手をつないで飲み物が売ってある場所まで歩いていく。
「こうしてるとネイと姉妹みたいね」
「ミア様……!?そんな恐れ多い……」
「嫌なの……?」
少しいたずらっぽく問うてみる。
「い、嫌というわけでは……」
「じょーだんじょーだん」
「もう……ミア様ったら……」
「ちょっとオネーサン。俺らと遊ばない?」
いきなり背後から男二、三人が声をかけてくる。
「……はい?」
「一緒に居るの妹ちゃん?遊んでる間友達が面倒見ててくれるからさぁ」
「俺らと海で遊ぼうぜ?」
そう言ってネイの腕を掴んだり私とネイを引き離そうとしてくる。
「困ります……!」
いざこんな状況になると私も体がすくんで動けなくなってしまう。ネイに抱き着くようにして固まっていることしかできない。
「ちょっと……!」
私の腕を引っ張ろうとした男をネイが怒鳴ろうとする時に体に触ろうとする男ども。
「「おい!貴様ら!何をしているか!」」
突然男の後ろから女の子の声が聞こえてくる。男たちが後ろを振り向くときにその姿が見えるが、ドレスを着た私と年も変わらぬ少女だ。そんな少女が傍らに二人のメイドを従えて立っている。
「そこな女は困っているではないか!」
「あ?なんだこのガキ」
「貴様ら妾を知らんのか?」
「お嬢様……!」
「あんまり調子乗ってると……あだだだっ!」
その少女のメイドの一人が煽る少女を諫めながら男の腕をひねり上げる。
「てめ……!」
もう一人のメイドも危害を加えてきそうな男を投げる。
「ってぇ……覚えてろよ!!」
お決まりの言葉を吐いて男たちが逃げていく。
「お主ら大丈夫か?」
「え、ええ。助かりました」
私もネイと並んで一礼をする。
「こういう歓楽地にはああいう者が多いから気を付けるが良い!」
その少女は腰に丈に合わない少し大きく華美な剣をさげている。高貴な身分のようだ。
「ではな!」
そう言って嵐のように去るお嬢様。
「ミア様とは違ったお嬢様ですね。あの方」
「自信があふれ出ていたわね」
男たちも去ったし冷たい飲み物を買ってオーバたちのところに戻る。
「ねーさま達おそかったね?」
「何かあったの?ネイ」
二人とも心配そうに尋ねてくる。
「いいえ。何事もありませんでしたよ」
「じゃあお昼食べよ!」
レイが早くご飯を食べたそうにしているし4人でお昼を食べ始める。