悪意の香り
決勝戦が始まる。
今日の最後の戦いということで、一気に8人が戦うのだ。しかもちょっと的の魔法防御が強くなっている分難しくなっているらしい。事前アナウンスで聞いたときはちょっとびっくりしたけどほかの子も条件は同じ。
歓声を浴びながら自分のレーンに入場する。このきらびやかな制服もだいぶしっくり来てる気がする。
「さて……頑張ってちょうだいよ」
さっき直した一般タイプの魔銃。試し撃ちもしてないけどいける気がする。
隣のレーンの子がちょっとこちらをにらんでいる気がするけど……気のせいだろう。観客の歓声も、一呼吸入れて集中すると気にならなくなる。
「では、選考会決勝……始め!」
今日最後の合図を聞いて8人が一斉に構えて引き金を引く。今までより硬くなった的、私にとっては何でもない。次々狙いをつけて当てていく。ちゃんと調整できたみたいで今のところ動作に問題はない。このまま一番で駆け抜けてやる。
「ミア、調子よさそうね」
眼下で行われている決勝。一位で進んでいるみたい。さっきの魔銃の異常はなんとかできたようね。
「この調子なら余裕で行けそうですわね」
「レイたちも応援に熱が入ってるし……むしろ観客席から直接声を届けさせた方がよかったのかしら」
「……あり得ますわね。ひと際目立ちそうですけど」
応援してくれる人がわかりやすい方が彼女の自信にもつながるだろうし、明日はそうしようかしら。
「っ……!」
ありえない。この私が一位じゃないなんてありえない。この国の有数な貴族の娘であるこの私がぽっと出の女に負けるなんて。絶対あの女の力で入ってきた下級貴族かなんかだろう。許せない……!
焦りも相まって少し照準がずれる。このままじゃあの女に負けてしまう。せっかく派閥の子に頼んで魔銃に妨害を仕込んだのに……ここまで修正してくるなんて思わなかった。最後の手段を使わなきゃいけなくなるかもしれない。
「何で追いつけないのよ……!」
イライラしてきた。やっぱり使おう。予備弾倉を触るふりをして魔法を発動させる。あの女も終わりね。
調子がいい。準決勝までの出来事がなかったくらい集中できてるし的に当てられている。動く的になっても丁寧に一つ一つ破壊出来てる。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれてしまった。この後起こることなんて想像もせずに。
と言ってもしばらくは何も起こらなかった。持ち手のグリップがほんのりあったかいのも気にならなかった。
突然目の前が爆発するまでは。
「きゃっ⁉」
思いっきりしりもちをついてしまった。
「な、何⁉」
目の前に落とした魔銃からはほのかに黒い煙が立っていてグリップ上の部分が無残にも破裂している。
「何で……?」
混乱が収まらないけど競技を再開しないと。せっかく調子よかったのに。と、とにかくスペアの狙撃タイプの魔銃を取り出そう。競技中だから誰も助けには来てくれない。震える手でケースを開いて魔銃を取り出す。
「お、落ち着かないと」
ほかの生徒も驚いてはいたみたいだけどすでに競技に戻っている。作ったアドバンテージもどんどん消えている。構えたところでほんの少し視界が揺れる。いや、視界が揺れるというより持っている銃が揺れている。
「……ふぅ」
一旦目を閉じて深呼吸をする。少しずつ心が落ち着いていく気がした。目を開いてもう一度のぞき込む。引き金を引いて的に命中させる。
「よし」
一発当たることでさっきまでとは言わずとも平静を取り戻せた。このまま……!
「ね、姉様⁉」
「どうしたの?」
おやつを少しつまんでいたらレイが突然声を上げた。
「姉様の魔銃が爆発したんです!」
「えっ!?」
「本当ですの!?」
中継を見ると確かにミアが地面に座り込んでいるし魔銃が地面に落ちている。
「だ、大丈夫でしょうか……」
「遠目だからわからないけど大けがはしてなさそうね……」
手元で爆発したのなら手や顔にけがをしている可能性はあるけど。こんなことを言ってもレイとノアを不安にさせるだけなので黙っておく。
そんなことを考えながら見ていると、彼女は落ち着いたようにケースから予備の魔銃を取り出している。あんまり怪我はしてなかったのかしら。
「ミアって……結構心臓が強いんですのね」
「というか手を怪我してるけど痛くないのかしら」
彼女の手からは結構わかりやすく血が出ているのに落ち着いて的を抜き始めた。痛みとか感じてないんだろうか。
「ね、姉様の魔銃の整備はイオナさんたちがやってましたし……まさか?」
「落ち着いて、レイ。まだそう決まったわけじゃないわよ」
と言いつつ私も彼女たちの整備は信用しているし、準決勝の出来事を見ると誰かに細工されたと考えるのが自然な気がする。
「……決定的な証拠が欲しいですわね」
「協力はするわよ」
ロベリアも何やら考え込んでいるし。ともかく、これ以上何も起こらないことを祈るばかりだわ。