76 羽化
遥か上空の魔王城を見て、俺はあの時の事を思い出していた。
◇◆◇
「本当に……君はからっぽだね」
俺との戦いに敗れたもう一人のテッドは小さくそう呟き、そっと目を閉じた。俺は奴を無表情で見下ろし、黒い大剣を持ち上げる。そして、思い切り突き刺した。
「……どういうつもりだい」
俺が振り下ろした大剣は、もう一人のテッドから僅かに逸れ、地面に思い切り突き刺さった。
「お前のトリガーの力はまだ未完成だ」
「は?」
唐突な俺の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするもう一人のテッド。
「……急に何だい?」
「後天的にトリガーに目覚めた場合、力に覚醒した際に多大な人格変化が発生するらしいが……お前にはそれが全く見られない。つまりお前はトリガーとしてはまだ蛹の状態に過ぎないという事だ」
「……分かってるよ。そんな事」
もう一人のテッドは悔しそうな表情を浮かべる。
「……君の言う通り、僕は引き金を引くことはできなかった……トリガーとしては未完成の存在だ。でも、だから何? そんなの、君が僕を殺さない理由にはならないじゃないか……」
「俺はお前を完全に格下の存在だと見下していた。オリジナルの分際でクローンにスペックで遥かに劣る弱者だと……そう思っていた」
「……うん。そんな事は君の態度でとっくに分かってた事だけどさぁ……。歯に衣着せないにもほどがあるね」
「だが、もしお前が真のトリガーとして覚醒すれば、一気に俺を超える存在になるかもしれない。そう考えたら、殺すのが惜しくなってしまってな」
「君って奴はどこまでも……。僕を暇潰しのオモチャか何かと勘違いしていないかい?」
「それに……」
呆れた様子のもう一人のテッドを無視して、俺は正直な思いを口にする。
「お前に大剣を突き立てる直前、何故かは分からないがステラやジャスパーの顔がよぎった。なんとなくアイツらに……主にステラに、お前を殺すのを止められた気がした。お前を今殺さなかったのは、そんなつまらない理由からだ」
「……ははは。なんか人間臭い事言って……らしくないじゃないか。一体どうしたんだい? 人形のクセに」
「さぁな……」
もう一人のテッドの言う通り、実に俺らしくない発言だと思った。……これも黒い触手に体を乗っ取られた影響なのだろうか。いや、例え何者の影響を受けようと、俺が俺である事に変わりは無い。それは、もう一人のテッドを殺さずとも証明されている事だ。
「まぁ、精々勝手に生きるんだな」
「……あっ。ちょっと待って」
踵を返し、その場を後にしようとすると、もう一人のテッドに呼び止められた。
「なんだ」
「最後に聞きたい事があるんだけど……。もしかして、今魔王城にノアが来てたりする……?」
「お前の元恋人か。あぁ、来てるぞ」
「そうか……やっぱり来てたんだね」
「今更気が付いたのか。というか、最初に俺たち魔王城突入チームを分断させたのはお前だろ」
「そうなんだけど、あの時は魔王様の魔力を取り込み過ぎたせいで、魔力感知が正常に作動していなくてね……。かろうじて感知できたのは君の魔力と、最近まで魔王軍にいたジャスパーだけだ」
「元恋人の存在に気が付かない程、魔王の魔力に取り込まれていたのか。このシャブ漬けが」
「返す言葉も無いよ……」
クスっと笑うもう一人のテッド。俺はそれを無表情で眺め、その場を後にした。
これから先、もう一人のテッドはどのように成長していくのだろうか。トリガーとしてさらに研鑽を重ねていくのか、それとも魔王軍を辞めてノアの元へと戻るのか……。いずれにせよ、奴が俺とは全く別の方向へ歩んでいく事は間違いない。経緯はどうあれ、俺たちは全く別々の人間。そこには、最初から本物も偽物もありはしないのだから。
俺は一度立ち止まり、なんとなく天井を見上げる。
空虚な心から吐き出された膿が、スッと消えていくのを感じた。
◇◆◇
「……あれ? ここは」
一方。魔王城のとある広間では。
七幻魔・序列第二位であるガイアに惨敗したレッドホークの一員、ノアが目を覚ましていた。
「私たち……。そうだ……確かあのゴリゴリ装甲筋肉ゴリラにやられてぇ……痛っ!」
激痛で膝を着くノア。その際、未だ目を覚まさないスカーレットとリンリンがノアの視界に入った。
「2人共、私よりもボロボロ……。そうだよねぇ……前衛の2人は私よりも戦う機会が断然多いもんね……。頑張ってくれて、ありがとう……」
倒れているスカーレットとリンリンに手をかざすノア。詠唱と共に回復魔法を発動させ、2人の傷を癒していく。
「けほっ……! ちょっと待っててねぇ。ごめんね……私の魔力が万全だったら、もっと早く治してあげられるんだけどぉ……」
スカーレットとリンリンの外傷が治癒されていくと共に、魔力の激しい消耗により徐々に疲弊しきっていくノア。
「はぁはぁ……。これでよし……。あとは二人が起きるのを待つだけ……。それまで、私も少し休んで──」
ノアがその場に腰を下ろそうとした直後だった。
微弱な魔力の波が、ノアの魔力感知に引っ掛かった。普段なら、この程度の魔力を感知しても気にも留めないノアだったが、今回ばかりは事情が違った。
「……テッド?」
ノアが感知したのは、オリジナルのテッドの魔力だった。
「これは……間違いない! あんな偽物じゃない、本物のテッドの魔力だ!」
クローンテッドによって、オリジナルテッドを巣食っていた魔王の魔力が引き剥がされた事により、正確にオリジナルテッドの魔力を感知する事に成功したノア。
「やっとぉ……やっと会えるんだね……。本当に長かったよぉ……」
喜びに打ち震え、涙を流し続けるノア。
「待っててね! 今すぐ会いに行くから!」
ノアは魔力感知の範囲を広め、必死にオリジナルテッドの正確な居場所を探っていく。
「いた! この距離なら、今の魔力でもギリギリ瞬間移動できる!」
そう言って、ノアはスカーレットとリンリンの肩に触れる。
「ごめんね2人共。ここに放っておく訳にもいかないから、一緒に付いてきて!」
直後。ノアは瞬間移動を発動し、倒れている2人と共にその場を後にした。
◇◆◇
「着いた! ここにテッドが……ッ!」
オリジナルテッドがいる場所へと瞬間移動したノア。一緒に飛んできたスカーレットとリンリンをゆっくりと寝かせ、急いでオリジナルテッドを探し始める。そして……
「……え?」
ふと、ノアの目に、地面に倒れている男の姿が映った。
「……テッド?」
体力、魔力共に限界のノアは、体に鞭を打って、倒れている男の元へ駆け寄った。ノアは膝をつき、倒れている男の顔を見つめる。
2年間。再会を待ち焦がれていた最愛の恋人は、体温の無い骸へと成り果てていた。
「え──」
眠りについた恋人は、優しい笑みを浮かべていた。
その微笑みは、死者とは思えぬほどに美しく、温かさを感じさせるものだった。
「……は? は、は……」
喜怒哀楽がごちゃごちゃに混ぜられたような笑みを浮かべ、壊れた機械のように、言葉にならない声を口から出すノア。そして……
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
狂ったように、叫び続けた。
喉が枯れ果て、口内に血の味が広がっても、ずっと叫び続けた。
「……」
すると突如、電池の切れた人形のように動きを止めるノア。
ノアは帰らぬ人となった恋人をそっと抱きしめた。
「……なにこれ、血」
恋人の背中に回した手が、血で真っ赤になっている事に気が付く。恋人の胸元には、大きな刃物で刺されたような深い傷があった。
「……アイツだ」
ふと、ノアの脳裏にある男の顔が浮かぶ。
「この傷……。魔王城の結界を壊す時にアイツが使ってた大剣でつけたものだ……」
ふつふつと……。ノアの中の悪魔の血が沸騰し始める。
先ほどまでぐちゃぐちゃに渦巻いていた正体不明の感情が、一つの方向へと収束していく。
「……あの時、アイツの正体を明かした時の、あの目。無機質で、無感情で、虚無で満たされた目……。アイツは空っぽだ、偽物だ。だから、私のテッドを殺して、本物に成り代ろうとしたんだ……」
穏やかだった瞳が、禍々しい殺意で満たされていく。
艶やかな黒髪が色を失っていき、純粋な白へと変わった。
「……あのクソ人形が」
大切だったはずの恋人を乱暴に手放し、ノアは立ち上がった。
「コロシてやる」
最愛の恋人を失った少女は、狂気の引き金を引いた。
そして、復讐の闇へと沈んでいった。
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ノア
レベル:0
職業:????
攻撃:???
防御:???
速度:???
体力:???
魔力:???
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