75 弱点
「すごい揺れね……。一体何が……」
大地震のような揺れに、思わず驚きを口にするジャスパー。すると、ステラが辺りをきょろきょろとし始めた。
「あれ? なんかこの部屋、さっきより暗くありませんか?」
「……言われてみればそうね」
ステラの言う通り、先ほどまで明るく照らされていた広間が不自然に薄暗くなっていた。よく見ると、黄金の装飾に彩られていたゴージャスな壁が、今度は黒一色で塗りつぶされていた。だが、壁そのものが変色したというよりは、何かが覆いかぶさって見えなくなっているような……。
「何かいるな」
「えぇ……」
俺たちは黒一色の壁へと目を向ける。すると──。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
──と、不気味で気色悪い音を立てながら、ソレが一斉に動き始めた。
「え……」
この世の終わりのような地獄絵図に、思わず絶句するステラ。
ソレは、人間の天敵である黒いアレを1メートル程に巨大化させ、かつそのまま2足歩行にしたようなモンスターの……約1000匹ほどの群れだった。
「い、いやああああああああぁぁぁぁっっ!!!! ゴキブリいいいいいッ!!?」
過去最高の大声で絶叫するステラ。そして、そのまま白目を向いて気絶してしまった。
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名称:ゴキローチ
ランク:E-
属性:無
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「気絶したか。折角上級職に『転職』したというのに、この役立たずが」
「……いや、これはちょっと仕方無いでしょ……。私もちょっと背筋が凍ったもの……」
ジャスパーは肩を手で押さえ、青ざめた表情でこちらを見つめてきた。
「お前もゴキブリが苦手なのか」
「普通のゴキブリは別にだけど……あんなデカいのが1000匹くらいいたら誰だってビビるでしょ」
誰だって、か。元七幻魔第四位の魔族が言うと、確かに説得力があるな。
「仕方無い。数が多くて面倒だが、片付けてくる。ステラと一緒に下がってろ」
「あ、ありがとう。今日ほどアンタを頼もしいと思った日は無いわ。あっ、なるべくこっちに来ないようにしてよね! というか絶対にね!」
「お前は炎属性なんだから、来ても燃やせばいいだろ」
「燃やすのも気持ち悪い……」
嫌悪感丸出しのガチトーンでそう呟くジャスパー。俺が思っている以上に苦手意識が強いらしいな。まぁ別に問題は無いが。俺はゴキローチのステータスを「鑑定」で確認する。やはりな。外見こそ気色悪いが、所詮はランクE-の最弱モンスター。千匹だろうが一万匹いようが、俺一人で十分……
「……」
ゴキローチのステータスを流しで見ていた俺だったが、ふと、ある欄が目に留まった。
「……面倒だな」
俺は「復讐の剣」で召喚した黒い大剣を手元から消した。
「……どうしたの? もしかして、見栄張ってただけでアンタもゴキが苦手なんじゃ……」
「いやそうじゃない。アレは……」
そう言いかけた直後だった。
『ククッ。聞け、人間共!』
広間……いや、魔王城全体に不気味な声が響き渡る。この声は、南ゴルゴン山で聞いた魔王デスピアのものだ。
「我ら魔王軍は今回目的を果たした。もうポカリ街に用は無い。これより撤退する」
目的を果たした……その言葉に俺は違和感を覚えていた。奴らの目的は俺を捉える事だった筈。だが、実際に俺の前に刺客として現れたのは、もう一人のテッドのみ。ここで終わるのだとすれば、俺の捕獲にあまり注力しているようには思えない。だとすると、他に何か目的があったのか?
『そして、魔王城へ侵入した冒険者共よ。今、我々はお前たちの相手をする気は無い。これ以上死人を増やしたくなければ、早々に立ち去れ。さもなければ、地獄を見る事になるぞ』
「……どうするの?」
恐る恐る俺の様子を窺ってきたジャスパー。俺は視線を合わせずにそのまま答えた。
「引き上げるぞ、掴まれ」
俺はジャスパーに手を差し伸べる。ジャスパーはステラを片手で抱え、もう片方の手で俺の手を握る。
「なんかカップル……というか、子連れの親みたいね」
「下らない事言ってるとゴキブリの群れに捨てて帰るぞ」
「あぁウソウソ! それだけはやめて!」
珍しく慌てふためくジャスパーを余所に、俺は瞬間移動を発動し、3人で魔王城から脱出し、ポカリ街のギルド前に移動した。
しかし、あのゴキローチとやら……厄介なスキルを持っていたな。
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【スキル】
≪死の卵≫
このスキルを所持した者は5分後に自爆する。
この5分後の自爆が発動した際、
自爆したスキル所持者と同じ個体を30体誕生させる。
その効果で誕生した30体の個体は再び「死の卵」を所持する。
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「……『復讐の剣』にこんな弱点があったとはな」
思わず口にしてしまう俺。いや、正しくは理解していた弱点が初めて露呈した、とでも言うべきか。もしも、俺がゴキローチを「復讐の剣」で倒してしまっていたら、スキル「死の卵」をコピーしてしまい、5分後の自爆は避けられなかっただろう。おまけに「不老不死」の効果により、自爆しても再び「死の卵」を所持した状態で蘇ってしまう。つまり、自爆→復活→自爆→復活……という無限ループに陥ってしまう。しかも、自爆の度に「死の卵」を持った俺を30体も誕生させてしまうというオマケ付きだ。自爆し続ける俺が無限増殖していく……まさに地獄絵図になっていただろう。
まぁとはいえ、別に復讐の剣が使えないというだけで、それ以外の魔法やスキルを使えばいくらでも対処は可能だった。だが、敵を倒しても経験値を得られない俺からすれば、スキルがコピーできない以上、最早戦うだけ時間の無駄というもの。本当は、魔王から直接色々と聞きだすつもりでいたが、まぁあの場は撤退が正解だろう。……と、そんな事を考えながら、俺は遥か上空にある魔王城を見上げた。
「……次は楽しませてくれよ」
俺はあの男の顔を思い浮かべながら、そんな事を口にした。
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