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 それは、魔王軍がポカリ街へと襲撃してくる2日前の夜の事。

 ノアが発動した、記憶を蘇らせる精神魔法「メモリーズラスト」によって、俺の精神は記憶の世界へと飛ばされた。


「どう? 失った記憶は取り戻せた?」


 記憶の世界から現実へと意識を戻した俺を見て、ノアがそう語り掛ける。

 しばらく沈黙し、俺は静かに口を開く。

 

「いや、何も思い出せなかった」

 

 その言葉を、ノアはただ黙って聞いていた。

 俺は記憶の世界で見た全てを、包み隠さずノアに話す事にした。


「正確に言うと、失った記憶については何も思い出せなかった。『メモリーズラスト』で俺が見た記憶は、『レッドホーク』に加入してから今に至るまでの記憶のみだ」


「……」


 記憶を蘇らせるという「メモリーズラスト」だったが、蓋を開けてみれば、元々覚えていた記憶をただ再確認しただけで終わってしまった。


「やっぱりね」


 だが、当のノアはむしろ納得したといった様子でそう頷いた。


「やっぱり? まさかお前、『メモリーズラスト』が失われた記憶に対しては無効だと知っていたのか? それとも、術者のお前が『メモリーズラスト』の発動に失敗して──」


「違うよ。『メモリーズラスト』は全ての記憶を蘇らせる。そこに例外は存在しないよ」


 きっぱりとそう断言するノア。


「なら、どうして失われた記憶が戻らない?」


「簡単な話だよ。貴方は記憶を失ってなんかいない」


 俺の疑問に対し、ノアが淡々とそう答え、畳みかけるように続ける。


「貴方には、記憶が無いの」


 その一言に、俺は自分の冷え切った心から、さらに温度が失われていくのを感じた。


「記憶が無い? どういう意味だ」


「そのままの意味だよ。貴方に取り戻すべき記憶なんて無い。貴方の記憶は、私たちと出会って『レッドホーク』に加入するところから始まってる。それ以前の記憶なんて、そもそも存在しないって事」


「そんな事が在り得るのか? まさか、俺がお前たちと出会う直前に生まれたとでも……」


 そう言いかけた直後。

 俺は、脳の奥に火傷のような痛みが広がるのを感じた。

 その小さな痛みと共に俺の脳裏をよぎった光景。それは、南ゴルゴン山での出来事だった。

 廃れた研究所で見つけた下らない計画書。

 そして、怪物に殺され、生まれ変わる前の俺に瓜二つな……


「クローン……」


 気が付くと、俺はその言葉を口にしていた。

 それを聞いたノアが、初めて驚きの表情を浮かべる。


「驚いたぁ……。貴方、なんでクローンの事知ってるの? ちょっと鳥肌立ったんだけど」


「旅の途中で、妙な研究施設を見つけてな。そこに散乱していた資料の一つに、クローンについて書かれたものがあった」


「……なるほどねぇ。情報源はほぼ私と同じみたいだね。じゃあ、もうなんとなく察しがついちゃったかな……」


 俺と同様「クローン計画」について多少知っている様子のノア。そんなノアが導き出した答え。それは……


「テッドのクローン。それが俺の正体か」


 俺の言葉に対し、ノアは黙って頷いた。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「2年前、魔法学校を卒業したテッドは冒険者になる為に魔法都市を飛び出した。私は魔法都市に残ったけど、テッドの彼女としてその後も連絡を取り続けた。でも、ある日を境に彼と連絡が取れなくなった」


 溜まっていたものを吐き出すように、徐々に声のボリュームを上げながら話すノア。


「彼を探す為に、私も冒険者になってテッドの情報を集める事にした。ソロの冒険者である彼に関する情報は中々集まらなかったけど、ある日、妙な噂が私の耳に入って来た。それは、優秀な冒険者たちが何人もダンジョンで行方不明になっている……っていうものだった。私はその事件に関する情報を集める事にした」


 ノアの口調が、普段のゆったりとしたものから、力強くハキハキとしたものへと変わっていく。


「事件について調べている内に、私は奇妙な実験施設へと辿り着き、そこで『クローン計画』に関する資料を見つけた。その資料に書かれていた被験者情報の中に……テッドの名前と写真があった。そして、もう一つ。その資料には、テッドとそのクローンである貴方が『クローン計画』の半永久凍結と共に実験施設から解放されたって記載されていた。この時、私はテッドが生きている事を確信した」


「……」


「それからもずっとテッドを探している内に、私はポカリ街でサルタナとスカーレットに出会い、『レッドホーク』に加入する事になった。当時から注目されていた若手パーティだったし、『レッドホーク』が大きくなって私の知名度が上がれば、テッドの方から私に会いに来てくれるかもしれないって思ったから……。そしたら……」


「お前たちの前に、実験施設から解放された俺が現れたって訳か」


「最初はやっとテッドに会えた事に大喜びした。けど、貴方の方は私を見ても何の反応も示さなかった。そこからはもう違和感の連続。外見や口調はほとんど同じだけど、ふとした仕草が違っていたり、魔法を無詠唱で発動していたり、何より……貴方の瞳の奥に、無機質な闇を感じた。そして私は、貴方がテッドではなく彼のクローンであることを確信した」


 流石というかなんというか。微妙な仕草の違いなどに気が付くのは、彼女ならではの観察眼だな。


「後は貴方の知ってる通りだよ。私はテッドの偽物である空っぽの貴方と一緒にいる事に耐えられなくなった。そして、貴方のステータスを念入りに『鑑定』してみたら、あんなデタラメなステータスしてたから、難癖付けてパーティ追放まで誘導したって訳ぇ」


「なるほどな。だが一つ分からない事がある」


「なぁに?」


「俺は何故、無くて当然の記憶を失ったと錯覚してしまったのか、という事だな」


「さぁ。アホだからじゃない?」


「残念だ」


「冗談だよ。これに関しては、私も詳しく知ってる訳じゃ無いから確証は無いんだけどぉ、聞きたい?」


「聞かせてくれ」


 どう話そうか迷っているのか、ノアは唇に指を当てながら考える仕草を見せた。

 しかしコイツ、俺と違って随分と情報を持っているな。それだけ、恋人であるテッドの為に熱量持って情報収集していた……という事なんだろうな。なんて、当事者にも関わらず他人事のように考えていると、なんとなくまとまったのか、ノアが口を開いた。


「ねぇ。貴方『トリガー』って知ってる?」


「随分唐突だな」


 「トリガー」

 確か、南ゴルゴン山で見た「クローン計画」の資料に記載されていた用語だ。

 詳細は不明だが、「クローン計画」はこの「トリガー」と「転生者」を量産する事が目的だとかなんとか。


「資料で見た事はあるが、詳細は知らないな」


「実験施設で見つけた資料によると、どうやら貴方は『トリガー』の素質を持つ存在みたい」


「俺が?」


「うん。私も『トリガー』についてあまり詳しくは知らないんだけど、別の資料には『トリガー』についてこんな事が書かれてたよ」


 そう言って、ノアは自分が知る限りの「トリガー」の情報を俺に話し始めた。




 トリガーについて


・通常職、上級職とは別種の特殊な能力者。


・生まれ持って「トリガー」の素質を先天的に持つ者と、後天的に「トリガー」に覚醒する2種類が存在するが、いずれも極めて希少な存在。


・後天的な「トリガー」の場合、覚醒する際に人格に多分な変化を与える事が確認されている。また、人格変化の際に、全ての過去の記憶がフラッシュバックされるという報告が挙げられている。




「……私が持ってる情報はこれで以上かな」


「十分だ」


 ノアが話した「トリガー」の3つ目の特徴である、「人格変化、その際の記憶のフラッシュバック」。これは、あの日俺が怪物に殺された時の状況と一致している。恐らく俺は、怪物に殺されたあの瞬間に「トリガー」として覚醒し、今の人格へと生まれ変わっている。そして、その際に記憶がフラッシュバックしたものの、出生などが一切分からない記憶だった為、怪物に殺された事でそれ以前の記憶を失ってしまったのだと、そう錯覚してしまったのだろう。


「まぁ貴方が『トリガー』かどうかなんて、私からしたらオマケみたいなもの。今までの話を要約すると、貴方は……」


 そう前置きして、ノアが吐き捨てるように言い放つ。


「『クローン計画』によって生み出されたテッドの偽物で、何の記憶も持たないただの空っぽな人形って事だよ」


 その言葉には、これ以上ないくらいの憎悪が凝縮されていた。


「……そうだったんだな」


「そういう事。がっかりした?」


「いや別に。ある意味納得した」


 自分の正体を知り、ノアの攻撃的な言葉を受けて尚、俺の心が動くことはなかった。

 それは、俺が空っぽの存在である事の何よりの証明だった。




◇◆◇




「グオオオオアアアアアアアアアッ!!」


 魔王城のとある一室にて。

 醜いバケモノへと成り果てたもう一人の……いや、テッドを見て、俺はノアとの2日前のやり取りを思い出していた。それと同時に、俺の空白の心から、ある筈の無い感情が溢れ出てくるのを感じた。この感情の正体は分からない。だがそれでも、今この瞬間だけはこの感情に正直になってみようと思う。


 テッド。

 「クローン計画」に加担した後、お前に何があったかは知らないが、お前が俺を憎む理由は大凡察しが付く。「クローン計画」によって作られた()()全てのクローンは、オリジナルのスペックを大きく下回る。だが、お前から作られた俺は、その極めて稀な「例外」だった。さらに俺は計画の要である「トリガー」へと覚醒し「特別」な存在へと昇華した。そんな「特別」な俺の存在が、お前はきっと許せなかったんだろう。


 単純な話だ、お前は自信過剰なんだよ。お前は俺と出会った時からずっと、俺の不遜な態度を目の敵にしていた。それは鏡に映る自分の偽物に、自分が井の中の蛙である事を突き付けられているからだ。所詮、お前の原動力は、そんな幼稚で利己的で陳腐な感情に過ぎない。お前がこれまで本物のテッドを名乗らなかったのは、俺を倒す事で自分が本物であると証明したかったからだ。全く、本当に下らない。


 お前に対する失望は、この魔王城へ来てからより大きなものへとなった。

 俺を倒す為に魔王から力を貰い、醜い怪物へと成り果てたお前の汚いツラを見て、俺は心底がっかりした。

 

 恋人、友人、恩師、故郷、思い出……。

 俺に無い本物を全て持つお前が、偽物である俺に近づく為に本物を捨てるその姿は、実に浅ましく滑稽だ。

 

 それでも。

 お前は間違いなく本物のテッドであり、俺はどこまでいってもお前の偽物に過ぎない。その事実だけは、たとえどんなにお前が変わり果てようと、どんなに俺が変わらなかろうと揺らぐことは無い。


 だが本物、偽物なんて言葉は、近似した存在が2つ以上ある事によって成立するものだ。たった一つ、唯一無二の存在を本物なんて呼び方はしない。


 つまり、この世界に2人も俺は必要ない、という事だ。


 テッド。

 俺が俺でいる為には、お前は邪魔なんだよ。



復讐の剣(エリーニュス)


 スキル名を口にすると共に、俺は黒い大剣を手に握った。


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