40 記憶
「うん本当だよー。私は昔、テッドと付き合ってた」
「随分とあっさり認めるんだな」
「どうせ校長先生から色々聞いちゃってるんでしょ? 誤魔化したところで意味ないじゃん」
こちらが想像していた以上にあっさりと過去の交際事実を認めたノア。しかしそんなノアの態度に、俺は少し違和感を覚える。
「反応が薄いな。久しぶりの彼氏との再会だぞ? もっと喜んだらどうだ」
「……貴方、私と付き合ってた時のこと覚えてないんでしょ?」
「あぁ。綺麗さっぱり覚えてない」
「貴方は私の事を覚えていない。私も貴方に対して何かを思ったりしない。お互いこんな感じなんだから、感動の再会になんてなるはずなくない?」
やはり妙だな。随分と飲み込みが早いというか、割り切りがいいというか……。俺がレッドホーク加入以前の記憶を失った事は、ノアにとっては初めて知る情報のはずだが、まるで既にその事を知っていたかのような落ち着き具合だ。あまりにも動揺が無さすぎる。
「私の態度が気に入らない?」
俺の目をじっと見ながら、こちらを見透かすような発言をするノア。
「別に。それより聞きたい事がある」
「なぁに?」
「何故、俺をレッドホークから追放した。お前が仕向けた事なんだろ?」
「気付いてたんだ。貴方を追い出すように仕向けたのは、サルタナじゃなくて私だってこと」
「そうか、やはりお前だったか」
「……あれ。もしかして私カマかけられた?」
「俺がレッドホークから追放されたあの日、最初に俺のステータスの正体を見破ったのはお前だったからな。元々怪しいとは思っていた。確証は無かったが」
「あちゃー、しくじったー。まいったなぁ」
口ではそう言うノアだったが、動揺している様子は一切見られない。前髪を指先でいじると、ノアは再び気だるそうに口を開く。
「分かったよ、教えてあげる。じゃあ話す前に、まずは貴方に見てもらいたいものがあるの」
「見てもらいたいもの?」
「貴方の記憶だよ」
さらっと衝撃発言をするノア。俺は思わず、数秒ほど固まってしまう。
「あはは、ビックリした? 貴方みたいな冷徹人形でもそんな驚いた表情するんだねぇ。ちょっと意外かも」
「俺の記憶を見せるだと? どうやって?」
「精神魔法の一つに、記憶を蘇らせるものがあるから、それを使えば一発だよ」
「記憶を蘇らせる……そんな事が」
「まぁ、このレベルの精神魔法を使える人なんて、多分世界にも数えられる程度しかいないと思うけどねぇ」
記憶を蘇らせる。
その言葉を聞いた瞬間、俺は何故か自分の脳が急激に冷え切っていくような感覚に陥った。
これまでずっと探していた、俺の失われた記憶。
自分は一体何者なのか。何故、自分のステータスは他と違って異常なものなのか。
それらがようやく明らかになるかもしれないというのに、俺の心に広がるのは喜びでも、知的好奇心でも、まして知らない自分を知る事への恐怖でもない……ただの虚無感だった。
「……ちょっとぉ、もしもし? なんでフリーズしてるの貴方」
「……いや、なんでもない」
「そう。じゃあ始めてもいい?」
「あぁ、頼む」
俺がそう言うと、ノアは少し近づいてきて、俺にしゃがむように合図する。
「なんだ?」
「この魔法、おでことおでこをくっつけなきゃいけないのよぉ」
「なるほど」
俺はノアの頭の位置に合わせてゆっくりとしゃがむ。
お互いの額がこつっ……と軽く触れ合う。
「ねぇ……貴方おでこ冷たすぎない? これじゃ死体だよ」
「あぁ、これか。お前にパーティを追放された日に色々あってこうなった」
「色々……まぁそれは後で聞くとして、じゃあ始めるね」
「あぁ」
「『精神魔法・メモリーズラスト』」
ノアがそう詠唱した直後。
視界が揺れ、徐々に世界から音が消えていく。目の前が真っ白な光に包まれていく。
真っ白で何も見えない世界の果て……そこは記憶の世界だった。
◇◆◇
記憶の世界から現実へ戻った俺を見て、ノアはゆっくりと俺について知っている事を語り始めた。
そして、俺は自分が何者であるのかを知った。
「……そうだったんだな」
「そういう事。がっかりした?」
「いや別に。ある意味納得した」
「なんか、私もその反応を見て納得しちゃったぁ。貴方ってやっぱり……いや、なんでもない」
何故か気まずそうに目を逸らすノア。自分で語っておいて、今更俺に同情でもしたのだろうか。まぁ別になんでもいいが。
「そうだ、私も聞きたい事があってぇ。あの日、何があったのぉ?」
「あぁ、それか」
そこから、俺はパーティを追放されたあの日の一部始終をノアに話した。
「……そうだったんだぁ」
俺が生き返った経緯を聞き、驚きのあまり言葉がうまく出ないノア。
「言っとくけど、私は貴方の中に入ったものについては何も知らないからぁ。それについては何も教えられないからねぇ」
「分かってる。自分が何者か分かっただけでも十分だ」
「ねぇ。貴方が魔王に狙われてる理由って……貴方自身にあるのかな、それとも貴方の中の……」
「さぁな。そこは魔王に聞くのが一番早そうだ」
「そうねぇ……」
そう言うと、ノアはどこか虚ろな瞳で夜空を見上げる。
「最後に一つ聞きたいんだが、お前たちレッドホークはあの日、俺が死んだと揃いも揃って勘違いしていたみたいだが、何故そう思ったんだ?」
「なぁにその質問」
突然の質問に、思わず困り眉になるノア。
「……まぁいいや。それは貴方が隠し部屋に入ってから数分後に、貴方の気配が感知できなくなったからよぉ。まさか不死身の怪物になって生き返っていたなんて夢にも思わないし、死んだと勘違いしても仕方が無くない?」
「そうだな」
自分のせいで俺が一度死んだ事に対し、微塵も悪びれる様子の無いノア。
まぁ当然か。
コイツにとって俺は、消えてくれた方がありがたい存在だからな。
「……ねぇ。なんか冷えてきたし、そろそろ戻らない? まぁ貴方の体は既にキンキンに冷えてるから関係ないだろうけどさぁ」
「キンキンって……人をビールみたいに言うなよ」
「あはは。何それ、つまんなぁい」
吐き捨てるようにそう言うと、ノアはゆったりとした足取りでギルドへと戻っていった。
俺はその後姿を、ただ黙って見送った。
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