30 魔水晶
「え、テッドさんの彼女ですか!? 見せてください!」
数秒の沈黙を破ったのは、ステラのそんな呑気な一言だった。
ステラの手がアルバムに伸びる。俺は開かれたページを素早く閉じ、ステラの手をアルバムで勢いよく挟み込んだ。
「いだぁっ!? な、なにするんですかテッドさん! 手が挟まっちゃったじゃないですか! 放してください!」
「悪いな。俺の青春の1ページに土足で踏み込まれた気がして、ついな」
「1つも覚えてないクセに何言ってんのアンタ」
「確かに」
ジャスパーからの冷静な指摘を受けた俺は、抑えつけていたページを軽く開き、アルバムを持ち上げる。そして、ステラの腕を開放してやった。
「うわぁん! ジャスパーしゃん!」
「はいはい、泣かないの」
泣きだすステラをあやすジャスパー。ここに来るまでに何度も見た光景だ。いい加減見飽きてきたな。
さて、そんな事は置いておいて、俺は爺さんへと視線を向ける。
「で、爺さん。さっきの写真で俺の隣にいた奴が、俺の彼女だって?」
「そうじゃ、やはり覚えてはおらぬか」
爺さんは軽く咳払いをして、再度口を開く。
「お主らは今から3年前の世代の首席と次席じゃった。優等生2トップが付き合っておったからのう、当時は一番有名なカップルじゃったぞ」
「へぇ」
生憎と欠片も覚えていない為、特に言葉は出てこなかったが、それはあくまで昔の事に対しての話。
もしあの女が昔の俺を知っていたのだとすると……いや、今あの女の居場所を特定できない以上、これ以上考えても無駄か。次に会った時に問い詰めればいい話だ。
「爺さん、他に昔の俺に関する資料はあるのか?」
「他にか? いや、特には……。そうじゃ、お主が過去に受賞した賞があるが……」
「いや別にいい。邪魔したな」
これ以上得られる情報は無いと考え、俺が踵を返そうとすると──
「まぁ待てテッド。帰る前に今のお主の力を見せてくれ」
「俺の力だと?」
爺さんは大きな水晶玉を取り出すと、テーブルの上にあるクッションの上に置く。
「それは?」
「これは魔法使いとしての力量を推し量る『魔水晶』じゃ。お主が以前と比べてどれだけ成長しているのか、それを見せてほしい」
「物好きな爺さんだな。まぁいいだろう。で、どうすればいい?」
「魔水晶に向かって手をかざすだけでいい。すると、水晶に魔法使いとしてのランクを示す文字が浮かび上がる。最低値はEランク、最高値はSランクじゃ」
「モンスターのランクと大体同じだな。ちなみに、過去の俺のランクは?」
「当然、Sランクじゃったぞ」
「まぁだろうな」
至極当然のように言い切った俺を見て、爺さんは少し嬉しそうな顔をする。もしかすると今の俺の発言が、昔の俺とどこか重なったのかもしれない。そう考えると、昔も今も俺は案外変わっていないのかもな。まぁどうでもいいが。俺はこの余興をさっさと終わらせる為に、水晶に手をかざす。
「……で、爺さん。これはどれくらい待てばいいんだ?」
「む。おかしいのう、手を当てれば水晶が輝きだす筈なんじゃが……」
爺さんが水晶に近づいた直後──。
ぼこぼこぼこ……と、水晶が不気味な音を立て始める。やがて、液体と固体の狭間のような状態になった水晶は、徐々にぐにゃぐにゃと流動的な動きをし始める。まるで、俺が手を添えた事でこの水晶に命が宿ったかのような、そんな生物的な動きだった。水晶は原形を留めぬほどに変化し続け、やがてアメーバのような不均整な形の歪な物体へと変化した。そして動きを止め、歪な形のまま再び固まった。
その場にいる誰もが、あまりにも不気味な水晶の変化に絶句した。
しばしの静寂の後、爺さんが震えながら口を開いた。
「え、気持ちわり……」
爺さん。
いくらなんでも元教え子にその言葉はあんまりだと思うぞ。
「え、なにコレ……水晶ぐにゃぐにゃじゃん、きっしょ。こんなの見たこと無いんだけど」
急に若者のような言葉遣いで話し始める爺さん。アンタ、素はそんなキャラだったのか……。
俺は歪な形に変化した水晶を持ち上げ、爺さんに差し出す。
「教え子からのささやかなプレゼントだ」
「ひえぇ! き、キモいわ! いらぬいらぬ!」
差し出した水晶から全力で距離を取る爺さん。だが、しばらく水晶を見つめ続けると、少し冷静さを取り戻したのか、恐る恐る近づいてきた。
「ま、まぁ。取り敢えず、それはそっちに置いといてくれ」
「あ、あぁ」
爺さんの指示通り、テーブルの端に水晶と言う名の歪なオブジェを置く俺。
何故か気まずい空気が流れるが、爺さんはそれを払拭するように、あたふたしながら口を開いた。
「せ、折角じゃし、お二人もどうじゃ! ほれ、ほれ!」
「え、いいんですか? やったぁ!」
「まぁ、別にいいけど……」
マジシャンのような手際の良さで水晶をぽんぽんと出す爺さんに対して、嬉しそうにはしゃぐステラ。ジャスパーも、しぶしぶながらもこれに応じる。
爺さんが2つの水晶をテーブルに固定すると、ステラとジャスパーが同じ要領で水晶に手をかざし始める。すると、俺の時とは違い、すぐに水晶が光り輝き始める。だが光の強さは同じではなく、ジャスパーの水晶の方が遥かに大きな輝きを見せていた。そして、数秒輝き続けた後、2人の水晶に文字が浮かび上がり始めた。
「私はBランクかぁ……。ジャスパーさんは……凄い! Sランクじゃないですか!」
「こりゃたまげたのう……。今までこの魔法学校でSランクを出したのは、テッドを含め2人しかおらぬというのに……」
「まぁ当然でしょ。なんせ私はしち……いえ、なんでもないわ」
コイツ、今自分が七幻魔だって言いかけたな。
その手のポカはやらかさないタイプだと思っていたが、意外と褒められるのに弱いのかもしれない。
「じゃが、そちらのお嬢さん……ステラといったかのう。お主も中々見込みあるぞい。どうじゃ、2人共魔法学校に入学せんか?」
「ほ、本当ですか? ど、どうしよっかなぁ」
「いや揺らぐなよ」
俺は呆れながらステラにそう言った。
◇◆◇
その後、ステラとジャスパーを部屋の外に待たせ、爺さんと少し話をすることに。
「ほほっ。テッドよ、いい仲間を持ったのう」
「そうか?」
「ふむ。2人共、凄まじいポテンシャルを秘めとる。特に……」
そう言いかけて、並べられた水晶の1つに目を向ける爺さん。さっきまでは正面から水晶を見ていたから気が付かなかったが、1つの水晶の後ろに大きなヒビが入っていた。
「何者なんじゃ、あの子は」
「さぁな。俺もよくは知らん」
特に誤魔化したくて言った訳じゃないが、爺さんは何かを見抜いたようで、しばし沈黙した後に口を開いた。
「……魔族なんじゃろ、あの子」
「気が付いていたのか」
「お主の魔法かスキルで気配を誤魔化しているんじゃろうが、ワシの目は誤魔化せんよ」
「流石だな」
「ほっほっほ、じゃろう? ワシの勝ちじゃな」
嬉しそうに笑う爺さん。何が勝ちなのかよく分からないが、その言い方に合わせて言うなら、厳密には引き分けだな、まぁどうでもいいが。……なんて事を考えていると、爺さんが急に険しい表情になり、口を開く。
「テッド。お主に何があったのかはワシにも分からない。魔族を仲間として連れている理由も、お主がここまで変わってしまった理由も。じゃが、これだけは言える。お主がどうなろうと、お主がこの学校の生徒であったことに変わりは無い。お主はわが校の誇りじゃ」
「そうか」
「ほほっ、淡泊な反応じゃのう。昔と比べて随分と冷たくなってしまったが、変わらない部分もある。それは己の実力を信じて疑わぬ、自信の強さ…それだけは昔も今も変わらぬままじゃ」
「……そうか」
「それにじゃ、テッド。お主は……」
「爺さん、もう帰っていいか?」
話が長すぎて疲れ始めた俺は、強引に会話を中断させることにした。
全く。年寄りというか、校長と呼ばれる人種の話が長いというのは、どうやら本当だったらしいな。
「おぉう、すまぬな。ではな、テッド! いつでも帰ってくるんじゃぞ!」
「気が向いたらな」
そう言って踵を返す俺。
その直前、爺さんの瞳に少し涙が浮かんでいたのが見えた気がした。
大方、かつての教え子との再会に心が動いたのだろうが、生憎と俺の方は、過去の情報を得た以外に特に変化はない。爺さんの話も、全て他人事のように聞いていた。だがもし、俺が記憶を取り戻し、爺さんの話に懐かしさのようなものを感じる事ができるようになった時は……。
そんな事を考えながら、俺は一度も振り返ることなく部屋を後にした。
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