197 予想外
「しかしアスタロト。まさかお前がそのスキルを使えるとはな」
「……そのスキル。あぁ『変身』の事ね」
俺の姿と声でそう口にするアスタロト。なんというか……気色の悪い違和感がどうしても拭えないな。
「……そりゃ彼にこのスキルを覚えさせたのは私だから。『変身』で貴方のスキルをコピー出来るか実験して貰う為にね。まぁ結局貴方に変身するどころか、そもそもトリガーには変身できなかったみたいだけど」
どうやら「グリーンヴェノム」のアイツ(本名不明)の裏で暗躍していたのはアスタロトだったらしい。たしかにアイツは「グリーンヴェノム」のアイナやステラには変身していたが、トリガーのメルには変身していなかったな。
「……そう。『変身』の実験も『カース』の力をサルタナ君で試したのも、全部今日という日の為。……テッド君、君の体を手に入れる為なんだよ」
「そうか」
俺が大剣を構えると同時に、その場の全員が戦闘態勢に移った。
「せっかく用意周到に頑張ってきたのに、最後の最後で爪が甘かったな。俺たち全員が揃っている場所に、ノコノコ1人で現れるなんてな」
「……皆やる気満々だね。言っとくけど私、ここに来る前にテッド君の分身1体倒して、しかもその力を吸収してるからね。いくらテッド君でも今の私を倒すのは難しいと思うな」
自身に満ちた微笑を浮かべるアスタロト。そうか、あの分身の意識が感知できなかったのは、やはりコイツが分身を倒していたからだったんだな。まぁたしかに分身であっても、俺に勝つ事ができる奴などほぼ存在しない。それを倒したとなると、ここにいる連中では今のアスタロトを倒すのはかなり難しいだろうな。だが……
「たかが分身2体分の力を得た程度で、本体の俺に勝てるとでも?」
「……どうだろうね。どっかの誰かさんは、たかがクローンなのにオリジナルより遥かに強いみたいだし、あり得ない話ではないんじゃない?」
アスタロトは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「……それにさ。私1人で来たなんて一言も言ってないんだけど」
得意げにそう言うと、アスタロトはぱちんっと指を鳴らした。すると直後、何もない空間上に、無数の黒い穴が一気に出現し始めた。黒い穴の奥には、アスタロトが支配した夥しい数の兵隊たちが控えていた。
「俺が張った結界を無効化したか。中々やるじゃないか」
「……私が言える事じゃないけど、本当どこまでも上から目線だね。私に負けた時、その余裕の表情がどんな風に壊れるのか、楽しみで仕方ないよ」
「なら俺に負けた後に鏡でも見てみるといい。きっと俺の顔で無様に咽び泣くお前の姿が映っているだろうからな」
「……言ってろクソが」
小声で何かを毒づいた直後。アスタロトの体が、不気味な薄紫色の魔力に包まれていった。まるでベールのようにアスタロトの姿を隠した魔力の膜は、しばらくすると、ガラスに亀裂が走るような音と共に、粉々に砕け散った。
「……テッド君もさぁ。いい加減自分との戦いなんてサムい展開にも飽きたでしょ? だからイメチェンしてみたんだけど、どーかなぁ?」
薄紫色のセミロング、真っ赤な瞳、白い肌、そして漆黒のゴスロリ服。新しく生まれ変わったアスタロトの姿は、俺とアスタロトの容姿を足して割って、それを女性的にしたような姿だった。
「さっきよりも魔力が洗練され、充実している。少しは楽しめそうだな」
「……あのさー。私が聞いてるのは強さの方じゃなくて、外見の──」
アスタロトが呆れた顔で言いかけた、その時だった。
「とぅんくっ!」
隣の方からキモい喘ぎ声のようなものが聞こえてきた。横を向くと、全裸のレオが心臓付近に手を当てており、その表情は僅かに紅潮していた。コイツがこんなキモい表情を浮かべるとは、珍しい事もあるものだな。一体何が──
「え? まってやっべぇ……。ピンクちゃんのイメチェン後……新ピンクちゃん……ガチクソかわいいわ……。駄目だ俺、もう我慢できねぇわ……」
「は?」
脳味噌が溶け切ったような表情を浮かべながら、訳の分からない事を口走るレオ。そして、レオはすたすたと歩いていき、アスタロトの目の前まで近づいていく。
「へ? ちょっ!? なに?」
急な展開にパニックになるアスタロト。いやアスタロトだけじゃない。今この状況の変化に付いていけている者は、誰一人としていなかった。レオは素早くアスタロトの手を取ると、まるで女王に忠誠を誓う家臣のように、その場でかしづく。そしてレオは、とんでもない一言を言い放った。
「一目惚れしました。俺と結婚して下さい」
……あまりに予想外の展開に、その場の全員が唖然としていた。
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