196 登場
黒い渦のような空間の歪。その向こうから姿を現したのは……
「ひ、ひえ!? ここどこ!?」
びくびくと小動物のように怯えた様子のメルだった。だが、これはいつものメルではない。コイツは……
「お前、回復術士の方のメルか」
メルは二重人格で、回復術士とトリガーの力を人格ごとに使い分けているらしい。普段の頭のイカレた方のメルがトリガーの人格なので、この臆病な方のメルが回復術士の人格という事になる。念の為「鑑定」を使いステータスを確認した所、以前見た回復術士としてのメルのステータスが表示された。
「か、回復術士の方……っていうのは分からないけど……。と、というかあれ? 貴方……少し前に私を逃がす為にあの場所に残ってましたよね?」
俺の顔を見て動揺するメル。メルが言っているのは俺の分身の事であり、状況的に先ほど意識を感知できなかった分身である可能性が高いが……いや、今はそれよりも……。
「シャドウ。お前さっきメルの救出は間に合わなかったとか言ってなかったか?」
全員の疑いの目がシャドウに向けられる。だが、シャドウはそんな視線を気にする事なく、ぶつぶつと独り言を呟いていた。すると、そんなシャドウを見たメルが何かに気が付き、驚きの声を上げた。
「あ、あの影の人! 私が物凄い数の敵に追われていた時に一緒になって襲ってきた人です! だから敵だと思ってたんですけど、え、て、敵じゃないんですか?」
シャドウに襲われた、と怯えながら話すメル。シャドウの話とは随分と食い違っている。面倒な事になったな。
「仕方ない。2人共殺すか」
「え、えぇっ!? ちょ、ちょっと待って下さいよ! なんで急にそんな話になるんですか!?」
俺の言葉に驚いて腰を抜かしたメルがそう騒ぐ。まぁ状況も分からずにいきなり殺されかけたら、そうなるのも無理はないか。であれば……
「ちょっと待って」
俺がある提案をしようとした直後、シャドウが食い気味に言葉を発した。
「殺されたくないから本当の事を言うね。さっきメルちゃんの救出に失敗したって言ったけど、あれ嘘なんだ」
そう言った直後、シャドウは自分の腹部に手を突っ込む。とぷんっ……と、液体が波打つような音と共に、シャドウは自分の体から何かを引っ張り出した。それは……いや、その人物は、今目の前にいる筈のメルだった。シャドウは意識を失っているメルを支えながら、ゆっくりと仰向けに寝かせた。
「いやぁ危なかったよ。僕がメルちゃんの所に行かなかったら、この子は間違いなく殺されていただろうからね。タロちゃんが来る前にメルちゃんを助けて、その場に偽装した死体を置いておいて正解だったよ」
「こんな回りくどい事をした理由は?」
「タロちゃんが誰に憑依しているか分からなかったから、メルちゃんの死を偽装して様子を見たかったんだ。まぁこんな展開になるとは思ってなかったけどね」
「そうか。だが、お前が嘘を言っていて、今お前の体から出てきたメルが偽物である可能性もある。だから──」
「分かってるよ。メルちゃんの意識が戻るのを待って、再びトリガー人格に交代してもらって、あそこにいる偽物に触らせればいいんでしょ?」
「そうだ」
トリガー人格のメルが持つ「殺殺」には魔法やスキルの力を半減させる効果がある。もし今倒れているメルが本物であれば、アスタロトが化けた回復術士のメルに触れた瞬間、支配や憑依の効果が半減される。それでどちらが本物か偽物かを判別する事ができる。
「それでいいよな?」
少し離れた場所で棒立ちになっているメルにそう言うが、返事は無かった。
「オイ。聞いて──」
「あぁーあ。『変身』を使ってメルちゃんに化ければ、上手く紛れ込めると思ったんだけどなー」
俺の言葉を遮るように、メル……いや、アスタロトは口を開いた。そして、アスタロトの姿がメルから俺の姿へと切り替わった。やはり俺の分身へと憑依していたか。
「人の体で随分好き勝手に遊んでくれたな」
「……いいじゃん。分身の一体や二体。減るもんじゃないし、遊ばせてよ」
俺の姿をしたアスタロトが歪んだ笑みを浮かべる。客観的に見て思ったが、我ながら笑顔の似合わない男だと思った。
「残念だが、遊びはもう終わりだ」
俺は黒い大剣を再び召喚し、乱暴に担いだ。
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