173 無自覚
激動の一日もようやく終わりを迎え、今夜はポカリ街ギルドで寝泊まりをする事になった。ただし、とても安眠できる状況ではない為、俺たちは交代で見張りをする事になったのだが……。
「秒で押し付けられたな……」
言い出しっぺだから、という理由で見張りを俺に押し付け、連中はそそくさと寝室へと向かってしまった。まぁ、俺は睡眠を取らなくても体力や魔力を回復できるので別に問題は無いが、見張りを押し付けた連中はそんな事微塵も考慮していないだろうな。行動を共にするメンバーが変わっても、俺の扱いはさして変わらないんだな、と他人事のような感想を抱きながら、俺はギルドに結界を張った。
「凄い結界……流石だねテッド。これなら皆安心して寝られるよぉ」
隣から声がしたので視線を向けると、そこに立っていたのはノアだった。絹糸のようなノアの白い髪が、隙間風によって揺らめく。
「何の用だ」
「ん~特にこれといった用はないんだけど、なんとなく2人で話したくなって……」
「そうか」
改めて思ったが、他の奴と俺に対する態度がまるで別物だな。トリガーに目覚めて荒々しい人格へと変貌したノアだが、俺と話している時だけは、以前のノアに近いおっとりとした印象を受ける。
「……」
隙間風の小さな音が鮮明に聞こえるほどの沈黙が流れる。どうやら本当に何の用もないのにここに来たようだな。別に沈黙を気まずいと思った訳ではないが、何の用もないのに隣にいられると気が散るな。だが、まぁいい。コイツには聞きたい事がある。
「そういえば、サルタナを殺したんだな」
俺が何気なくそう言うと、ノアは目を丸くして驚き、そして笑った。
「ぷっ! あはは! なんていうか、凄い会話の切り出し方だね」
「悪いな。話すのは苦手なんだ」
「ん~、というか直球すぎるだけだと思うけどねぇ。でもそういう所も好きだよ♡」
そう言って柔和な笑みを浮かべるノア。本心で言っているのかは正直微妙な所だが。
「何で私がサルタナを殺したこと知ってるの?」
「サルタナの死体付近に刺さっていた聖剣に触れた時に奴の記憶が流れてきて、そこで知った」
「なるほどね。じゃあアイツが何をしたか……知ってるでしょ?」
ノアの瞳から光が消える。俺が何かを答える前に、ノアは再び口を開いた。
「アイツは……私の最愛の人を殺した」
ノアの最愛の人。俺のオリジナル……本物のテッド。あいつは魔王城で俺と戦った後、サルタナの手によって殺されてしまった。
「あの日の事を思い返す度に後悔してる……。どうして私はあの時意識を失っていたんだろうって……。私がもう少し早く意識を取り戻していれば、あの人は死なずに済んだんじゃないかって……」
自責の念に駆られるノア。終わった事を思い返して自分を責めても過去は変わらない。それでも人は割り切れない。無駄な事だと分かっていても、人間は一生後悔しながら生きていく。
「あの人を殺したサルタナが憎くて、憎くて仕方が無かった。でも、サルタナを殺しても、私の中の憎悪は無くならなかった。矛先を見失った憎悪は今も私の中で膨れ上がり続けてて、ずっと私を締め付け続けてるの……」
今にも泣きだしそうな表情を浮かべるノア。……面倒だな。オリジナルテッドが死んだ事やサルタナが殺された事など、俺にとってはとっくに過去の事。サルタナの件は会話の切り口程度で、俺としてはその先の事を聞き出したかったのだが……。そんな事を考えていると、隣のノアが突然俺に抱きつき、顔を埋めてきた。
「今の私は空っぽなの……。好きな人もいなくなって、殺したい相手もいなくなった。今の私には生きる理由がないの……だから……」
顔を上げると、ノアは上目遣いでこちらを見つめてきた。
「お願いテッド……。貴方を好きでいさせて……。貴方が私の……生きる意味になって……」
うるうるとした瞳でそう口にし、ノアは唇をきゅっと噛みしめた。今の言葉を聞いて理解した。やはりノアは俺に対して明確な好意を抱いてはいない。こいつはただ依存したいだけ。オリジナルテッドの遺伝子を分けた俺を奴の代わりに見立てて、自分の生きる意味を無理矢理作り出そうとしているだけなのだ。
まぁ別にどうでもいいがな。俺がコイツの生きる意味となる事で、コイツが今後万全の力を発揮できるというのなら、依存でもなんでも勝手にしてもらって構わない。
「分かった」
そう口にし、俺はノアを抱きしめた。コイツの能力はかなり役に立つ。戦力としても当然そうだが、俺が価値を見出しているのは別の点だ。それが必要になる時までは、コイツを手放すわけにはいかない。
「貴方は……いなくならないよね?」
「心配するな、俺は死なない。ずっとお前の傍にいてやる」
「うん……嬉しい……」
そう言って、ノアは俺をさらに強く抱きしめた。
さて。本当はコイツの能力についていくつか聞こうと思っていたのだが、そんな事を話せる空気ではなくなってしまったな。まぁそれは今後機会があれば聞いてみるとしよう。
「そろそろ戻って休め。今日は能力を沢山使ったから、疲れてるだろ?」
「心配してくれるんだ……。なんだかんだ……優しいね」
俺の適当な言葉を都合よく勘違いしたノア。実際は話す事がなくなったから、早く立ち去って貰おうと思っただけなのだが。
「……本当はもっと一緒にいたいけど、じゃあ……おやすみ」
「あぁ」
頬をほんのり赤らめながらそう言うと、ノアはとてとてと寝室に向かっていった。……さて、やっと行ったか。やはり会話というのは色々と面倒なものだな。特に今のノアのような情緒不安定な女との会話は尚更だ。……まぁ、こんな事を考えているから、ステラたちにコミュ障だ根暗だ言われてしまうんだろうけどな。
「……アイツらと話すのはここまで疲れないんだがな」
まさか、あんなやかましい連中(特にステラ)に対してそんな感想を抱く日が来るとは。まったく慣れというのは恐ろしいものだな。そんな事を考えながら、俺はふと夜空を仰いだ。
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