162 生還
突如目の前に現れたノア。
その姿と雰囲気は、以前会った時とはまるで別物だった。
「久しぶり♡」
すると、いつの間に俺の目前まで移動していたノアが、ずいっと顔を覗き込んできた。
「何しに来たんだお前」
「えーさっき言ったじゃん。貴方を助けに来たんだよぉ、テッド」
そう言って俺の腕に抱きついてくるノア。
「お前俺の事嫌いじゃなかったか?」
コイツは愛しの彼氏の偽物である俺を目の敵にしていた筈だが、どういう風の吹き回しなのだろうか。
「んー前はそうだったけどぉ、貴方と同じになってから考えが変わったの。貴方は彼の遺伝子を分けた世界で唯一の存在。よく考えたらぁ、彼の髪の毛一本まで愛してる私が貴方を好きにならない理由がないよねぇ」
俺と同じ……それはつまり、トリガーとして覚醒した事で、ノアの新たな人格が目覚めた事を意味している。それは分かるが……いくらなんでも変わり過ぎだろ。
「取り敢えず気色悪いからさっさと離れろ」
「えぇーそんなひどい事言わないでよぉ」
そう言って、より強い力で俺の腕を抱きしめるノア。小柄な体からは想像がつかないほどの怪力に、ミシミシッ……と、軋むような音と共に腕が悲鳴を上げている。この馬鹿力もトリガーとして覚醒した影響なのだろうか。まぁそれは置いとくとして。俺はそもそもな疑問を口にする。
「お前、どうやってここに入ってきたんだ?」
「ここに入って来れたのはねぇ、そこの全身黒タイツとロリババァに呼ばれたからだよぉ」
そう言って、ノアはシャドウと神楽を乱暴に指さす。
「お前ら仲間だったのか?」
「まぁ仲間というか、利害の一致でしばらく協定関係を結んでる感じ?」
「そうじゃな。というか、わらわの事ロリババァって言うのやめて……」
「えぇーいいじゃん事実だし。それにさぁ──」
ノアの顔から笑みが消える。今のは恐らく……。俺は少し離れたアスタロトへと視線を向ける。
「……『支配』が効かない。貴方やっぱりトリガーなん──」
そう口にした直後、アスタロトの体がゆっくりと浮かび始めた。だがそれは、浮遊魔法を使って浮いているというよりは、何らかの不可視の力によって持ち上げられているという印象を受けた。
「テメェ……何しやがんだ売女ぁ」
乱暴な言葉と共に、右手をゆっくりと上げるノア。その右手の動きと連動して、アスタロトの体がさらに浮かび上がっていく。
「……凄い力。それが貴方のトリガースキル? 私の魔力を強引に抑えつけるなんてッ──」
言い終わる前に、ノアは右手で何かを握りつぶすような動作で、アスタロトの首を不可視の力で締め上げた。
「なぁに私の許可なく喋ってんだビチクソが。てかお前さぁ、さっき私に何かしようとしたよなぁ?」
アスタロトを締め上げる力がさらに増していく。
「まぁそれは千歩譲って許すとしてぇ……お前、何私とテッドの至福のひとときを邪魔してくれてんだ? このまま体の構造ガン無視してお前の体捻じりまくってぇ、一生使わねぇそのクセェ不良品マ●コにテメェの顔面ねじ込んでやっからよぉ、空中でクソでも垂れ流しながら許しを請えや!! キャハハハハハハハハァッ!!」
悪魔のような笑い声を上げるノア。
まさか、あのおっとりしていたノアがここまで荒々しい性格に変貌するとはな……。まぁなんだ……取り敢えずあれだ。……随分口が悪くなったな。そういえば前に酒カス共が、ノアはポカリ街最強の癒し枠だと言っていたが……そのノアがここまで下品で粗野な言葉遣いになってしまうとは。他人にほぼ興味が無い俺だが、あまりにもマイナスなギャップに珍しく引いてしまった。
「オイオイオイ!! こんなもんか七幻魔ぁ!! 随分と大人しいじゃねぇのぉ!!」
バキバキにキマった目で笑い続けるノア。しかし、当のアスタロトの方は平静を保ったまま、余裕の笑みを浮かべた。
「は? お前何笑って──」
直後。アスタロトと同様、ノアの体が不可視の力によって締め上げられた。
「……ふぅんこうやるんだ。貴方の力と原理は違うけど、思ったより簡単に再現できたな」
「テメェ……。何パクリこいてんだクソパチモンがアァッ!!」
怒り狂うノア。同時に、互いを締め上げる不可視の力の出力が上がっていく。あまりにも凄まじい力の衝突の影響か、周囲の空間が大きく振動し、そこに亀裂が入ったり、ぐにゃりと歪んだりと、出鱈目な現象が起こり始めた。
「……なんですかこれ。こんなのどうしたら……」
空間が崩壊していくという異常な光景を目の当たりにし、思わず恐怖を口にするエレナ。そういえばコイツはアスタロトに操られていなかったな。まぁ今はどうでもいいか。取り敢えず、アスタロトの首を切り落として、この崩壊現象を食い止めなければ。……と、そう考えていた直後だった。
ぼこん
……と、水中の気泡が浮かび上がるような奇妙な音と共に、空間に大きな黒い穴が開いた。全員の視線がその黒い穴に集まった直後、黒い穴から大きな爆発が発生した。
「──ッ!?」
巨大な爆発はノアとアスタロトを強引に吹き飛ばし、周囲に衝撃波を撒き散らした。
「クソが……なんだよこれ」
吐き捨てるようにそう言ったノア。すると同時に、黒い穴の奥から見覚えのない金髪の男が姿を現した。
「あ、あれ。君、どうして生きて……?」
その金髪の男を見て、シャドウは驚きの表情を浮かべた。
お読みいただきありがとうございました!
よろしければブックマーク、評価、感想などよろしくお願いします!