160 感情
「……エサ」
……思考が上手くまとまらず、ただ茫然としていると、俺を見たシャドウが小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「ふふっ。それさぁ、どういう感情なの? 今更人間ぶって傷付いたふりしなくてもいいんだよテッド。君は空っぽの人形なんだから。世界を救う為だけに生まれてきた……ただの道具なんだよ」
辛辣な言葉を口にするシャドウ。だが、言っている事は間違っていない。俺は今まで大きな感情によって心を動かされた事がない。シャドウの言う通り、俺は所詮……世界を救う為だけに生み出された、ただの──
「ふざけないで下さいっ!!」
直後。少女の大きな叫び声が響き渡り、俺の思考を遮断した。その声の主が、あのステラであると気が付くのに、少し時間がかかった。
「テッドさんはエサでも、空っぽでも、人形でも、道具でもありません!!」
瞳に小さく涙を浮かべ、小動物のように体を震わせながら、ステラはそう叫んだ。
「え、いやそうでしょ。見てよテッドのこの無表情。僕の言葉を聞いてもなんとも思って無さそうだよ」
俺の方を見てそう指摘するシャドウ。その通りだ。先ほどのシャドウの話を聞いても、俺は何も思わなかった。だから、他人であるステラがここまで怒る必要はどこにもない。だが、そんな無機質な俺を見ても尚、ステラは唇を強く噛みしめながら、思いを口にし始めた。
「……テッドさんは確かに不愛想で無表情です。口も悪いし、デリカシーが無いし、態度も冷たいです。でも……でも、なんだかんだで私たちの事いつも助けてくれるし、本当はすっごく優しい人なんです! 他にも、私たちにいじられると嫌そうな表情するし、強い敵と戦ってる時は楽しそうにするし、美味しいご飯を食べてる時は嬉しそうにするし、話がスムーズに進まないと怒ったりします! いっっつも無表情だからすっっごく分かりづらいけど! テッドさんだって、いい所とか、人間臭くて可愛い所いっぱいあるんです!」
感情を思いのままに爆発させたステラは、大粒の涙を流しながら、何故か俺をぽかぽかと叩き始めた。
「なんで俺を叩くんだよ……」
「だって……ぐすっ! うぅ……」
俺に抱きつきながら泣きじゃくるステラ。顔を思い切り押し付けるもんだから、服がステラの涙でぐしょ濡れになった。
「……ったく」
俺は黙って泣き続けるステラの頭にそっと手を置いた。
「いやーいい仲間を持ったねテっちゃん。感動しすぎて背筋が凍ったよ。スタンディングオベーションが止まらないね」
拍手をしながら、わざとらしく体を震わせるシャドウ。俺が言うのもなんだが、人情の欠片も無い奴だな。魔族だから仕方ないかもしれないが。
「で。どうかな? テっちゃん。世界を救う為にサイカと戦ってくれる気になった? まぁ拒否権とかは別に無いんだけどさ」
能天気な口調でそう話すシャドウ。いつの間にか俺の呼び名が随分と馴れ馴れしいものになっているが、どうでもいいので特に言及はしない。
「おめでたい奴だな。あんな話をされて、はいやります……なんて言うとでも思ったか?」
「んー確かに今までの君だったら絶対受け入れてくれないと思ってたけど、今の君は違うんじゃない?」
シャドウはそう言うと、俺に抱きついているステラ、後ろにいるジャスパーたちへと順番に視線を移していった。
「君の仲間に対する思いは明らかに変わってきている。……大切な仲間を守りたくないの?」
「……」
確かに以前の俺だったら、先ほどのシャドウの長話を聞いても、きっと何も思わなかっただろう。だが今は違う。たとえこの身が滅びようとも、俺はステラたちを……。
「俺は──」
「いやぁいいもの見させてもらったな……。凄く感動したよ……うん」
突如。
俺の言葉を遮るようなタイミングで、冷たく静かな女の声が聞こえてきた。誰もが目を奪われるほどの美貌を持ちながら、極めて希薄で独特な気配。
虚空から姿を現したのは、七幻魔・序列第一位アスタロトだった。
「君は本当に神出鬼没だねぇ……タロちゃん」
「……来ちゃった。てへ」
人形のような無表情のまま、アスタロトはわざとらしく舌を出してそう言った。
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