159 最高の……
「世界を救う……か。『器』である俺ならサイカを倒せると?」
「うんそうだよ。もっとも、元々その役割は君の中の人にやってもらおうと思ってたんだけどね」
シャドウはそう言うと、俺の心臓付近を指さした。
「『復讐の剣』の持ち主……伝説の勇者アストラにね」
その言葉に最初に驚きを見せたのは、かつてアストラと同じパーティだと言っていたエレナだった。
「……ギルドで言った事、本気なんですか?」
「だから本当だって。あの時のエレナちゃん、頭に血が上ってて全然話を──」
「え? ちょ、ちょっと待って下さい!」
シャドウの言葉を遮り、ステラが叫んだ。
「……今の話、本当ですか? お兄ちゃんが、テッドさんの中にいるって……」
「本当だよ。テッドの体から黒い触手が生えてきたのを見た事あるかな? アレが君のお兄ちゃんだよ」
「そ、そんな事……。何が、どうなって」
「3年前の王国での戦い。生贄を手に入れた僕たち魔王軍は撤退の準備を進めていた。しかし、単身で魔王城に残り続けたアストラは、僕たちに戦いを挑んできた」
混乱するステラに、シャドウは説明を始めた。
「結果はこちらの勝利。アストラは尋常じゃなく強かったけど、流石に七幻魔全員の相手は彼でも厳しかったみたいでね。まぁこっちも七幻魔の四位~六位を失う羽目になっちゃったけど、まぁそれはよくて」
当時の七幻魔四位~六位がアストラに倒されたという事は、少なくともその時ジャスパーは七幻魔ではなかったという事か。
「僕たちは転生者であるアストラを今後の生贄候補として捉える事にしたんだけど、そこで予想外の事が起きてね。なんと、瀕死寸前の彼はトリガーへと覚醒したのさ。それも倒した相手のスキルをコピーするという反則的なトリガースキル付きでね」
「テッドさんのコピー能力は……お兄ちゃんのスキルだった、という事ですか……?」
「そう。そして、僕たちは彼をあるダンジョンの隠し部屋へと幽閉した」
アストラ……『復讐の剣』を閉じ込めたダンジョンの隠し部屋。俺が「レッドホーク」を追放された際に入った、あの黒い扉の部屋の事か。
「──ッ! 何の為にお兄ちゃんを!」
「トリガーは希少な能力者だし、『器』として完成する可能性が最も高い存在だからね。殺す訳にも、逃がす訳にもいかないのさ」
「『器』って……お兄ちゃんが?」
「そう。君のお兄ちゃんはサイカを倒しうる存在だったのさ」
あまりの衝撃に言葉を失うステラ。しばらくその様子を見ていたシャドウだったが、ステラが何も言おうとしなかった為、再び話を始めた。
「僕らが捉えた何人かのトリガーの中でも、アストラの力は別格だった。類稀なる戦闘センスに加え、『復讐の剣』という反則スキル。僕たちは彼を『器』の最有力候補として育てていく事にした。転送屋に冒険者や魔王軍以外の魔族、モンスターを誘拐させ、アストラを強くする為の対戦相手……エサとして与え続けたり、エサが無い日は魔導書をみっちり読ませて禁術をたくさん覚えさせたりね」
そうか。怪物『復讐の剣』がいたあの隠し部屋に転がっていた無数の骸は、転送屋……オリジナルテッドが『復讐の剣』に食わせた冒険者や魔族、モンスターの死体だったという事か。そして、魔導書で覚えた禁術。俺がコピーした覚えのない「悪鬼羅刹」などのスキルは、恐らく『復讐の剣』がその時に覚えたものなのだろう。
「アストラを最優先で育てる為、他のダンジョンの隠し部屋に幽閉していたトリガーも彼にエサとして与え続けた。でも、共食いを繰り返し彼のトリガーレベルが5になった瞬間、最悪の事態が起きた。アストラもかつてのサイカと同じように怪物化してしまったんだよ」
その言葉を聞いて、俺はかつて隠し部屋で戦った『復讐の剣』の姿を思い出した。無数の骸に覆われた100メートルを超えた大きさの怪物。あの姿はトリガーの力を暴走させた成れの果てだったのか。
「幸いなことに自我はどうにか保っていたから暴走することは無かったけど、記憶をほとんど失ってしまったみたいでね。いつか暴走する可能性はあるけど、かといって折角手に入れた『器』の最有力候補を処分する訳にはいかない。取り敢えずトリガー以外のエサを与え続けて経過観察という事でこちらは一旦落ち着いたよ」
「……エサを与えた? 怪物化……? ……記憶がなくなった? ふざけんな……」
実の兄の事を道具としか思っていないようなシャドウの口ぶりに、ステラは静かに怒りを口にしていた。ここまで本気で怒っているステラは初めて見たな。それだけ兄の存在が大切という事なのだろうが、人間のそういった感情に無頓着であろうシャドウは、マイペースに話を再開した。
「その後僕たちはアストラを『器』として完成させる計画とは別に、『器』を使わずにサイカを無力化する為の新たな計画を立ち上げる事にした。それが『クローン計画』だ。目的は転生者とトリガーを人工的に量産する事。この計画が成功すれば、人間や魔族から犠牲を出す事なくサイカを無力化できる筈だった。でも……」
「正常なクローン個体が生まれる確率は43.3%。加えて、ほぼ全てのクローンがオリジナルのスペックを大きく下回っており、計画は半永久的に凍結した、だったか」
「クローン計画」の存在を知った時から、何故魔王軍が人間のクローンなんかを量産しようとしていたのかずっと疑問だったが、まさかサイカに与える生贄を作る為の計画だったとはな。
「そ、よく覚えてるね。君の言う通り、転生者やトリガーのクローン技術を確立する事ができず計画は失敗に終わった。君という奇跡のクローンを残してね」
シャドウがそう口にした直後、ステラとジャスパーが驚きの声を上げた。
「ちょっと待ちなさいよ。アンタがクローンって……どういう事?」
「言葉通りだ。ゴルゴン山で会った転送屋と呼ばれていたテッドがオリジナル……本物のテッドで、俺は奴から作られたクローンだったそうだ」
「そんな他人事みたいに……。あっ、だからアンタ記憶が無かったの?」
「そうだ。記憶は失った訳ではなく、そもそも生まれたばかりで記憶が無いだけだった」
「……アンタ、それ知ったのいつ?」
「確か、魔王軍がポカリ街に攻めてくる2日前くらいだな」
「「 …… 」」
何故かは知らないが、ステラとジャスパーが物凄い呆れ顔を浮かべていた。
「大分前から、テッドさんが記憶に関する話を全くしなくなったのはそういう理由だったんですね……。何か私たちに言えない事でもあったのかと思って触れないようにしていましたが、心配して損しました」
「コイツはそんなタマじゃないわよステラ。どうせ面倒臭くて話さなかったとかそんな感じよ」
「流石だな。正解だ」
更なる呆れ顔を浮かべる2人。ジャスパーは大きく溜息をつくと、手をひらひらさせ、シャドウに話を続けるように促した。
「まぁとにかく。ここにいるテッドはクローンの最高傑作なんだよ。オリジナルのテッドを遥かに上回るスペック。何より生まれながらのトリガーだったしね。君は『クローン計画』唯一の成功体にして、2人目の『器』なんだよ」
先ほどまでは『器』である『復讐の剣』を体に宿す俺の事を『器』と呼んでいるのかと思ったが、どうやらそういう意味ではないらしい。
「『クローン計画』が半永久凍結したと同時に、君は実験施設から解放された。君はトリガーの素質を開花させてはいたものの、トリガースキルの覚醒には至っていなかった。だから、外に出す事で君の願望の引き金を引こうと考えた。その後、外で目を覚ました君は『レッドホーク』に加入し、トリガーのステータスが原因でパーティを追い出された。そしてその日、奇跡は起こったんだ!」
シャドウの声が僅かに上ずる。そして、俺が一度死を迎え、新たな肉体と精神を手に入れた、あの日の事について語り始めた。
「転送屋と同じDNAを持つ君はアストラ……『復讐の剣』がいる隠し部屋に入り、そこで奴に殺された。『クローン計画』唯一の成功作を失う結果に僕たちは一度絶望したよ。でも違ったんだ。君の死は奇跡の連続の前兆に過ぎなかった! 隠し部屋から出る事ができる君の体を『復讐の剣』が乗っ取った瞬間、君のトリガースキル覚醒の条件が満たされた。これだけでも凄い事なのに、覚醒したトリガースキルは『不老不死』。あまりにも出来過ぎた展開に、僕は夢なんじゃないかと疑ったよ。でも夢じゃなかった! 分かるかいテッド。君の存在は……君と『復讐の剣』の融合は、全ての事態を解決するほどの奇跡なんだよ」
シャドウの声がどんどん嬉々としたものに変わっていく。
「トリガー2人分の力を持つ君は『復讐の剣』以上に強くなる。このまま成長を続ければ、君はいずれサイカを倒すほどの存在へと進化するだろう!」
「随分と前向き思考だな。強くなる過程で、俺が『復讐の剣』と同じように怪物化する可能性もあるんじゃないか」
「大丈夫。融合した影響なのか、君たちのトリガーの力は比較的安定している。時々黒い触手が暴れる事があったかもしれないけど、どれも抑え込めない程ではなかった筈だ」
シャドウの言う通りだ。一度魔王城で体を乗っ取られた事はあったが、それも少しの間だけ。それに、体を奪い返そうと思えばいつでもできる状態にあった。だが……
「それだけで世界の9割以上を食らい尽くした大怪物に簡単に勝てるとは思えない」
「ははっ! おいおい。いつもの自信はどうしたのさテッド」
……それは俺にも分からない。何故かは分からないが、形容し難い不安の様なものが俺の心を支配していた。……これ以上は聞いてはいけない気がする。まるで俺の存在意義が根本から覆されそうな、そんな悪い予感がしたからだ。そして残念な事に、この予感は最悪の形で的中する事となる。
「大丈夫だよテッド。その為の『不老不死』じゃないか」
「その為……の?」
「『復讐の剣』だけだったら、負けたらサイカのエサになって終わり。希望は潰えるだろうね。でも君は違う。君は……万が一負けたとしても、サイカに無限に食われ続ける事ができるじゃないか!」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
呆然とする俺を余所に、シャドウは愉快そうに続けた。
「言ったよね。サイカの封印が弱まっていて、次に生贄を与えても封印を維持できないって。それは仮死状態にある魔王様の肉体が限界に近づいているからなんだ。だから……もし君が負けて食われたら、君が魔王様の代わりにサイカの体内から封印を維持し続けるんだ」
「俺……が?」
「そう! 君は不老不死だから封印の力が弱まることは無い。無限に復活する生贄としてサイカの体内で作用し続け、かつ封印を永遠に維持する事ができる! 君1人で封印と生贄を両立する事ができるんだ! こんなコスパのいい話はないよね! あははははははははははははははははっ!!!」
シャドウの狂気染みた笑い声が耳に鳴り響く。
「だから心配しなくてもいいよテッド。君がサイカに勝とうが負けようが関係無いんだ。手段は違えど、どう転んでも世界を救えるんだ! 君は『器』の最高傑作にして……」
俺は自分の心が虚無で埋め尽くされていくのを感じていた。シャドウが口にした言葉の全てが、ノイズ混じりの雑音に聞こえる。だが……
「最高の……エサなんだから」
その言葉だけは、はっきりと耳の中に残り続けた。
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