146 支配
「何がよろしくよアンタ。アホじゃないの」
人類を滅ぼし、魔族の世界を作る。
そう宣言したアスタロトを、ジャスパーはばっさりと切り捨てた。
「……だよね。急に意味分かんないこと言ってごめんね……」
すると、アスタロトはひどく落ち込んだ様子で、その場に座り込んでぶつぶつと独り言を呟き始めた。別にそこまで傷つく事じゃないと思うが……。
「ジャスパー。コイツ本当に七幻魔の第一位なのか?」
ダンジョンで会ったときも思ったが、アスタロトからは七幻魔のトップである威厳や、強者特有のニオイのようなものが感じられない。これなら七幻魔第二位のガイアの方が余程強者に思える。
「たしかにね。アイツ根暗で弱弱しいし、そう言いたくなるのも分かるわ。でも……」
一呼吸置いて、ジャスパーは答えた。
「アスタロトの実力は間違いなく七幻魔第一位と呼べるものよ。強大な魔力もそうだけど、アイツの能力が──」
そう言いかけた直後。まるで時が止まったかのように、ぴた……と動きを止めるジャスパー。その瞳からは光が失われており、生気がまるで感じられない。
「お前の仕業かアスタロト。何をした」
「何って、ただ『支配』しただけだよ。ジャスパーちゃんの事は嫌いじゃないけど……ちょっとこれ以上傷つきたくないし」
アスタロトが小さく溜息をつく。それと同時に、テーブルにいたステラたちが勢いよく立ち上がり、アスタロトの元へと集まる。ジャスパー同様、その瞳が無機質に染まっていく。
「さて。まずはテッド君の実力がどの程度のものなのか、試させてもらおうかな」
不気味な笑みを浮かべるアスタロト。『支配』とやらの詳細は分からないが、恐らく精神系能力による洗脳の類と見て間違いないだろう。それなら……
「やめなさいアスタロト!」
アスタロトたちをどう制圧するか考えていると、後ろからエレナの叫び声が聞こえてきた。エレナのこんな大きな声は初めて聞いたな。
「……そんなに怒らないでよエレナちゃん、怖いなぁ」
アスタロトは不気味な威圧感のある瞳でエレナを睨みつける。しかし、エレナはまるで動じていない。
「……私の『支配』が効かない猛者はほんの一握り。流石だねエレナちゃん」
そう口にすると、アスタロトは指を軽く動かした。
「妹ちゃん」
直後。
ステラの背中から膨大な赤黒い魔力が放出され、邪悪な翼のような形へと変化した。
「ステラの魔族の力を開放させたか」
「……知っていたんですかテッドさん」
アスタロトではなく、隣にいるエレナが俺の言葉に反応した。
「細かい事情までは知らないがな。そういうお前はステラについて色々知っていそうだな」
「……えぇ」
「後で色々と聞かせてもらう。取り敢えず下がってろ」
そう口にした直後、俺は妙な違和感を覚えた。俺の右腕が不自然なまでにガタガタと震え始めたのだ。
「……?」
震えがどんどんと大きくなっていく。それと共に、違和感は既視感へと変わっていった。この感覚には覚えがある。かつて魔王城でオリジナルテッドと戦っていたときに発生した腕の震えと同じものだ。
ブチャグチャッ!!
グロテスクな音と共に、大量の黒い触手が、俺の右腕の表皮を食い破るように飛び出してきた。
「……ふふ。やっと出てきたねお兄ちゃん」
アスタロトは端正な顔立ちに似合わぬ気色の悪い笑みを浮かべながら、そう口にした。
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