143 緊急事態
一方。
どこかを飛び続けている魔王城のある一室にて。
「99!! ……100!!」
人型の黒い影、シャドウはトレーニングに励んでいた。汗をかいている様子はない(そもそも汗をかくのか分からない)が、疲労感だけは伝わってくる。ひと休みして呼吸を整え、再びトレーニングを開始するシャドウ。すると突然、部屋のドアがバタン! と勢いよく開けられる音がした。ドアの向こうから姿を現したのは、七幻魔・序列第三位の和服少女、神楽だった。
「シャドウ……緊急事態じゃ」
口調こそ冷静だが、神楽の表情には動揺が走っていた。
「そんな慌てちゃって、どうしたの神楽ちゃん。僕は今トレーニング中だから、よっぽどの事じゃなきゃ後回しにしてくれる?」
「トレーニングって……さっきまでやっていたブラジャーの素振りの事か?」
神楽はシャドウの手に握られた可愛らしいブラジャーに目を向ける。
「ブラジャーの素振りって、何だか凄いパワーワードだね神楽ちゃん」
「お主の変態トレーニングの事なんぞ今はどうでもよい。とにかく緊急事態なんじゃ」
「なにさ神楽ちゃん。聞いてあげるから早く教えてよ。ひょっとして焦らしプレイかい?」
「アスタロトが……第一位がテッドの所へ向かった」
シャドウの冗談を無視して、そう口にする神楽。
「……マジで? 僕そんな指示出してないんだけどなぁ……。どういうつもりなんだろ」
「さぁのう。奴は何を考えているのかよく分からない女じゃからな。ひょっとして、お主の事が嫌いになって、魔王城から出て行ったんじゃないか?」
冗談交じりに言う神楽だったが、シャドウはそれを鼻(?)で笑う。
「僕のことをタロちゃんが? あり得ないね。というか、僕のような理想の上司がいるアットホームな職場から逃げ出すようなら、彼女はもう終わりだと思うよ」
「そうか。ちなみにそのブラジャーは誰の物なんじゃ?」
「もちろんタロちゃんのだけど?」
他人事のようにそう口にし、素振りに使っていたブラジャーの匂いを嗅ぎながら、体内へと収納するシャドウ。こんな変態上司が横行しているアットホームなど消し飛べばいいと心の底から思う神楽だったが、話をこれ以上脱線させない為に、言葉をぐっと飲み込む。
「……何か嫌な予感がする。アスタロトがこのタイミングでテッドに接触するなんてのう……」
「確かに。本来であれば、タロちゃんとテッドをぶつけるのは大分先のつもりだったからねぇ。……これは、僕たちも動く必要があるかもね」
「動くってまさか……。じゃが、以前は早くて3年後くらいじゃと……」
「イレギュラーな事態だからね。今後のタロちゃんの動き次第では、早急に手を打つ必要があるかもしれない」
シャドウはゆっくりと立ち上がり、部屋の出口へと歩いていく。
「魔王様のところに行ってくる」
そう口にすると、シャドウは体からパンティーを取り出し、指に引っかけてひゅんひゅんと振り回しながら、部屋を後にしていった。
「……どういう心持ちでおればよいんじゃ、わらわは」
緊急事態であるにも関わらず、シリアスさに欠けるシャドウの後ろ姿を見送りながら、神楽は溜息混じりにそう言った。
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