141 誰の為に
ステラたちの元へ戻るべく、俺はただ茫然とダンジョン内を歩いていた。今なら瞬間移動で戻る事も可能だったがそれはしなかった。別に特別な理由がある訳じゃない。ただ気分じゃなかっただけだ。
「ちっ」
先ほどのアクマの言葉が頭から離れず、思わず舌打ちしてしまう俺。ただ仲間の元へ戻るだけなのに瞬間移動を使わなかったり、他人の言葉に無意味な憤りを覚えたり……全く下らない。柄にもない事を考えている自分に嫌悪していると、いつの間にか、足元に大量の血が流れている事に気が付く。
「……なんだこれは」
顔を上げると、そこには無数の肉片がぐちゃぐちゃになって転がっていた。鋭利なものでバラバラにされた……というよりは、力技で無理矢理千切ったり、潰したりしたという感じだな。誰がやったのかは知らないが、これをやった奴は相当な私怨を抱いていたに違いない。他人事のような感想を抱きつつ、地面に散らばった肉片を眺めていると、その血肉の中に、白く光り輝く剣が埋もれている事に気が付く。
「この聖剣……」
この輝く聖剣には見覚えがある。かつて俺が「レッドホーク」に所属していた時、サルタナが武器として使用していたものだ。
「……まさか」
俺は光り輝く聖剣に手を伸ばす。すると、指先が剣身に触れた瞬間、誰かの記憶が鮮明な映像となって頭の中に流れ始めた。……いや、誰の記憶かは分かっている。これはサルタナの記憶だ。幼い頃、父親に捨てられた記憶、どこかで見た事があるような悪童共に虐げられた記憶、ゴミのような街を抜け出し冒険者となった記憶、そして、今に至るまでの記憶。
「……そうか。あの黒い怪物はやはりお前だったんだな」
黒い怪物となった事で魔力の質がまるで別物へと変化していたから分からなかったが、状況的にサルタナが怪物化したものである可能性が高いとは思っていた。だがまさか、お前がこんな末路を辿る事になるとはな。今、刹那の間にサルタナの記憶が流れてきたと同時に、これまでサルタナが感じてきた怒り、悲しみ……様々な感情が俺の心とリンクした。そこから分かったのは、サルタナは常に愛情に飢えており、ずっと疎外感を感じながら生きていたという事。そして、奴が心から欲していたものは……
「家族のような……大切な仲間」
サルタナが心の底から欲していたのは、そんな温かなものだったらしい。だが、育った環境が奴を歪ませ、結果的に自分が欲するものから遠ざかる道を進む事になってしまった。サルタナの感情がリンクしたせいか、俺は何故かサルタナの生き方を他人事だとは思えなくなってしまった。
俺は今まで、他の誰でもない自分の為に戦い続け、強くなる事を望んでいた。いや、本当はそんな事に興味は無かった。俺の心に無限に広がる虚無を、何でもいいから形あるもので埋めたかっただけだった。さっきのアクマの言葉がずっと耳に残っていたのは、そんな俺の空っぽな本質を見透かされた気になったからだろう。
でももし、これからは自分の為ではなく、誰かの為、仲間の為に強くなり、戦えるのだとしたら……。
先ほどまで俺の心にかかっていた靄に、一筋の光が差したような気がした。
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