132 大切な……
「(なんだここは……)」
魂ごと焼き尽くしてしまいそうな業火の中、サルタナは目を覚ました。
「(……そうだ。たしか、根暗そうな変な女が話しかけてきやがって、そこから意識が……)」
黒い怪物と化す前の出来事を、断片的にだが思い出していくサルタナ。そこでふと、真っ暗だったサルタナの視界に光が差し、徐々に視力が戻っていく。最初に目に入ったのはスカーレットたちの姿だった。
「(……スカーレットにリンリン。それに、いつかギルドであったムカつく女に、変態筋肉ゴリラのドンファン。もう一人の女はどこかで見た気がするが……。まぁいい。どういうメンツかは知らねぇが、俺を殺そうってんなら……容赦はしねぇ)」
サルタナの体が変形し、大きな口のような部位が形成される。そして直後、巨大な口から膨大な魔力の破壊光線が放たれた。
「皆避けてッ──!」
リンリンが叫んだ直後。その場の全員がかろうじて破壊光線を躱す。破壊光線はダンジョンの壁をいくつも貫通し、さらに辺り一帯を吹き飛ばすほどの大爆発を巻き起こした。
「ひ、ひぃ! 危なかったです!! こ、こわぁっ!」
「今の攻撃……防御してたら確実に消し飛ばされてたわね。なんて破壊力なの……」
「あぁ。奴の攻撃は全て躱すくらいの気持ちじゃないとマズいかもな……」
「(ちっ。しぶといなゴキブリ共が)」
内心悪態をつくサルタナ。
もう一度破壊光線を放つべく、必要な魔力を溜め始める。しかし、今のサルタナに怒りや憎しみは無い。弟であるニナを食らってから、サルタナは空っぽの殺意に憑りつかれていた。
「(邪魔な奴を全員殺せば……きっと楽になれる……)」
虚ろな視界にスカーレットたちの姿を捉えるサルタナ。するとそこで、スカーレットの目に熱い光が宿っている事に気が付く。
「(なんだアイツ……。なんであんなバカみてぇに目ぇ光らせてんだ。暑苦しい女だな)」
虚無を抱えたサルタナの心に僅かな怒りが芽生える。邪魔者を排除するべくサルタナが再び魔力を溜め始めた、そのときだった。
「クソッ! 一刻も早くサルタナを救わねばならないのに、こんな厄介な怪物に足止めを食らうとは!」
追い詰められたスカーレットの言葉に、サルタナの動きが止まった。
「(……は? 今あの女、俺を救うって……言ったのか?)」
サルタナの口に蓄積されていた膨大な魔力が、徐々に小さくなっていく。
「(ふざけた事抜かしやがって。俺がこんな風になったのは、テメェらのせいだろうが……)」
サルタナの虚無の心を何らかの感情が満たしていく。その感情の正体はサルタナ自身にも分からないものだったが、少なくともそれは、怒りや憎しみとは違う何かだった。
「(クソッ! 今更何言ってんだよあの脳筋女! どうせ俺にかけられた懸賞金が目当てなんだろ! だから体のいい事言って、人数かき集めて俺を捕まえようとしてるんだろうが!)」
サルタナの心を飛び交う乱暴な言葉。しかし、サルタナの心を満たしていく大きな感情が、その言葉の全てを否定した。
「(……違う。あの女は……スカーレットはそんな奴じゃねぇ。本当は分かってる。あの目は、本気で俺を救おうとしている目だ……)」
奥底に眠っていた、サルタナの本当の思いが目を覚ます。
「(……そうだ。俺は、俺は……本当は、家族みたいな……大切な仲間が欲しかったんだ)」
父親に化けたニナに捨てられ、ドラム街で「ブラックファング」に虐げられ続けた頃から、ずっと隠し続けてきた本心と、サルタナは初めて向き合った。
「(でも捨てられるのが怖かった。殴られるのが怖かった、虐げられるのが怖かった。だから力で仲間を支配する為に強くなった。でも、強くなればなるほど、攻撃的になればなるほど、仲間はどんどんいなくなっていった。そりゃそうだ。そんなの、ブラックファングの奴らと変わらねぇもんな)」
ずっと眠っていた自分の気持ちを、言葉にする事で整理していくサルタナ。そして、自分の本当の気持ち、願い……その核たる部分に辿り着く。
「(あのとき……。『レッドホーク』の全員で七幻魔が率いる魔物の軍勢と戦ったとき、俺は思っちまった。お前らとなら、どこまででも行けるんじゃないかって。俺がずっと欲しかった、本当の仲間になれるんじゃないかって……俺は望んじまった。その強い願いを……引き金を自覚したせいで、俺はトリガーになっちまった)」
黒い怪物と化したサルタナの姿が徐々に変化していく。間違った願望に憑りつかれた醜い怪物の姿から、大切な仲間を思いやる一人の勇者の姿へ。
「(……テッド、ニナ)」
一方的で非常に身勝手な理由で手にかけたテッドとニナの事を思い出すサルタナ。
「(本当に、本当に取り返しのつかない事をしちまった……。俺は本当にどうかしてた……。今さら俺が捕まって済む話じゃないのは分かってる。でも、でも……)」
しかし、サルタナは知らない。
サルタナを人生のどん底に突き落とした張本人がニナである事を。
自分が殺したと思い込んでいるテッドは別人であり、かつて仲間だったテッドは今も生きているという事を。
「何やってるんだお前ら」
罪の意識に苛まれているサルタナの耳に、冷たい声が聞こえてきた。その声の主は紫色の髪に、鋭い赤い目をした青年だった。
「(……アイツは確か、以前ギルドで会った……)」
テッドとサルタナ。
因縁の2人がついに相見える。
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