120 錯綜
「君がこんなに時間をかけるなんて珍しいね、メル」
ニナと呼ばれた黒髪の少年が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。俺は「鑑定」でニナのステータスを確認する。……レベル99の賢者で全てのパラメータ平均値が9。今まで見てきた冒険者の中でも、トップクラスのポテンシャルだな。
「やー久しぶりに強い人に出会えてさぁ。悪いんだけど邪魔しないでもらえるかな、ニナ君」
「おいメェルちゃァん。お前いつからニナちゃんにそんな口利けるよォになったんだァ? あァ?」
「君たちの言いなりだったのは表のメルだけ。一緒にしないでもらえるかな、ナーガ君」
ナーガと呼ばれた全身タトゥーの男と言い争いを始めるメル。その間にニナが割って入る。
「邪魔するつもりはないよ。アイナが死んじゃったから、これからはもっと仲間を大事にしたいと思ってさ」
「殺したの私だけど」
「あれは偽物だからいいんだよ」
こちらを無視してあれこれと話し始めるメルたち。終わるまで待つのも面倒なので、強引に話しかけることにした。
「お前ら、アイナの仲間なのか?」
「ん? そうだよ。そういう君はアイナの知り合い?」
「いや。俺が知ってるのはアイナの偽物の方だ」
「……へぇ、なるほどね。偽アイナがやけにボロボロだったのは、君と戦ったからか」
不気味な笑みを浮かべながら、ニナがゆっくりと歩いてくる。
「あの偽物はメルにも変身してたぞ。回復魔法しか使っていなかったが」
「あぁ、メルは二重人格なんだ。その感じだと、偽物が変身したのは表の……回復術士のメルの方だね。恐らく偽物は裏のメルには変身できなかったんじゃないかな」
俺の目の前まで近づくと、ニナはようやく足を止めた。
「で? なんのつもりだガキ」
「メルと一緒で、僕も君に興味があるんだ。君のその強さにね」
そう言って、ニナは俺の額に手を伸ばしてきた。俺も同じように手を伸ばす。
「ふふっ。いいねぇ、誘いに乗ってくれて嬉しいよ」
不敵に笑うニナ。俺たちは伸ばした手に魔力を集中させる。そして、双方の額に向けて同時にデコピンを放った。
「──っ!!」
瞬間。爆撃のような衝撃が脳天に響き渡った。俺は衝撃を押し殺し、その場に踏み止まる。だが、ニナの方は俺のデコピンの威力に耐え切れなかったようで、砲弾のような勢いでダンジョンの壁まで吹き飛ばされていった。
「テメェ!! ニナちゃんに何してんだコラァ!!」
怒りを露わにし、手を乱暴に地面に叩きつけるナーガ。
「召喚・バジリスク!」
ナーガがそう叫んだ直後。地面に展開された魔法陣から、巨大な緑色の大蛇が出現した。
「召喚魔法か」
「バジリスクちゃァん!! あの不届き者をブチ殺せェ!!」
「キシャァァァッ!!!」
デカい体に似合わぬ素早い動きで、バジリスクが襲い掛かってくる。俺はバジリスクの攻撃を躱し、黒い大剣を素早く何度も振るう。そして、向かってきた大蛇を細切れにした。
「……は?」
噴水のように大量の血をまき散らし、細かい肉槐となって無残にぼとぼと落ちていくバジリスク。ナーガはその光景が受け入れられないのか、唖然とした表情を浮かべていた。
「うわああああああああぁぁっ!!? ば、バジリスクちゃァァァん!!? 俺のバジちゃんがアアアアア!?」
畜生にもそれなりの愛着があったのか、ただの肉槐となったバジリスクの前で泣き叫ぶナーガ。なんとなくその光景を眺めていると、突然スキル画面が表示された。
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スキル≪毒耐性≫が≪毒耐性5≫に進化しました。
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なるほど。冒険者が呼び出したモンスターであっても「復讐の剣」でスキルをコピーできるらしいな。次から次へと、獲得したスキルがステータス画面に表示されていく。毒系のスキルがほとんどだが、中々強力なものばかりだな。今度試してみるとしよう。
「バジリスクちゃんの毒塗れの血をあんなに浴びたってのに……なんで無事なんだァ? あの野郎……」
ナーガがこちらを見てそんな事を呟いていたが、説明は面倒なので特にはしない。
「あははっ。さっすがやるねぇテッド君。おーいニナ君! そろそろ起きないと私がテッド君やっちゃうよ!」
メルがそう言うと、地面に倒れていたニナがゆっくりと立ち上がり、瞬間移動を使ってこちらまで飛んできた。
「凄いな。こんなにぶっ飛ばされたのは生まれて初めてだよ」
笑顔で称賛するニナ。だが、先ほどのデコピンは食らったらしばらく起き上がれるような威力ではない。やはりコイツは相当な実力者のようだな。
「ふっ。くすくすくす」
不気味な笑みを浮かべながら、無機質に笑うニナ。その人間味のない雰囲気に、俺は何故か既視感を覚えた。
「いいね……。こんなところで君みたいな人に出会えるとは思ってなかったよ。ふふ……。さぁ、もっと僕にその底知れない強さを見せてくれよ」
何やらスイッチが入ってしまった様子のニナ。こっちはクエスト中なんだがな……。どう対処すべきかと考えていた、そのときだった。
「あっ、やっと見つけた! テッドー」
背後から間抜けな叫び声がしたので振り返ると、ジャスパーたちが走ってくるのが目に映った。また随分と面倒なタイミングで現れてくれたものだな。
「お前たち。一体何しに──」
「悪いんだけどさー!」
俺の言葉を叫び声でかき消すジャスパー。同時に、ドドド……といった地響きのような重音が聞こえてきた。
「後ろのモンスターたち倒すの、手伝ってくれなーーい!?」
そう叫んだジャスパーたちの後ろには、凄まじい数のモンスターたちが。
「……」
前方にはニナ、メル、ナーガ。後方にはアホな仲間たちとモンスターの大群。
あまりにもカオスな状況に、俺は思わずため息をついてしまった。
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