12 何者
「テッドだと……?」
拳を抑え込まれた事よりも、俺の名前の方に反応したサルタナ。
まぁ当然か。コイツの中では俺は死んだ事になっているらしいしな。
「テッドさん、今どうやって現れたんですか?」
小声で耳打ちしてくるステラ。
外で待機していた俺が瞬間移動で現れたことに驚きを隠せない様子。
「イリュージョンだ」
「またそうやってつまらない誤魔化しを……」
「冗談だ。後で説明する」
ステラには目を向けず、俺はそう答える。
すると、サルタナが突然俺を小馬鹿にするように笑った。
「は。一瞬アイツの事かと思ったが、外見も雰囲気もまるで別人だな。紛らわしい名前してんじゃねえよ、ふざけた顔面しやがって」
「ふざけた顔……?」
サルタナの言葉を疑問に感じたステラが、後ろから俺の顔を覗き込む。
「テッドさん……なんですか、その顔は」
ステラがまたも小声で耳打ちしてくる。
そう、今の俺は『擬態』の力で顔と気配を変えている。
(・_・)
顔はこんな感じに。気配はギルド内のテキトーな冒険者のものへと変えた。
いくら名前が同じでも、これで以前のテッドと俺が同一人物だとは思えまい。
「おい。こそこそ喋ってねぇで、さっさとこの手離せよザコ」
少し苛立った様子でそう俺に圧をかけてくるサルタナ。
「雑魚の腕くらい自分で振りほどいたらどうだ? レッドホークのリーダーなんだろ?」
「分からねぇ奴だな、手加減してやってんだよ。俺が優しくしてやってる内に離せ。そしたらお前の偉そうな態度と発言を許してやる」
「分かった。じゃあ俺も手加減してやるから今の内に振りほどいていいぞ」
俺はそう言って、サルタナの拳をさらに強く握りしめる。
「テメェ……偉そうな口利きやがって。いいぜ、まずはお前から殺してやるよ!」
そう言って、空いている方の腕に魔力を込めるサルタナ。
どうやらコイツを本気にさせてしまったらしい。
仕方が無い。自分から人間を殺すつもりは無かったが、コイツにはここで死んでもらうとしよう。
「死ねやコラァ!」
サルタナの腕に熱が籠っていく。
俺はすかさず『復讐の剣』を発動させ──
「そこまでです」
直後。
トン……と、俺たちの喉元に、エレナの人差し指が当てられる。
「エレナ……」
「ヤンチャはいけませんよサルタナさん、テッドさん。ギルド内での暴力行為は禁止です」
「ちっ」
サルタナは舌打ちして露骨に苛立ちを見せるも、それ以上抵抗する様子は無い。
俺としてもこれ以上騒ぎを大きくするつもりはない。俺はゆっくりとサルタナの拳を離す。
「サルタナさん。手続きが終わったのでしたら、お引き取り願えますか?」
口調は穏やかだか、恐ろしく冷たい殺気を込めたエレナの一言。
一瞬たじろぐサルタナだったが、すぐに余裕そうな笑みを浮かべる。
だが今までのとは違い、どちらかというと恐怖を隠す為の虚勢に近い笑みだった。
「まぁいいさ。俺たちレッドホークはしばらく遠征に出る。雑魚の相手をしてるほど暇じゃないんでな。おいテッドつったか。お前の顔は覚えたからな、次見かけたら殺してやるよ。せいぜい俺たちに出くわさないように気を付けるんだな」
「……」
何かを言い残し、ズカズカとギルドから出ていくサルタナ。
正直、興味が無くて全然聞いていなかったので、何を喋っていたのかは分からないが。
そんなことよりも、このエレナとかいう女……。
気配の消し方といい、無駄のない素早く洗練された動きといい、どう考えてもただの受付嬢ではない。一体、何者なんだ?
「さて、貴方がテッドさんですね」
そんな事を考えていると、エレナが俺の方へと視線を向けてきた。
「そうだ」
「聞いていたよりも人畜無害そうな方ですね。もっと鬼のような顔の方かと……」
「失礼な奴だ。それにコイツが話したことは全て誤解だ」
ステラの頭を軽くコツコツと叩く俺。
すると、先ほどまで静観を決め込んでいた冒険者たちが一斉に騒ぎ出す。
「何が誤解だオラァ! ステラちゃんが嘘つくわけねぇだろうが!」
「ふざけた顔しやがって! ぶっ殺されてぇのかチ〇カスボケェ!」
猿レベルの怒号がギルド中に響き渡る。
だが確かに、よくよく考えたらステラは別に嘘をついていた訳ではなかったが、まぁ訂正するのも面倒だしどうでもいいか。
なんて思っていると、ギャンギャンとやかましい中、エレナが俺に近づいてきてそっと耳打ちする。
「随分と評判悪いですね、テッドさん」
「残念ながらそのようだな」
「私も正直、貴方の印象はよくなかったですが、さっきステラちゃんを助けてくれたので、ひとまず貴方を信じてみますよ」
「じゃあ、パーティとして認められたという事でいいんだな?」
「はい、あとは細かい手続きをステラちゃんと行うだけなので、テッドさんは好きにしていてください」
「じゃあ外で待たせてもらう。俺がいると騒がしくなりそうだしな」
「ふふっ。そうですね」
小悪魔的な笑みを浮かべるエレナ。
どこかこの状況を楽しんでいる様子だった。
「あ、そうだテッドさん。これ、落とし物ですよ」
そう言って俺の手を握り締め、何かを渡してくるエレナ。
「エレナさん、そろそろパーティ申請をしても……」
「あ、失礼しました。ではテッドさん、外でお待ちください」
そう言って、足早に受付へと向かうステラとエレナ。
俺はゆっくりと手を開き、握られているものを確認する。
手の中にあったのは、羽をもがれた透明な蝶だった。
「……本当に何者だ、あの女は」
そう呟き、俺はギルドを後にした。
◇◆◇
ステラがパーティ申請を終えた後。
ギルド内はステラとテッドの話題で盛り上がっていた。
「ったく。ステラちゃんの話を聞いてどんな極悪野郎かと思ったらよぉ。あのテッドって野郎、全然弱そうでやんの!」
「あぁ違いねぇ! 急に現れてサルタナからステラちゃんを助けたのはファインプレーだが、あのまま喧嘩が続いてたら、間違いなくアイツ死んでたよな! ギャハハ!」
「だよなぁ! イキってるだけなのがバレなくてよかったよな、テッドの野郎! ハハハ!」
自分たちは黙って見ていたのを棚に上げ、テッドの悪口を肴に酒を飲む冒険者たち。
「つーかマジでエレナちゃんが止めなかったら、テッドの奴死んでたよな!」
「あぁ流石エレナちゃんだぜ! 最高にクールビューティーだぜ!」
「ふふっ。そんな事ありませんよ」
受付で事務仕事をしながら、冒険者たちの話を軽く流すエレナ。
「(まぁ。私が仲裁に入らなかったら、殺されていたのはサルタナさんの方でしたけどね)」
エレナは声には出さず、あの時の状況を振り返る。
「(テッドさんの冷たく禍々しい殺気……アレはどう考えても普通の人間じゃない。それに私が仲裁に入った時、テッドさんには私の動きが見えていた。にも関わらず、避ける素振りすら見せずにただ見ていただけだった。私の殺気、攻撃への恐怖がまるでなかったみたいに……)」
エレナは、ギルド内の冒険者たちには分からないように、小さく笑う。
「(彼は何者なんでしょうか……。ふふっ、面白い人が現れましたね)」
エレナは小悪魔的な笑みをしまい、再び受付嬢の顔をそっと貼り付けたのだった。
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