103 化かし合い
バジリスクがニナに襲い掛かった直後。
周囲の景色が、高級な装飾の宿からどこかの森へと一変した。
「ナに?」
僅かに動揺を見せるナーガを見て、ニナが小さく笑う。
「ふふっ。君のそれは何に対して驚いてるの? 瞬間移動でまとめて飛ばされたこと? それとも、君の奇襲を何故僕が察知できたか……ってこと?」
「……」
「あ、あれ? 私、なんでもり! 森に!?」
あたふたと動揺するメルを余所に、ニナは続ける。
「確かに、今日までアイナに化けた何者かは一切尻尾を出すことはなかった。僕に気取られることなく『グリーンヴェノム』のアイナを演じきって見せた。大した役者ぶりだよ。でも、その周りは別だ。秘密を抱えた人間の態度には必ず変化がある。君みたいな直情的な人間は尚更だよ。ナーガ」
「キシャシャッ! 最初から気が付いていたって訳かァ」
「さっき言ったでしょ? 犯人をいきなり単独犯だと決めつけるのはよくないよ……ってさ」
「キシャシャッ! あれはそういう事だったのかァ! 流石はニナちゃんだなァ! それに比べてアイツは……わざわざアイナちゃんの死体を置いていきやがってェ。何もせず勝手に行方不明になってくれた方がまだ時間を稼げただろうによォ」
ナーガの落胆するような言葉を聞いて、ニナは虫ケラでも見るかのような冷笑を浮かべた。
「やっぱり時間稼ぎをするように言われてたんだね。そういう意味だと、死体を置いていって正解だったよ。ただ行方不明になっただけなら、僕は偽アイナに付けたマークを使って、すぐにアイナを探しに行くように提案していた。けど、アイナがこの中の誰かに殺されたかもしれない……という疑心暗鬼の状況を作り上げれば、僕の意見は通りにくくなる。僕がアイナの正体に違和感を覚えていた事に気づいた上での対策だね」
「キシャシャッ! そういうことォ……。つーかァ、俺に与えられた役割が足止めだと分かっていたンだなァ、ニナちゃァん」
「僕の推測を聞いた後に、君が僕を犯人だと疑い始めた辺りでほぼ確信したよ。そして、その後アイナに化けた人間を皆で追う流れを作れば、それを阻止する為に君が攻撃を仕掛けてくることも分かってた」
「アイナが偽物であることを見抜いた上で、協力者である俺を炙り出す為に一芝居打っていたって訳かァ。ぜェーんぶゥ、アンタの手の上で踊らされてたってこったなァ」
口が裂けそうになるほど口角を上げ、不気味な笑みを浮かべるナーガ。しかし、その額には脂汗がにじんでおり、体はブルブルと痙攣していた。
「怖がるくらいなら、裏切らなきゃよかったのに」
ナーガは見てしまった。美しい瞳の奥に潜む、ニナのどす黒い闇を。
「参考までに聞きたいんだけどさ。なんで僕たちを裏切ったの? アイナよりも偽物の方が気持ち良かったの?」
「キシャシャ! いやァ? 気持ちよさはぶっちゃけ変わらねェな。体だけじゃなく、アイナちゃんのテクまで再現する辺りは流石だと思ったぜェ」
「へぇ。というか、アイナの偽物の正体が男だったらどうするの?」
「そんなんどうだっていい! 外見が同じなら中身が女だろうが男だろうが構いやしねェ!」
「へぇ。ごめん話逸れちゃった。なんで裏切ったの?」
淡々としたニナの問いに、ナーガは鼻息を荒くしながら答えた。
「アイツァ言ってた。もし……もし。俺が協力してこの作戦が上手くいったら、俺の欲しいものなんでもくれるってなァ……」
「ふぅん。何をお願いしたのかな」
一呼吸置いて、ナーガは答えた。
「……アンタだよ。ニナちゃん」
「「 え? 」」
予想外の一言に、ニナとメルはほぼ同時に驚きの声を漏らした。そして、ナーガは森中に響き渡るほどの大声で叫んだ。
「……ガキん頃からァ、俺はニナちゃんがずっと好きだったァ! ぱっちりとした目ェ! 綺麗な鼻筋ィ! 可愛らしい唇ゥ! 人形みてェに整った顔ォ! 華奢な体つきィ! そして、その奥に眠るゾクゾクするほどドロッドロに真っ黒な心ォ! ずっと俺のモノにしたかったァ! 女とやるのは勿論サイコーに好きだァ! けどなァ! それ以上に! 俺はアンタをぐちゃぐちゃに犯すのがサイッキョーに夢だったんだぜェニナちゃァァァァァァん!!」
「これは予想外だな。あーでもそうか、だから他の男は君付けで呼んでたのに、僕を呼ぶときだけちゃん付けだったのかな? ちょっと納得したかも」
豹変したナーガを前にしても、あっけらかんとしているニナ。
「今の表情カワイイイイイイッ!!! ベリィィィキュゥゥトッ!」
上着を勢いよく脱ぎ、今まで秘めていた欲望を曝け出しまくるナーガ。
そんなエキサイトするナーガを見て、メルは尋常じゃないほどドン引きした表情を見せる。
「あァ……今まで我慢してたけどもう限界だァ! お前ら2人共俺がブッ倒してブチ犯す! 死体でも構わねェ! 俺の夢ェは今ァ! 自らの手によってここに実現するゥ! ヒャッハァァァ!」
「……え!? えっええええ!? な、なんで私まで!? 私今の話に関係な、ななかったよね!?」
「大丈夫だよメルちゃん。ここは僕がやるよ」
そう言って、メルを後ろに下がらせるニナ。その表情に動揺は一切見られず、余裕のままだった。
「僕は君のものにはならないよ、ナーガ」
「それでも好きでェェすッ!!」
狂ったように叫ぶナーガを頭に乗せたバジリスクは、素早い動作で正面からニナへと攻撃を仕掛けた。狂気と悪の心……猛毒を持つ者同士の戦いの火蓋が切られた。
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