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トツカノツルギ  作者: 天野織
6/8

第二話 入学式

結構長いです。最後まで読んでくださるとありがたいです。

 今日の目覚めは早かった。いつもは夜摩ヤマにたたき起こされるのだが、今日は寝起きだといわんばかりの欠伸あくびが聞けた。

「おはよう、夜摩」

 とはいえこちらも寝起きなので、夜摩の欠伸にも劣らないほどなさけない挨拶になっていただろう。案の上、夜摩の返した挨拶は情けないもので、自分の推測が当たっていたことがわかる。

 挨拶もそこそこに済ませベッドから飛び起きる。今日は試験の結果が届くであろう日なので、ベッドの上で時間を無駄に過ごしている場合ではないのだ。勢いはそのままに寝間着から着替え、一階のリビングに駆け下りる。すでに結果が届いているかもしれないと思うと、一秒でも早く踏み出したいという欲求を抑えることができず、つい駆け足になってしまう。

 一階に降りると、出来たての朝ご飯と両親が俺を待っていた。

 前祝いも兼ねた朝食は今までの制限された食事とはかなり異っている。まず、色の豊かさが違った。食材達が活き活きとして、輝いているようにさえ見えた。スープもパンも目玉焼きも今まで見たことがないかのようだった。さらに、今までの食事と比べて遙かに異なるのは----料理の匂いだ。

 煮込まれた野菜の、濃厚かつどこか自然を感じさせるような香ばしい匂い、美味しいという自己主張が激しすぎるようにさえ感じる暖かなスープの匂い。これらが絡み合って鼻の奥まで満ちる。この感覚は筆舌に尽くしがたい。早く食事にありつきたいと、脳も口もよだれを分泌するのを止められないでいる。

 早速両親に挨拶をし、椅子に座る。いただきますと言うために空気を取り込もうとすると、夜摩も着替えを済ませ、駆けるように二階から降りてきた。せっかくなので座ったまま夜摩を待ち、極力揃うように先程言いそびれた「いただきます」を言った。それと同時にスプーンを持ち上げて、真っ先にスープへ手を伸ばす。まずはスープ、これは一目見たときから決めていたことだ。

 木製のスプーンで具材と共にスープをすくい口に運ぶと、さまざまな野菜から染み出したエキスとスープ本来の味が混ざった、鮮やかかつ温かい風味が口いっぱいに広がった。こんなに美味い料理に触れた事がなかった俺の舌は一口で魅了されてしまい、二人がそろうまで食欲に抗っていた俺の手は、一口目を皮切りに目まぐるしく動き出した。

「二人ともそんなに急がなくても、試験の結果は逃げないわよ」

 自覚はあったが、母親の目にあまるほどだったとは思いもしなかった。それに、「朝ご飯は逃げないわよ」と言わなかったことも意外だ。美味しいから急いでいるように見えるのであって、結果が楽しみだからという理由では--

(いや、多少はそれもあるな…)

 それより気になるのは”二人とも”という部分だ。もしかしてと思い顔を上げると、同じことを考えていたであろう夜摩と目があった。夜摩の顔はいつもの見慣れた顔だ。が、口周りにこんなに食べかすをくっつけているのは初めて見た。

 数秒顔を見つめ合い、プッと同時に吹き出すとお互いの顔を笑い合った。二人とも同じことをたしなめられたことがおかしかったのか、食べかすをつけた顔がおかしかったのか、なぜ笑ったのかはわからない。

 ひとしきり笑い合い、笑いが引きかけた頃、夜摩が話しかけてきた。

「昨日まで忙しかったからな。ひさしぶりに笑った気がするよ」

「お前は俺の勉強も見てくれてたからな。余計忙しかっただろ」

「まあね。でも、二人揃って合格できるならお安いご用さ」 

 元々勉強が得意なほうではなかったが、魔力がない俺は魔力測定以外の部門でできるだけ多く点をとることが求められていた。そこで夜摩に協力を申し込んだところ、快く引き受けてくれたのだ。

「ありがとう。お前がいなかったら途方に暮れていたよ」

 素直に感謝されるとは思っていなかったのか一瞬面食らった顔をしていたが、すぐにいつもの冷静そうな顔に戻り、切り返す。

「教えるということは最も有効な勉強方法とも言うし、お互い様さ。それに、お前に教えるのは楽しかったよ。勉強の合間のいい息抜きになってたぜ」

「そうなのか。なんにせよ--」

「二人とも~、口ばかり動かしているとご飯が冷めちゃうわよ」

 つい雑談に熱が入りはじめたとき、またしても母親からたしなめられてしまった。語りたいことはまだあるが、母の言い分にも一理あるなと思い、再び食事に戻る。なによりこれほど美味いスープを雑談で冷ましてしまうのはもったいない。


 朝食を食べ終わるやいなや、俺達は外に飛び出した。ポストの中身が気になって、いてもたってもいられないなかったのだ。しかし、昨日終わったばかりの試験の結果が朝に届いているはずもなく、ポストの中は空っぽだった。ふと母親の「試験の結果は逃げないわよ」という言葉を思い出し、そりゃ届いてもいないのだから逃げるわけないよな、と心の中でつぶやく。

 それ以降、気になってポストの中身を確認しては家に戻る、確認しては家に戻るを繰り返し、昼を食べ終えてからもそれは続いた。


 今日中には来ると良いなという願望が、明日になるかもしれないという諦めに変わる頃、ようやくポストに封筒が届いた。封筒の中には合否に関係なく封入されるものとして合否が記載された紙が一枚と、合格者のみに校章バッジが封入される。AS4230と書かれた封筒を自分で持ち、もう一つを夜摩に渡した。

 家の中に封筒を持ち帰り、夜摩とともに開封する。校章があつらえられた封蝋ふうろうを剥がし、震える手で紙を掴んだものの上手く引き出すことができなかった。この紙に俺の人生の全てが書かれているのだ、そう思うと震えたままの手をこれ以上引き上げることなどできるはずもない。

 とりあえず引き出すのは諦め、気持ちを整理するために一旦深呼吸をする。正直、準備などできているはずもないが、どうしようもないのでえいままよと、勢いに任せて紙を引きずり出す。

 その勢いとは裏腹に、ギュッとつぶってしまった目には暗闇だけが映る。つい閉じてしまったまぶたをおそるおそる開いていくと、徐々に光りが差し込み、ついには紙の一部をとらえた。そのまま思い切り目を開くと----


AS4230合格


 あまりの衝撃で一瞬、見間違えかとも思った。だが何度目をこすっても文字は変わらない、「合格」間違いなく書類にはそう書いてあった。

「受かった…俺、受かったんだ!!夜摩は、お前はどうだったんだ!?」

「当然俺も合格だ」

 夜摩の合否を確認した後、机の上に広げた紙切れに向かった。受験番号AS4230、紙にはそう記されている。何度も何度も届いた書類と受験用の紙を照らし合わせ、間違いでないことを確認する。

 気が済むまで確認し合格という実感と確信を得ると、肩から力がスルリと抜けた。それと同時に深いため息が漏れる。ようやく受験の全てが終わったのだ。

(そういえばユウナはどうだったのだろう)

 現実の整理が済むと幼馴染みの結果を気にする余裕すら生まれた。もっとも、ユウナの才能はこの目で見たし、俺程度が気にする必要はないだろうが。

「ユウナの結果が気になるし、報告もかねて遊びに行こうぜ」

「そうだな。行くか」

 封筒を逆さにして校章バッジを取り出すと、黄金のそれはいかにもな風格と威厳を放っていた。今すぐにでもこれを付けたいという欲に抗えず、少しぐらい浮かれても罰はあたらないだろうと祈りながら、バッジを胸のあたりにつけて出かけた。

 昼過ぎの外は眠気を誘う暖かな風が吹き付けるだけでなく、どこか夕刻に備えているかのような寂しげな雰囲気も漂わせていた。


 ユウナの家に着いて早速呼び出すと、当の本人が扉を開けた。半開きの扉に身を乗り出すユウナの胸には、俺達が付けているものと同じバッジがきらめいている。考えることは皆同じらしい。

 合格の喜びからか、ユウナの表情は普段より明るかったが、俺達にも同じバッジが付いていることを確認するとより明るくなった。

「よかった~、みんな合格できたんだね」

 少しにやついた明るい表情からホッとしたような表情に変化しながら、空気が抜けるかのように言葉を吐き出した。内心不安で仕方なかったのだろう。

 名門魔法学校に三人で合格することの難しさを考えれば、不安になるのもうなずけるしうち一人は魔力がないというおまけ付きだ。実現できなくても不思議ではない。だが、こうして校章を付けた三人がここに集まっている。俺達は実現したのだ、この奇跡という言葉で言い表していいのかわからないほどの事を。

「これからもよろしくな、ユウナ」

「こちらこそよろしくね」

 これで晴れてこれからも同じ学校に三人で通えることになった。あの貴族どもと同じ学校に通うことにもなるだろうが、二人が一緒なら心配ない。特に自分は秀でた魔力量であるにもかかわらず、俺のことを今まで一度も笑わなかったユウナには、絶対的な信頼を…

「そういえば、魔力測定の時のこいつ凄かったんだぜ!」

 思い出したかのように大声でまくし立てると、ユウナは

「そんな、おおげさだよ」

 と照れながらたしなめる。おおげさなもんかと心の中でツッコミを入れ、その場に居合わせなかったばかりか、魔力測定自体を受けていない夜摩にも伝わるように話し方を考えていると、夜摩が口を開いた。

「しゃべりたいことが沢山あるんだろ?ここじゃなんだし、とりあえず広場にでも行こう」


 草が生えているばかりで、オブジェクトの一つもないこの広場は俺達とユウナが初めて出会った場所でもある。

 引き取られてから数年が経ち、ようやく慣れてきた頃に夜摩と二人で遊びにきた時だった。他の子どもに混ざるでもなく、一人ぼっちで暇そうにしているユウナに声をかけたのが全ての始まりだった。最初はたどたどしい言葉の投げ合いだったが、意気投合してからは毎日と言っていいほど三人でここに遊びに来ていた。

 柵に寄りかかり、貴族に絡まれたこと、ユウナの魔力測定でのエピソードや、結局魔力は無いままだったことなど様々なことを夜摩に話した。俺が言えることではないが、夜摩の魔法の才能も優れているとはいえない。だから貴族の話を聞いているときの夜摩は、「うわぁー」といわんばかりの表情をしていた。

 ユウナからは俺とは別行動だった身体能力検査の話と、魔力測定のときに想像以上に人の目を集めてしまったときの感想が聞けた。俺とは違う意味で人の目を集めたものの、抱いた感情はどちらかというとマイナス寄りで、感想自体は俺と大差なかったのではないだろうか。

 二人とは打って変わって推薦枠だった夜摩には、これといって話すことはなかったようだ。おかげでやたら盛大に脚色された、長すぎる待機時間への愚痴を聞かされた。なかでも迫真の「ペーパーテストだけなら、あんなに早く集合する必要ないだろ!おかけでひと眠りできるほど待機させられたぞ!」という愚痴は傑作だった。

 ひとしきり語り合い、別れを告げた頃には空に赤みがかかっていた。ほんのり赤い地面もあいまって、長く伸びた影に哀愁あいしゅうを感じる。完全に日が沈む前には家に着きたいものだ。

 

 日が沈む前に家に着き、両親に幼馴染みの合格を伝えると自分の子であるかのように喜んだ。これのおかげで上機嫌に拍車がかかったのか、もともとその予定だったのか、夜ご飯はとんでもなく豪華なものだった。できればこんな食事が続けばいいのだが、そうはいかない理由がある。

「無理して寮に入らなくてもいいのよ」

「いえ、これ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから」

 血は繋がっていないにもかかわらず、本当の家族同然に扱ってくれたことはありがたいと思っている。だからこそ、身の丈に合わない好待遇なのではないか、とふとしたときに考えてしまう。それに、もしこのままこの家から通い続ければ、ことあるごとに家族に頼ってしまうだろう。特に、勉強を教えてくれと夜摩に頼み込む姿が容易に想像できる。そのとき、心の棘を気にせずに家族と接することができるだろうか。

 棘がささったままでは学業に集中することも、憧れの人のようになることも叶わないと考えた俺は、学生寮に入ろうと受験前から決めていた。心に刺さった棘を抜くだけでなく、これ以上深く刺さないためにも、寮に入ることは有効で必要なことだろう。

 父がカップをソーサーに置き、陶器同士が擦れ合うカチャという音がなった。何か話したいことでもあるのだろうと思って首を回すと、父は優しい目で真っ直ぐこちらを見つめていた。

「子どもは迷惑をかけて育つものだし、君を迷惑に思ったことはない。いつまでもこの家にいてもらってかまわないが、君が前々から考えていたのなら引き留めるつもりはない」

 それから父は一呼吸置くぐらいのわずかな時間、こちらの意思を試すように静かに見つめた。そして認めたかのように微笑むと再び口を開いた。

「辛くなったらいつでも帰ってきなさい。『逃げ帰った』なんて思う人はここにはいないから」

「ありがとうございます」 

 両親から許可を得た俺は早速寮に入るための準備を始めた。必要な物のリストアップが完了し、荷物をまとめているとふと広場での出来事が頭をよぎる。

(そういえば両親からは優しい言葉をもらったが、広場でこの話をユウナと夜摩にも伝えたとき、夜摩からは「お前、僕がいなくても勉強できるのか?」と冷やかしの言葉をもらったな…)

 クスリと微笑み、ついさっきの広場でのやりとりを思い返す。よくもまあ同じ受験の話で三回も盛り上がれたものだ。

 広場での談笑で初めて明らかになったのだが、なんと、ユウナも寮に入るというのだ。

 ユウナの考えを聞いたとき、実家に住んでいるのになぜ?と思ってしまったが、片親であることに加えほとんど親が家に帰らないことが原因らしい。許可を取ろうにも、家に帰ってこないので勝手に手続きをする予定だそうだ。

 ちなみに俺達が入る寮は男子と女子で棟が別れており、一室に二人が寝泊まりするという構造になっている。さらに同室相手は入試の成績に関係なく、入居申請をした者の中から抽選で決まるというシステムを採用している。

 近年建設されたと聞いているので、中はきれいなのだろう。寮での生活が楽しみだ。


 合格してから二週間、ようやく入学式の日がやってきた。寮に入るための準備をコツコツ進めていた部屋は、夜摩の物を残してぽっかりと穴があいたようだ。

 この二週間でまとめた荷物を持ち、玄関に立つ。胸に付けた黄金のバッジが、誇らしげに輝き、朝の晴れた気分を際立たせる。

「入学おめでとう。頑張ってね」

「行ってこい二人とも」

 玄関から半分外の世界に出かかっている身体をひねり、両親の方に向ける。実家に帰らないかぎりこれが最後の挨拶になるので、渾身の挨拶をきめてやらねば。

「「行ってきます」」

 二人揃って両親に挨拶をし、始まりの一歩を踏み出す。憧れの人に近づくための俺達の道は、今日この日、この一歩から始まるのだ。

 

 



 

 

ようやく第二話に突入しました!入学式が終われば問題なくバトルさせられるのでお楽しみに!

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