第一話 入学試験
今回も長いですが、第一話はこれで終わりです。
入学試験は戦闘能力検査、学力検査に分かれており、さらに戦闘能力検査は身体部門と魔力部門で分かれている。俺はついさっき身体部門が終わったので、他の受験生とともに待機している。
なぜ待機しているかというと、原因は受験制度にある。この学校では受験生が多いことによる、効率の悪化を防ぐ制度が採用されているのだ。試験の身体部門が終わった時点で、身体部門の結果を参考にして次の魔力部門に進めるか審査にかけられる。
詳しい点数が告知されるわけではないが、ここで否が出るとその時点で不合格が決まる。不合格となってしまえば、これ以降の試験は受けることすらできない。難易度の高さもさることながら、厳しい制度であることもムスペルヘイム魔法学校の敷居を上げるのに貢献している。
椅子に座って待機していると、泣きながら会場を後にする人が何人も視界を横切る。自分もそうなる可能性があると思うと、首に縄をかけられる光景が頭をよぎるとともに悪寒が襲ってくる。絶望が腹からこみ上げてくる感覚、前進から血の気が引いていき、蟲が蠢くようにぞわぞわと青白い肌が広がっていく感覚。泣いている人を見るたびにこんな感覚に陥るなら、いっそ否だったとしても、早急に告知してくれたほうがマシだ。
そんな思いを裏切るかのように、覚えのない受験番号が貼られた板が掲げられる。そのたびに、手元の紙切れと板を交互に見ては、『否』という字の隣が自分の受験番号でないことに安堵する。
この待ち時間の間、何度自分の受験番号を目でなぞったかわからない。実際はたいした回数ではないのだろうが、極度の緊張が感覚をおかしくしている。隣のユウナも同じ状況だろう。
ふと紙切れを広げている手に目をやると、緊張で震えていた。それと同時に、紙が大分湿っていることに気づく。
(そういえば、最初は手汗が滲むのも不快に感じていたな)
徐々に不快感を感じる余裕すらなくなっていったから、ここまで湿っていることに今になって気づいたのだろう。
追い詰められたことを自覚したからか、余計に不安が押し寄せてくる。祈るだけではどうにもならないと理解しつつも、そんな不安を追い払おうと必死に祈った。
試験官が再び板を掲げた。その内容に注目するも、自分の受験番号はない。「またか」という思いが募りイライラしてきたが、ユウナは軽くガッツポーズをした。
「先に行くね」
と言うやいなや、次の会場に向かった。足取りから喜んでいるのが丸わかりだ。
話し相手もいなくなり、余計に手持ち無沙汰になってしまった。祝いそびれてしまったと思うと同時に、幼馴染みのガッツポーズが蘇る。相手はもういないので口には出さないが、内心うらやましいと思う。
板が下げられたことを確認し、次の黙読に入る。2、3、0--
(AS4230 合格)
読み終えると同時に試験官が掲げた板には、期待通りの文言が並んでいた。今までとは異なる意味で、何度も板と紙切れの間で視線を行き来させる。いままでの努力を振り返れば当然の結果ともいえるが、努力が報われた瞬間というだけで嬉しくなるものだ。
だというのに、足取りはまったく軽くならない。むしろ重くなっているようにさえ感じる。
待機所を抜けると、扉が開いている入り口から人が数多くいることがうかがえる教室に案内された。教室の中では受験生が三つの列を作っており、列の先頭には同じ測定器が設置されている。俺は真ん中の列の最後尾についた。
先頭の受験生が測定器に手をかざすと、水晶のような測定器は青い光を放った。起動している証拠だ。ほかの測定器も受験生、測定器ともに異常がないことを知らしめるかのように青い光を放つ。
どんな表情で測定されているのか気になったので、水晶に移った顔を観察するも、手をかざしたまま静止している受験生の表情は一度も変わらなかった。安堵の表情も落胆の表情も見せないということは、受験生には測定結果が見えない構造になっているからだろう。そのまま観察を続けていると、青い光が消え、同時に先頭の受験生は手を下ろして移動した。
どうやら身体部門とは違い、魔力部門はあっけなく終わるようだ。身体部門の時点で足切りがあったことも考えると、魔力部門はスムーズに終わるのだろう。だからこそ余計に焦ってしまう。
冷や汗の量も、押し寄せる不安も待機室とは比べものにならない。それらを増幅させ、不安という沼に足を引きずり込むほどの、上手くいかないという確信がある。
なぜなら、俺には魔力が一切ないからだ。
自分が先頭になるまでそう時間がかからないことは明らかだし、それはまもなく自分の秘密が周りに晒されるということも意味する。そうなれば、「魔法が使えない分際で、名門魔法学校に入学しようとするなんて、身の程知らずも甚だしい」と思われるに違いない。それに、夢だけを頼りに魔力がなくても入学できると思って、積み重ねた努力が否定されることがなりよりも恐ろしくてたまらない。
俺にとって測定器に手をかざすという行為は、断頭台に首を突っ込むことと同義だ。列の動きにしたがって歩みを進める気分はまさに、断頭台に歩み寄る死刑囚の気分だった。
怖くて、怖くて仕方ない。前に進むたびに、他の受験生によって測定器が青く光るたびに恐怖は募っていく。
突如、左の列の先頭から明らかに他とは違う光が発生した。他の受験生と比べると圧倒的に強い青い光、思わず目が引かれるほどの現象だった。
一体、何をどうすれば、あれほどの圧倒的な才能を持つことができるのか。それとも、努力だけであれほどの魔力が備わるというのか。いずれにせよ、考えれば考えるほど恨めしさが増していく。とはいえ、考えないようにしようとしても、脳裏をよぎる貴族様のにやけ面がそれを許さない。
もし俺にもあんな才能があれば、あの人の隣で戦うことも難しくないだろう。貴族にけなされることだって----
いや、もうそんなことはどういでもいい。それよりも、この現象を引き起こした人物のほうが一大事だ。自然と引かれた目に映った金髪、着ている服、水晶に映った顔、全てに見覚えがある。試験官すら圧倒する才能の持ち主が、こんなに近くにいたとは。測定器の前に立っている人物、あふれんばかりの才能を輝かせている人物は----
ユウナ・ディストピアだ。
昔から魔法に秀でていることは知っていたが、これほどとは思ってもいなかった。周りの人間も驚いいたのか、歓声に混じって困惑の声も聞こえる。しかし、歓声の大きさは困惑のそれとは比にならない。まさしく、困惑の声をかき消ささんばかりに歓声が上がっているのだ。歓声の大きさならば、あの貴族様にすら勝っているだろう。そんな幼馴染みを誇らしく思うが、この後に自分の番がやってくると思うとプレッシャーを感じざるを得ない。
「測定器に手をかざしてください」
とうとうこの言葉が俺に向かって発される時がきた。心の中で祈りながら、おそるおそる手をかざす。
(なにかの間違いでもいいから、青く光ってくれ。それか、試験の間に魔力が芽生えていてくれ)
しかし、現実は無慈悲にもその祈りを否定する。
「青く光りませんね。故障でしょうか」
たしかにその可能性もありえなくはないが、原因は俺だろう。そもそも魔力がなければ、測定器が青く光るわけがない。故障というわずかな可能性に賭けたいが、賭けともいえる先程の祈りが否定された身としては、期待するのも億劫に感じる。
自分から口にだすのは嫌だが、本当のことを言うしかないだろう。
「すいません。僕、魔力がなくて…」
周りの反応が怖くて、なかなか勇気のいる行動だった。しかし、最悪なことに周りの反応は予想通りで、現実の残酷さを突きつけられた。
「「「あはははははははは」」」
当然の反応なのだが、少し前は一人ぐらい笑わないでくれるだろうと期待してもいた。だからこそ勇気のいる行動を実行できたのだが、笑わなかったのは予め知っていた幼馴染みのユウナだけだった。
「魔力がないのですね。では先に進んでください」
無慈悲とも思えるが、魔力がないのだから測定のしようがないし、試験官も困っているのだろう。態度を見れば、困っていることは一目でわかった。そもそも名門魔法学校に魔力がない人間が挑むということ自体、前代未聞なのだから当たり前といえば当たり前だ。
試験官の言葉に従い先に進むと、嫌な記憶を思い出させる部屋についた。魔力部門があっさり終わった分、嫌な記憶も色濃く残っている。
数多くの生徒が待機しているこの教室は、魔力部門の合否判定をする場所だ。身体部門の待機所と違い、ここでは予想に反して人数が少なく移動もスムーズだ。足切りが一度行われているからだろう。この調子なら、先程のように焦らされて苛立つこともなさそうだ。
と思っていたのもつかの間、どうやらここでも嫌な思いをしないといけないらしい。
「おいお前。魔力がないんだってな」
嫌でも覚える、いや、嫌だからこそ覚えたこの声。間違い無くジェームズ・プロメテウスだ。今回は最初から二人の取り巻き付きだ。
「よくもまあ、そんな才能でここを受けに来れたな。そうまでして校内に入りたかったのか。それとも、魔力が無くても努力次第で受かるとでも思っているのか?実に庶民らしい愚かな発想だなぁ!!」
貴族様はこのわずかな時間で、人を見下す態度に磨きをかけたようだ。以前のやりとりと比べると、感じる不快感が桁違いだ。
これ以上不快な思いをしたくない、ここから抜け出したいという一心で、合否判定が迅速に行われることを願う。一人でも合否が判定されれば、この地獄は終わるからだ。貴族様が合格するのを見るのは癪に障るが、この際もうそれでいい。
「そうだぜ、諦めることも時には肝心だ。分不相応な夢ってのは追いかければ追いかけるほど、自分が傷ついていくものだからな」
「なるほど。身体部門で圧倒的な結果を残す必要があったのか。君ごときが勝てた理由が不明のままだったが、納得がいったよ」
取り巻き達も、貴族様に同意だと言わんばかりに加勢する。一度はこちらの味方をしてくれたかのようにみえた取り巻きの一人も、今回はこちらの味方になる気はないようだ。こいつが助けてくれないか、と期待していたことが馬鹿らしく思える。
貴族様の目線がユウナへ移ったかと思うと、続けざまに口を開いた。
「おや、そちらは先程、めざましい結果を残した淑女ではないですか。このような凡才とつるんでいては、あなたまで凡才になってしまいますよ」
俺のときとはずいぶん態度が違う。ユウナも味方に付けて、俺に追い打ちをかけたいのだろう。だが、魔力測定のときに、たった一人だけ笑わないでいてくれたユウナが同調するとは思えない。
「お言葉ですが、魔力がないだけで幼馴染みを侮辱するような人の言葉に、耳を傾ける気にはなれません。それに、魔力のない人をばかにし続けていると鬼に殺されちゃいますよ?」
「鬼…ああ、魔力の高い人間のみを狙う、魔力のない殺し屋のことか。そんな都市伝説を信じているとは、芯まで庶民に染まりきっているようだな」
ユウナの行動に応えるためにも、言い返してやりたいのもやまやまだった。しかし、庶民であることも、高望みであることも事実だ。結局、俺にできることは黙って睨み返すことだけだ。
「フン、まあいい。庶民は庶民らしく、せいぜい慎ましやかに生きることだな」
貴族様達の去って行く後ろ姿を見えなくなるまで睨み続けた。
「ふぅーー」
ようやく解放されたと思うと、思わず長いため息がでる。
俺一人では、ただ黙って睨み続けるしかなかっただろう。たとえ一言だけだったとしても、言い返してくくれたユウナには感謝しかない。それに、ユウナはずっと味方でいてくれた。
魔力部門の足切りは、身体部門と魔力部門の合計で判定される。つまり、身体部門で圧倒的な結果を残せば、魔力部門の足切りも充分にパスできる可能性があるということだ。
幸い、俺もユウナも合格することができた。魔力のない俺にとって、二回目の足切りこそ最大の関門だったが、身体部門で圧倒的な結果を残すための努力が効いたのだ。
「固有魔法を二つ持つことについて、正しい選択肢を次の四つのうちから一つ選べ。1、必ず両親の固有魔法を一つずつ引き継ぐ。2、固有魔法を二つ持つことは不可能である。3、一つが強力なものである場合、もう一つは弱い固有魔法が発現する。4、偶発的な事象なので、魔力のない親から産まれることもある」
「4」
「正解」
ユウナと昼食を摂りながら、午後から行われる知識検査の準備をしている。ユウナが出題した問題は基礎的なものだったが、落とし穴も用意されている良問だ。数十分後にこれ以上の問題とご対面すると考えると、身が引き締まるし、いてもたってもいられない。だから今、こうして問題を出し合っているのだ。
知識検査は推薦、通常ともに同じ内容の試験を受ける。同時に開始されるので、夜摩の試験はもうすぐ終わるのだろう。推薦が決まってからというもの、度々待機時間が長いことを嘆いていた。
(推薦試験を受けられるほど優秀な相棒が勉強を見てくれていたのだ。対策は充分、ここまで来たら絶対に受かる!)
さすが推薦枠というべきか、満足のいく、自信のある答案を作り上げることができた。貴族様との問答も思い返してみれば、俺はかなり友人に恵まれている。
試験が終わり、再び校門をくぐると、その誇らしい友人達が俺を待ってくれていた。彼らの表情を見るに、納得のいく戦いができたのだろう。
太陽はすでに沈み、星々がちりばめられた夜空が街を包んでいる。空の輝きに負けじと、街の所々でも明かりが光る。そんな景色を背に、どんな星よりも尊い二人が待っていた。
彼らと並び、星空の下を共に歩む。夜であるにも関わらず、どこか暖かさを感じる帰路だった。
家に着くと、両親が満面の笑みで出迎えてくれた。されるがままに案内された机の上には、湯気を放つ料理が用意されている。夜の帰宅で冷え込むことを想定して、温かい料理を作ってくれていたのだ。血の繋がっている家族ではないが、俺は友人だけでなく家族にも恵まれていると改めて実感した。
両親の愛で腹を満たし、風呂で疲れを流して眠りについた。夜摩も同じように寝支度を済ませ、ベッドに入った。
試験の結果は郵便で告知される。ムスペルヘイム魔法学校からはそれほど離れていないので、明日の夜には届くだろう。期待で高鳴る胸の鼓動を感じながら、まどろみに…
読んでくださり、ありがとうございます。