第一話 入学試験
*この作品はフィクションです。実際の物事には関係ございません。
最初に行われる試験は、身体能力検査。握力、短距離走、長距離走などで身体能力を測る。身体能力を測ることだけが目的なので、魔法の行使は不可能だ。魔法学校の試験なのか疑わしくなるが、実はここの試験では意外と魔法を使う機会は少ない。実際、夜摩が受けているであろうペーパーテストでも、魔法の行使は禁止である。
試験が間近に迫る中、どよめきが起こった。
「どけ。そこは、このジェームズ・プロメテウスが通る道だ」
どよめきの中心にいる人物からは、当然の反応だと言いたげな落ち着いた雰囲気を感じた。それと同時に、自身に満ちた物言いから、カリスマめいたものを感じる。合格は必然と言わんばかりの態度と、いかにも名門貴族らしい衣服に一種の嫌悪感を抱く。しかし、今年の最有力候補は彼だろうし、不合格という事象は起こりえないだろう。なぜなら、彼の所属するプロメテウス家は、最強の魔法剣使の分家にあたる名門貴族で、実力者揃いだからだ。
「貴族の人も来てるんだ。頑張らないと!」
ユウナが独り言のようにつぶやく。自分に話しかけた可能性もあるなので、一応「そうだな。頑張ろう」と返した。
自身に満ちた彼は、今まさに緊張でこわばっている自分とは正反対だった。湧き上がる焦りは心臓の鼓動を加速させ、さらなる焦りを生み出しているように感じる。歯ぎしりしたくなるほどの妬ましさは、マグマが上から下に流れるようにドロドロと身体を巡る。焦りと妬みが劣等感を募らせ、先ほどの嫌悪感は本物であったと確信させる。最大のライバルとなるであろう男に、宣戦布告に似た鋭い目線を飛ばした。
「これから、試験を開始します」
ようやく試験が始まった。
(これで人生が決まる--)
心臓が小さな針で突き刺されたようだった。先程から悪感情を止めどなく産み、冷や汗と悪寒で浸食しているのは、かかえたハンデによる後ろめたさだ。その後ろめたさが激励の一言を死刑宣告に変換してしまう。
(俺の受験番号はAS4230--最初は握力か)
ユウナに目を向けると、自分と同じように受験票に視線を落としていた。
普段は気にしていなかったが、髪を照らす陽光と髪の色が相互に飾り合い、きれいだなと感心してしまう。大事なときに限って、とりとめのないことが気になってしまうというやつだ。
ユウナが顔を上げた。
「私、最初は長座体前屈みたい。ここでお別れだね」
「おう」
ユウナとの別れと軽い準備体操を済ませ、それぞれの検査をする列に並ぶ。列の先では、計測中の受験生とそれを囲むように二人の試験官が立っている。二人いる試験官のうち、一人は記録を、もう一人は魔法の行使やその他の不正行為を監視する役割を担っている。
「次」
「番号AS4230です」
ようやく順番がまわってきた。
測定器に手をかけると、カタカタという音が鳴って緊張を知らせる。空気の注入に耐えきれなかった風船が爆発するように、緊張に耐えかねた身体から冷や汗が湧き出ている。緊張に気を取られたままでは、ベストを尽くせないだろう。自分を落ち着けるため、「ふぅー」と一息吐いてから力をこめる。
「フッ」
思わず空気が口から漏れる。それと同時に、測定器の表示も勢いよく動き出した。
突如、試験官の顔に驚愕の表情が浮かび上がる。何年も試験官をやっているからか、終始無表情だった。しかし、今は、無表情だったことが嘘であるかのような、想像もつかないほどの表情を浮かべている。まさに晴天の霹靂といった感じだ。
試験官の反応から、自分はそれほどの好記録を出せたのだろうと安堵する。この反応を引き出せるほどの記録が出せなければ、合格の可能性は潰えるだろう。逆に、これが続けば合格の可能性は十分ということだ。
(これならいける)
そんな思いを噛みしめるように。あるいは戻ってきた自信を掴むように、拳を握る。
自信を取り戻し、緊張が和らいだ歩みからは、試験開始前のなさけない歩きの面影すら感じられなかっただろう。
手を伸ばし、掴み、引きずり込む。陰湿に迫る緊張を振りほどくように堂々とした歩みで次の項目に移る。
そうして試験をこなしているうちに、残りの項目は長距離走のみとなっていた。