第24話 復讐の時
マルチェラを失ってからもう8年か……。
そんなことを考えながら祈りを捧げていると、使用人に呼ばれる。
「司教様、お食事の時間です」
「うむ」
マルチェラだけでなく、一緒にいた娼婦と、小隊長たちも戻ってこなかった。
いったい彼らに何があったのか? この8年、本当そればかり考える。
私はイスに座ると、席をぐるりと見回す。
「もう全員揃っているのかな?」
「はい」
「では……イーノ、今日は君に頼むとしよう」
「はっ……」
あの日以来、毒味役の緊張感はすさまじい。
8年経った今でもだ。やはり実際に死んだという事実は大きいようだ。
震える手でスープを食べるイーノのすぐそばには、男が一人立っている。
彼はマルチェラに代わる治癒師だ。
治療院から引き抜き、正式に雇用した回復魔法の使い手である。
<治癒>と<解毒>を使えるので、仮に毒が仕込まれていたとしても、彼が治療をしてくれるので心配ない。
金はそれなりにかかってしまうが、なにせあんなことがあった後だ。仕方ない出費である。
イーノはスープ、パン、ワイン、すべてを口にした。
「……大丈夫のようだな。ではいただくとしようか」
女神に感謝の言葉を捧げてから、食事を開始する。
毒味にかける時間が短いので、これでは遅効性の毒は見破れないが、最悪治癒師がいるので心配はない。
私は冷めた飯を食いたくないのだ。
「司教様、一つお話が……」
「どうしたボルトパン?」
僧兵隊長のボルトパンが神妙な面持ちで話しかけてきた。
「最近バルチナ神王国に動きがあったようです。再び攻めてくるかもしれません」
バルチナ神王国というのは、今この大陸で最も勢力を伸ばしている大国だ。
我々レ=ペリザ天平国を始めとした小国は、小国連合を結成し、これと対峙している。
「そうか……また来るか……」
「はい……」
天平国は神王国と隣接しており、しかも聖都モルカーナは国境付近に位置する。
それゆえ、聖都付近はたびたび戦場となってきた。
「ではまた奴隷が手に入るな! ははは!」
そうなのだ。うちの奴隷のほとんどは捕虜や戦災孤児。
戦があればあるほど、それだけ奴隷も手に入りやすい。
「まあ、そうなのですが……」
ボルトパンが微妙な表情を見せる。
「どうした、怖気づいたのか? お前らしくないではないか」
「ええ……実は良くない噂を聞いたものでして……」
「なんだ? 言ってみろ?」
「今回の侵攻にデーモンハントが加わっているという情報が……」
デーモンハント……。
バルチナ神王国が抱える傭兵団だ。魔族狩りを専門とした連中で、彼らがこの大陸から魔族を駆逐した。
しかし人間相手にも恐ろしく強く、そして――
ん……? 何だ……?
「あ……が……」
体が……痺れている……?
目を動かすと、他の者たちも動けないでいることが分かった。
まさか……毒か……?
だが大丈夫だ。治癒師が治療をしてくれる。
彼はこういう時のために、我々とは一緒には食事をしないのだ。
私は目を動かし、治癒師を見た。
「あ……が……」
彼の額には矢が刺さっていた。
ドサッ。
治癒師は白目を剥き倒れる。
「みなさん、ごきげんよう」
暗闇から弓を持った少女がぬっと現れる。
天使のような微笑みをたずさえて。
あの水色の髪……マルチェラだ……! 間違いない!
「マ……チェ……」
――いや、だが変だぞ?
彼女は12歳のはず。しかしどう見ても、それよりも幼く見える。
「やあ司教。久しぶりだな。お前の可愛いマルチェラが戻って来てやったぞ」
やはりマルチェラだった。
だが、まるで別人にでもなったかのように声のトーンが変わる。
彼女はそばへとやって来ると、私のノドに手を当てた。
「<痺癒>どうだ? 喋れるようになっただろう?」
「あ……うう……」
相変らず体は動かないが、口だけは動かせるようになった。
「ここで質問だ司教。私は何をしに来たと思う?」
「そ、それは……」
「これを返しに来たのだ」
彼女は首にかけていたペンダントを外し、私の首に引っ掛けた。
「ではさらばだ――ふふっ、なんてな。それだけの訳がなかろう」
彼女は毛皮でできた服を脱ぎ始める。
……いったい何のつもりだ?
「どうした、もっと喜べ司教? ずっと見たかったのだろう? ふふふ」
妖艶な笑みを浮かべるマルチェラだが、不気味さの方が上回る。
「何を……するつもりなのかね……?」
「それを乙女に言わせるのか司教? 裸になってやることといったら一つしかないだろうに……」
全裸の彼女が、細い指で私の腿をなぞる。
子供とは思えぬほどの淫靡さを醸し出しているマルチェラだが、もはや恐怖しか感じない。
それは彼女の目……あの猛禽類のような目だ。
マルチェラは確実に私たちを獲物として見ている。
「悪かったマルチェラ! どうか許してくれ! 命だけは……!」
「ふふ。さすがは司教、察しが良いな。――そう。これから私は、お前たちをたっぷりと拷問してから殺す。服を脱いだのは血がつくからだ」
「やめたまえマルチェラ! そんなことをしても何も得することなどないぞ!」
「ある。私の心がすっきりする。――ああ、ちなみに私の拷問スキルはLV9だ。期待していてくれ」
「金なら払う! それなりの身分も用意しよう! 頼むから助けてくれ!」
「だめだ」
なんと冷たい目を……まるで氷のようだ。
「そ、そうだ! えっとあいつは――一緒にいた奴隷は生きているのか!? 彼女の治療に全力を尽くすと約束しよう!」
「ジナは死んだ」
「うっ……そ、それは本当にすまない! だが君にはひどいことはしなかっただろう!? むしろ大切に扱ったと言っていい! そうだろうマルチェ――がああああああああっ!」
マルチェラが私の指を切り落とした。
「<快癒>」
私の指がくっつく。
「ふふっ、今の私はあらゆる傷を治療可能。……そう簡単に死なせはせんぞ?」
「ひいいいいいいいいいいっ! 嫌だああああああああああああああああ!」




