第23話 旅立ちの日
――3年後。
竹で作ったベッド、かまど、水や食料を保管するための甕、土器を焼くための炉と、私たちの住処はとても文明的になっていた。
そして――
「<伝雷>」
1本の稲妻が魚人に直撃すると、そこから周囲にいた魚人にも次々と小さな雷が伝播していく。
「やりました。魚人からこの川を取り戻しましたよ」
「ワオン」
弱点を突いたとはいえ、5歳で魚人を倒せるほどの魔力量。私は順調に成長していると言える。
「ピット。私は魚人を食べられませんが、あなたは食べますか?」
ピットはくんくんと魚人の臭いを嗅ぐ。
「ヴォエ゛ッ……!」
「うふふ、だめそうですね。では燃やしてしまいましょう。<火柱>」
その夜私は、勝利の祝いに果物を発酵させて作った酒を飲んだ。
5歳の体なので、思い切り酔っ払ってしまう。
「ああ! どうしたらいいのでしょう! 戦いの後は、どうしてもむらむらしてしまいます!」
「バウ……」
「なんですかその顔は!? 誤解しないでください! 人間は生命の危機を感じた時、生殖本能が働くんです! 別に私が淫乱な訳ではありません! ……たぶん」
「ア゛イ゛」
……ん? もしかして喋った?
いや、そんな訳ないか。どうやら私は相当に酔っ払ってしまっているらしい。
結局私はそのまま酔いつぶれて寝てしまい、翌朝起きたらピットにしがみついたままだった。きっと彼女も迷惑していたことだろう。
「……これが人間の男だったら大変なところでした」
実際私はそういうやらかしをしたことがある。
祭りの後に、あの人と……。
それで結局子供ができてしまって、結婚することとなった。
「うふふ、まあ良い思い出です」
私は二日酔いのつらさを感じながら、編み物を始めた。
体がすぐに大きくなるから、すぐに服のサイズが合わなくなるのだ。
* * *
――2年後。
私は木の上に潜み、その時を待っていた。
ガサガサガサッ!
茂みを掻きわけ、イノシシが飛び出してくる。
「今です!」
私はイノシシの足を狙い、矢を放った。
「ブヒィッ!」
バランスを失ったイノシシが転倒する。
「とどめです!」
槍を構えて木から飛び降りる。
ズンッ!
私の体重が乗った槍は、イノシシの分厚い筋肉を貫き心臓に達した。
この弓と槍は騎兵たちが持っていたもの。
ずっと昔に回収はしていたのだが、ようやく扱える体格となった訳だ。
ガサガサ。
茂みからピットが出てくる。
「ナイスですピット。いい追い立てでした」
私が成長したことで、連携した狩りができるようになった。
狩りの成功率はぐんと上昇。毎日お腹いっぱいである。
ちなみに今の場合、魔法を使った方が遥かに簡単に仕留められたのだが、トレーニングの一貫として、弓と槍を使った。
日々体が大きくなるので、感覚も少しずつ狂っていく。それを調整する必要がある訳だ。
「オ゛ウ゛」
ピットは明らかに人の言葉を話し始めている。
信じられないくらい賢い犬だ。……まあ落し穴には落ちたが。
「もうすぐですね……もうすぐ、私は旅立ちます」
「オ゛オ゛……」
* * *
――1年後。
私とピットは、あの洞窟の前へとやって来ていた。
目に前にあるのは、大きな石。
これは墓だ。
「ジナ、お別れを言いに来ました」
彼女が何者なのかは結局思いだせなかった。
おそらく教会にいた人間だと思うので、娼婦の一人ではないのかとは思うのだが。
「不思議です。あなたのことを思いだそうとするたびに、胸にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚に襲われ、涙が出て来てしまうのです」
そしてその後、司教たちへの激しい憎悪の炎が燃え上がる。
「あなたのことを引きずったままでは、前に進めません。奴らに復讐を果たします」
復讐を果たした時、きっと私の心は満たされる。
そんな確信が私にはあるのだ。
「さようならジナ……ありがとう……」
さよならを言うだけのつもりだったが、自然と感謝の言葉が出た。そして涙も。
私はピットに跨り、森の出口を目指す。
その間、私たちは無言だった。
そして森の出口に到着。
この景色は憶えている。騎兵たちに追われた草原だ。
「ピット……あなたともここでお別れです」
「ワダジモイギダイ」
私はピットを抱きしめた。
「あなたは魔物。人間に見つかれば狩られてしまうかもしれない。それに……」
ピットのお腹を見る。
「子供がいるんでしょう?」
「……ウ゛ン」
「もう、私に内緒で男を作って! うふ、でもこれで安心です。あなたを一人にはしたくなかったから……」
「イガナイデ」
「今もきっと私の子供たちが殺し合いをしている。私はそれを止めるため、もう一度この国を統一しなくてはいけません」
「ヨグワガンナイ……」
「いいのです。ではピット、あなたとその一族の繁栄を願っています。――私は永遠の時を生きる女。いつかまた、あなたの子孫たちと巡り合う時が来るかもしれませんね。その時が楽しみです」
「モウモドッデゴナイノ?」
「さようなら……ピット……」
私は草原を行く。
背後からは悲しみに満ちた魔狼の遠吠えが。
「ピット……あなたのことは絶対に忘れません」




