第21話 代償
「よし、全員馬から降りたな。じゃあ洞窟に入るぞ」
「オッケー。もしかしたら、あのガキも一緒にいるかもしれないな」
「かもな。でもまあ、さすがにもう死んでるだろうけどよ」
「だな。しかし、まさか隊長が殺られちまうとは思わなかっ――んだあ、ありゃあ!?」
洞窟から、得体のしれない化け物が飛び出てきた。
大きさはそれほどではないが、凶悪な見た目をしている。
「見たことあるか、あの魔物!?」
「いや、ねえよ!」
「こっちに突っ込んでくるぞ! 槍衾!」
化け物は構えられた槍に自ら突っ込み、串刺しとなる。
「ははっ! 知能は低いぞこいつ!」
「よし、とどめを――ごぶっ!」
化け物の尾撃を食らい、バートンが吹っ飛ばされる。
こいつ! 体は小せえのに、なんて力だ!
「ちくしょう! 今日はとことんついてねえ! いくぞおらああああああああ!」
* * *
目が覚める。
どこだここは?
私は首を動かして周囲を確認しようとしたが、力が入らない。
「ばぶ」
声もうまくだせず。
そうか……私は死んだのか……。
目を動かすと、すぐ近くに血まみれの兵士が倒れているのが見える。
――うむ、思いだしたぞ。
小隊長を討ち取ったものの、致命傷を負い逃走。
ここに逃げ込んだが、追って来たこいつと戦い力尽きたのだった。
そこまで思いだした時、ふと大きな疑問がわいてきた。
なぜ私は、あんな無謀な戦いを仕掛けた?
正規兵7人相手に勝てるわけがないのに。
私は隠密LV9を持っているのだぞ? おとなしく隠れていれば、奴らなど簡単にやり過ごせたはずだ。
何か理由があったのか?
それより過去の記憶を探ってみると、また新しい疑問が浮かんできた。
――なぜ、送迎車を使って逃走した?
荷馬車を脱出した後は、徒歩で移動すべきだろう。
馬車で逃げれば轍が残ってしまうし、音を兎の耳で捉えられてしまうのだから。
いったいどうしたのだ私は?
致命的な判断ミスを何個も犯しているぞ。
それのせいで、結局このざま。
敵がまだ4人も残っているというのに、私は赤子。
すでに詰みであるが、自業自得としか言いようがない。
「おりゃあああああああああ!」
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
なんだ?
洞窟の外で誰かが戦っているようだが?
一方は騎兵たちだろうが、もう一方は誰だろう?
……だめだ、この向きでは外が見えない。
私は体をゆすって、なんとか入口の方を向く。
「死ねや! 死ねやああああああ!」
「ガァ……!」
一人の兵士と、見たこともない魔物が戦っているのが見えた。
その周辺には3人の死体が転がっている。
なるほど……森に生息する魔物と戦闘になったか。
「食らいやがれ! 奥義・烈風三段突きぃ!」
「ガァ! ガァァァァ……!」
魔物が倒れた。
いったいこいつは、なんという魔物だろう?
私は鑑定をおこなう。
名前 :ジナ
クラス:農民
体力 :85
持久力:64
筋力 :79
技量 :37
魔力 :0
スキル:農業LV2 料理LV1
は? どういうことだ? 人間用のステータスが出てきたぞ?
魔物はクラスではなく、種族が表示されるはずなのだが?
それにしても、なかなか手強い魔物だ。
こんな奴が生息しているのに、魔族どもは、よくこの森に住む気になったな。
そんなことを思いながら魔物を見ていると、奴と目が合った。
なんと恐ろしい形相。まさに化け物という言葉が相応しい。
「バ……ブ……」
化け物がこちらに手を伸ばす。
「とどめだ、おらあっ!」
騎兵の槍が、化け物の口に突っ込まれた。
騎兵側の勝利か。
3人やられたとはいえ、やはりあいつらはかなりの手練れだな。
勝負を挑んでいい相手ではなかった。
「へへっ……やって……やったぜ……」
最後の一人がその場に崩れ落ちた。
どうやら奴も力を使い果たしたようである。
これはありがたい……いや、まったくありがたくない。
奴らに捕まり、あの変態司教のとこへ連れていかれる方が千倍ましだった。
もうここにいる人間は私だけ。つまり永遠の飢え死にを繰り返すことになる。最悪だ。
何か手段はないのか?
再び体を揺すって、洞窟の奥に向きを変える。
すると、奇妙な台座が目に入った。
なんだあれは? 文字が刻まれているな。……魔族語か。
魔族語なら、いくらか解読できる。
戦に勝つうえで最も重要なのは、敵をよく知ること。かなり勉強したのだ。
ええっと……禁呪……封印……祭壇……だと?
まさか、ここには禁呪が封印されているのか?
禁呪とは、超強力な魔法のことである。
使用には、使用者の命などといった大きな代償を必要とするため、簡単に扱える代物ではない。
私は魔族語の解読を続ける。
<狂血>……術者……血……対象……狂戦士……変容……代償……記憶……。
翻訳できた単語を繋ぎ合わせ、魔法の内容を推測する。
まず魔法の名は<狂血>。
おそらくは、対象を狂戦士に変化させる魔法だろう。
触媒に使うのは術者の血液か? 血液に触れる? 飲む? 具体的な方法は分からない。
代償は……術者の記憶か……。
命に比べれば安いものだが、やはりおいそれと使えるものではないな。
記憶……?
――はっ!?
私は自分に鑑定を使った。
……ある! 魔法欄に<狂血>が!
その瞬間、保留していた疑問の数々が、一気に一つの線へとつながっていく。
私はきっと、あのジナという奴に<狂血>を使ったのだ!
そして、ジナに関する記憶を失った!
私の行動が非効率的なのは、あいつを連れていたからだ!
……待て?
ということはだ。あいつのためにわざわざ危険を冒したということになるよな?
あいつは私にとって、それほど大事な人間だったのか? うーむ、そうは思えんが。
他の記憶は大丈夫だろうか? ちょっと確認してみよう。
私の名はインヴィアートゥ。
フニ族の村で生まれ、不死の力を得た女。
最愛の夫の名はニルクグ。銀髪のイケメンで、私と同じオールラウンダーだ。
あの人の顔が思い浮かぶ。
千年の時を経ても、一切おぼろげることはない。
――よし、一番大事な記憶は失われていないな。良かった……。
安堵のため息をもらし、記憶の確認作業を再開する。
部族を平定し、大陸に平和をもたらしたが、魔族に敗れ鉄の棺に幽閉される。
長い間閉じ込められたが、ついに……ついに……ん? どうやって脱出したっけ?
――ああ、騎兵たちが宝目当てで棺をこじ開けたのだ。
奴らは人身売買だけでなく、盗掘にも手を出していた。
カバンに入れられたのをしっかり覚えているぞ。革の匂いがすごかった。
……ふむ、忘れているのはジナという奴の記憶くらいか。
うーむ……まあ、奴の魔力はゼロ。つまり私の子孫ではない。
忘れてしまったものはどうすることもできないし、奴のことはもういいだろう。
うむ、そういうこと――って、あれ……? 私……?
涙が止まらない。
なんだろう……この悲しさは……?
「びえ……びえええええええええええええええええええ!」
私は大声で泣いた。
これにて「第一章 狂戦士の血」終了です。
彼女がいかにして化け物を生み出す血液を持ったのかが描かれた章でした。
再度の宣伝になってしまいますが、5月12日(金)に死に戻りのオールラウンダー第一巻が発売されますので、どうぞよろしくお願いします。




