第18話 神馬降臨
――時は少し遡る。
レ=ペリザ天平国・聖都モルカール方面巡回部隊小隊長トロイ・ピエリーニは浮かない顔で、教会までの道を戻っていた。
――どういうことだ!? 俺の推理が間違っていたとでもいうのか!?
ちくしょう! せっかくの報酬が!
あれだけの金があれば、しばらくは豪遊し放題だってのによ!
酒、ギャンブル、女、金はいくらあっても足りない。
薄給の兵隊に“副業”は必要不可欠。むしろ収入的にはこっちが本業といっても過言ではない。
「――ん? なんだ?」
教会に戻ると、客たちと門番が揉めているのが見えた。
また何かあったようである。
「どうした、何があった?」
巡回兵の俺たちが登場したことで、客たちがビビっているのが分かる。
馬鹿が、誰も取り締まらねえっての。
そもそも聖都のお偉方がここの常連なんだよ。そんなことも知らねえのか愚民どもめ。
「送迎車がいつまで経っても来ないのだそうです」
一人の僧兵が答える。
「……ほう。珍しいことなのか?」
俺は客に尋ねてみた。
が、客は口を開こうとしない。
――ああ、そういうことか。
「安心しろ。あんたらがここの常連なのかを探ってる訳じゃねえ」
「そういうことでしたら……。はい、こんなことは初めてですね。いつも乗車場で待っていてくれてるのに」
これは怪しいな……。
「乗車馬はどこだ?」
客に案内され、乗車馬へと向かう。
「――隊長、これを見て下さい」
斥候スキルを持ったスタースが、地面についた2本の線を指差す。
これは馬車の轍だ。
「林に向かってるな。どう見てもおかしいぞ。――よし、あの辺りを捜索しろ」
「はっ!」
拘束された御者はすぐに見つかった。
水色の髪のガキにやられたそうだ。間違いねえ、例のガキだ。
「よし、手がかりを掴んだ! スタース、馬車を追うぞ! 奴等を見逃すな!」
「了解!」
俺たちは馬に乗り込み、轍を追跡する。
「まったく……してやられたぜ! とんでもねえガキだ!」
「我々が翻弄されるなんて……本当に4歳なんでしょうか? とても信じられません」
「10年や20年に一度のレベルだが、そういう天才児は確かにいるよ。うちの大将も6歳で初陣だっただろ?」
「確かに……そういうものなんですね……」
きっと歴史に名を残せる逸材なのだろうが、俺からすれば女奴隷十人分の賞金首でしかない。あのガキの未来なんて知ったこっちゃねえ。
「――隊長、聞こえてきました」
しばらく走り続けていると、スタースの兎の耳が馬車の音を捉えた。
「よし、このままいけば追いつける。――しかし奴らどこに行くつもりだ? この先には関所しかねえぞ?」
「関所があることを知らず、ひたすら聖都から離れようとしているだけでは?」
「お前はおめでたい奴だなスタース。一杯食わされておきながら、まだそんな間抜けなセリフを言えんのか?」
「す、すみません……」
「森を進み国境を越える気か? だが歩けない女を連れてそれは不可能だろ。……まさか<重癒>まで使えんのか? いや、だったらもう使ってるよな」
ガキの狙いが分からない。
だがまあ、どうでもいいことだ。
俺がやるべきことは、奴を捕まえることだけ。計画を暴く必要はない。
「隊長、馬車の速度が上がりました。かなりの加速です」
「何? まさかこっちに気付いたのか?」
「いや、そうだとしたら……自分と同じように、兎の耳を使っているということになりますが……? 目視はできませんので」
「おいおい、斥候スキルまで持ってんだとしたら、いよいよもって化け物だぞこれは……」
7人で足りるのか……?
いや、何を弱気になってんだ俺は……!
仮に奴が百年に一人の天才だとしても、しょせんはガキ。腕力も魔力もない。
数々の修羅場をくぐり抜けてきた俺達の敵じゃねえ。
「――隊長! 見えました、あそこです!」
丘を乗り越えると、森に向かって草原を駆け抜ける馬車が見えた。
「森に逃げ込む気か! そうはさせねえ!」
騎兵は森の中での戦闘が不得意である。
乱立する木のせいで、一番の武器である馬の速さを活かせないからだ。
森に入られる前に仕留めなければ!
「お前達、突撃だ!」
「おうっ!」
最大速度で馬を走らせ、馬車との距離をどんどん縮める。
「よし、間に合いそうだ! まずは馬を狙え!」
馬さえ潰してしまえば、それで勝負ありだ。
あとは自害する前に取り押さえるだけ。
「隊長! あれを……!」
馬車馬が光り輝く。
その姿はまるで神獣のよう。
「なっ……あれは……」
馬車が光の粒子を撒き散らしながら、すさまじい速度で森の中に突っ込んで行く。
「あれは【神馬降臨】じゃねえか……!」
騎乗LV9で習得する、最強の騎乗スキルである。
これはとんでもないものを見てしまった。
「まさか、こんなところで……それも、あんなガキが……人生何があるか分かんねえもんだな」
あの域に達した者は、希代の名将と呼ばれる傑物のみ。
数十年に一度しか現れないので、実際に目にするのは一生に一度あるかないかという次元だ。
「おお……」
「なんと神々しい……」
俺たちは馬をとめて、完全に見入ってしまっていた。
涙を流している奴までいる。
仕方ないことだ。
あれは、全騎手たちの憧れなのだから。
特に我がレ=ペリザ天平国は騎馬隊を主力とする国。
【神馬降臨】に対する畏敬の念は、並々ならぬものがある。
この鎧と盾に刻まれたペガサスの紋章を見れば分かるだろう?
これは【神馬降臨】を表しているんだ。
結局俺たちは、馬車が森の中に突っ込んで行くのを黙って見送ってしまう。
「隊長……俺たちはどうすれば……」
部下たちが迷っている。
あのガキを討ちたくないという気持ちが芽生えてしまったのだろう。
「よく聞けお前たち。俺らは悪党だが、一応武人の端くれだぜ? 【神馬降臨】の使い手と一戦交えられるなんて、血がうずいてしょうがねえだろうが!」
「隊長……!」
「そうだ……! 隊長の言う通りだ! 俺たちは戦士! あれほどの相手を前にして逃げるなんてありえねえ!」
部下たちの士気が戻ってきた。
「その通りだ! ――よし、あの変態司教のことは忘れよう! 俺たちは一介の武人として奴に挑む!」
「おお……!」
「生きて捕えようなどと思うな! 初めから殺すつもりでいけ! じゃなきゃ、死ぬのは俺たちだ!」
「おう!!!!」
部下たちの士気は最高潮と言っていい。
いや、部下だけじゃない。俺もだ。
「これほど痺れる戦いはないぜ! いくぞお前ら!」
「おおおおおおっ!!!!」
俺たちは森の中に駆け込んだ。




