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第13話 憤怒のマルチェラ

 ジナに何が起きたのか? 要約するとこうだ。


 私が屋外で仕事中、司教がジナの部屋を訪れる。

 吐き気を催しているジナを見て、司教がジナの妊娠に気付く。


 司教は堕胎薬を飲ませようとしたが、ジナは抵抗。

 司教を突き飛ばし、脱走を試みるもすぐに捕まる。


 彼女は堕胎薬を飲まされた挙句、司教への暴力と、脱走未遂の罰として、両足の腱を切られ、馬小屋に監禁されることとなった。以上。




 ――2週間後。


 私は茹でたイモ1個だけを持って、馬小屋を訪れる。


「ジナ……ごめんなさい。今日はうまくいきませんでした。明日こそは――」

「いいのばぶちゃん、無理しないで」


 ジナの食事はイモ1個。信じられない事に、これで一日分である。

 明らかに足りないので、食べ物をくすねたいところなのだが、監視が非常に厳しくなっているため難しい。


「私はコソコソするのが得意ですから大丈夫です。それよりジナ、足はもう痛みませんか?」


 彼女の足を見る。

 傷跡はうっすら残っているくらい。



 だが、彼女は歩けない。


 <治癒>では靭帯の切断を治せないのだ。

 このレベルの傷を治すには中級回復魔法の<重癒>が必用となるが、今の私の魔力では使えない。


 とはいえ、足のことはまだいい。

 私が成長すれば治療できるのだから。


 問題は……。


「うん、痛みはもう大丈夫。――ねえばぶちゃん、本当に私のことはいいから、無理しないで。馬小屋生活って案外悪くないんだよ? お客をとる必要無いからね。寝てるだけだから楽なんだー。うふ」


 ジナはいつものように笑うが、以前のような力を感じない。

 やはりお腹の子を殺されたのが相当なショックのようだ。


 そして私は知っている。

 確かに客はとらなくなったが、代わりに僧兵たちが来ていることを。



「……分かりました。じゃあジナ、また明日」

「うん、またね」



 私は強く歯を噛みしめながら、馬小屋を後にした。

 乳歯が一本折れ、口の中に鉄の味が広がる。



 ……ああっ! 今すぐ司教たちを皆殺しにしたい!

 だができぬ! 一瞬で返り討ちだ! どうして私はこうも無力なのか!


 神よ! なぜこんな中途半端な不死の力を与えた!

 常に20代の身体ではダメだったのか!


 ジナにはもう時間がない!

 今すぐ脱走しなければならぬのに、彼女は歩けぬ!

 4歳の私では背負えぬぞ! <重癒>を使えるようになるまで待てと!?

 それまでに彼女の心は壊れてしまうわ! このたわけが!




「やあマルチェラ、ごきげんいかがかな?」


 今、最もはらわたを引きずり出してやりたい男が目の前に現れた。

 折れた歯と血液を飲み込む。


「変わりなく元気です司教様」


 私はマグマのような怒りをなんとか抑え込み、平然とした態度を見せた。


「ジナは君の母親といって良い女だ。――私のことが憎いかね?」

「いえ、別に。仕方ないことだと思っていますので」


「ほう……」


 司教が私の目をのぞき込む。


「……君はたいした女だな。ますます気に入ったよマルチェラ。本日、説教しに街の教会へ行くのだが、君も同行するといい」

「光栄です、司教様」


 感情を押し殺し、深々と頭を下げる。

 元々感情の波が激しい私だが、長年の経験と訓練がこれを可能にした。



 迎えの馬車が到着したので、司教と護衛の僧兵2人とともに馬車に乗り込む。

 馬車が出発すると、私は窓から景色を眺めた。



 我慢した甲斐があるというものだ。。

 私はここにカバンに詰め込まれて連れて来られたので、周囲の地理がまったく把握できていない。

 街までの経路を確認できるのは非常に大きい。


「初めての外の世界はどうだね?」

「とても素敵です」


「うむ。忠誠を尽くし続ければ、きっと今よりも自由な世界が手に入るだろう。努力するのだ、マルチェラ」

「はい、肝に銘じておきます」


 司教は満足そうにうなずき、私の頭と頬を撫でた。

 殺すぞ。



 ようやく街に到着。そこそこの距離があったな。

 あの教会は本当にへんぴなところにある訳になるが、それでよく客が来るものだ。不思議で仕方ない。


 いっそのこと、司教に聞いてみるか?


「司教様。街から遠いのに、どうしてあんなに多くのお客様がいらっしゃるのですか?」

「それはだなマルチェラ、ここ聖都モルカールでは娼館が禁止されているからだ」


 なるほど、そういうことか。

 街に無いなら、遠くても行くしかない。


「私の教会以外にも、いくつかの施設がモルカール周辺にある。まあどれも表向きは別のものなのだが。街から送迎馬車も出ているよ。だからそれほど不便ではないのだ」

「送迎馬車ですか? 配達の馬車しか見たことがありませんが?」


「教会から少し離れた場所に停まる。これは言い訳のためだ。『この馬車は娼館行きの馬車ではありません。あくまで、その近所に向かう馬車です』というな」


 聖都から直接娼館を目指す馬車があってはいけないということか。よく考えるな。

 しかし送迎馬車か……逃走には……使えないな。

 女子供が乗る訳のない馬車だし、ジナの客が乗っているかもしれないのだから。




 教会にたどり着くと、司教は集まった住民たちに説教を始める。


 こんなクズに何を教わるというのか。この愚民どもめ。

 そう思いつつ、私は笑顔で白い鳥の羽を配る。これが女神の羽なのだそうだ。アホらしい。



 無事説教が終わり、馬車へ向かうため、市場を抜けていく。


 私は目に入る品々を次々と鑑定し始めた。


 ……ふむ、そんなに大したものはないな。

 気になるのは食べ物くらいか。私が見たことないものがいくつもある。


 ――お? あれは――


「マルチェラ、何か気になるものがあったかね? 君はよく頑張ってくれた。買ってあげよう」


 こんなブタ野郎の施しなど受けたくないが、ふとある品が目に入ってしまった。

 あれは脱走に使える。


「あのペンダント、とてもきれいです」

「どれ……? ふむ、君の美しい髪と同じ、水色の石があしらわれているな」


 司教が鑑定を使っているのが分かる。


「ほう……あれはマジックアイテムだぞ。魔力上昇の付呪が為されている。ふっ、お目が高いなマルチェラは。――だが約束は約束だ。よし店主、これを貰おう」


 司教は金貨2枚を渡し、ペンダントを購入した。

 他の品々と比べても、金貨2枚というのは相当に高額だ。


「さあ、つけたまえ」


 司教は私の首にペンダントを掛けると、髪を撫であげてきた。


 ……我慢だ、我慢だぞ、インヴィアートゥ。

 お前は生娘じゃないだろう。何人の子供を産んだと思っている? こんなことでいちいち感情を揺さぶられるな。


「ありがとうございます司教様、一生の宝物にします」

「うむ、さらなる忠節に期待しているぞ」



 こうして私は怒りをこらえた報酬として、3ポイントの魔力を手に入れたのであった。


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