第12話 非情
あれから数か月が経った。
どの僧兵も、積み荷のチェックを完全に怠っているのを確認。そもそもそういう規則がないのだろう。
警備のローテーションも完全に把握。
配達が来た際、一番無能な僧兵が配置されているのは月終わりの週だ。
これで最も脱走に適した日は判明した。
しかし……。
「依然として、どうやってジナを連れて逃げるかが解決できていませんね……」
聖堂正面玄関を抜けることは絶対に不可能なので、食材が保管されている倉庫から荷馬車に向かう訳だが、それには厨房を通り抜けなくてはいけない。
最も手薄な時でも5人いる。隠密スキルを持っていないジナには絶対に不可能だ。
頭を悩ませながら、私はジナの部屋のカギを開ける。
「ごきげんよう、シスタージナ」
いつもの挨拶をした私だが、すぐに異変に気付く。
「ジナ……!」
ジナが桶を抱えてうずくまっている。
私はすぐに察した。もしかしたらこうなるかもしれないと常々思っていたからだ。
「……妊娠したのですね?」
「そうみたい……。それにしても……本当ばぶちゃんは……賢いね」
女たちは定期的に避妊薬を飲まされているが、薬の効果は絶対ではない。
私も身をもってそれを経験している。
長期に渡る遠征の際、私は常に避妊薬を飲んでいた。戦の真っ只中で身ごもる訳にはいかないからだ。
だが、しっかり子を宿してしまい、泣く泣く軍を退かせるはめになったことが一度ある。
「堕胎薬をもらってきます」
万が一妊娠した時は、堕胎薬を飲む規則となっている。
そうしないと仕事ができなきからだ。
「ばぶちゃん、それはダメだよ。この子に罪はないもの」
私の感覚では、誰の子なのかも分からぬ子供など生みたくないが、実際にジナのように考える女は結構いる。
戦の多い時代では、そうして生まれた子供がたくさんいた。
「ジナ……しかしそれでは……」
「分かってる……いつかバレるよね。そしたらきっとこの子は殺されちゃう。どうすればいいのかな……? ばぶちゃん……私たちを助けて……」
ジナが初めて悲しみの涙を見せたことに、私はわずかながら動揺してしまう。
――客に協力してもらえれば、出産まで隠し通せるだろうか?
いや、絶対に密告する奴はいるだろうし、そもそも司教が定期的に訪れてくる。絶対に不可能だ。
やはり脱走しかない。
「分かりましたジナ……なんとかします。私を信じて待っていてください」
「ばぶちゃん……ごめんね……」
私はジナを抱きしめる。
これでさらにタイムリミットは短くなった。
これからジナは、どんどん動けなくなっていく。急いで計画を練らなければ。
数日後。
どうやってもジナを外に連れ出す手段が思い浮かばない。
もういっそのこと、荷馬車による脱出プランは破棄するか?
一度却下した、毒による皆殺しプランを再検討してみる。
当初真っ先に浮かんだ案はこれだった。
職員用と奴隷用の食事は別々なので、厨房に忍び込み、職員用の料理に毒をぶち込むだけ。
シンプルだが効果は絶大。正面から堂々と脱出――とはいかない。
司教は抜け目ない奴なので、必ず毒味をさせる。
食事の前に毒見係を一人選び、毒味を終えてからでないと、職員たちにも食事をさせない。
自分達が恨みを買っていることをよく理解しているのだ。
「毒味係が誰になるかが分かれば、そいつにだけ解毒剤を飲ませることも可能なのですが……」
何か法則性があることに期待していたが、完全に司教の気まぐれで決めていることが最近分かった。
「はぁ……こんな時、あの人がそばに居てくれたら……」
我が最愛の夫の顔を思いだす。
断っておくが、彼は頭の切れる男ではない。むしろ私よりも頭が悪かった。
だがとにかく道を切り開く力が凄まじく、なんとかしてしまう人なのだ。
「……あなたならどうしますか?」
私は空に向けてつぶやく。
「マルチェラ」
このタイミングで呼ばれるとは思わなかったため、私はビクッと後ろを振り返る。
よく見る僧兵だ。
「なんでしょうか?」
「ジナの治療をしろ」
「かしこまりました。……また司教様がお訪ねに?」
「……まあ……そんなところだ。急いだ方が良いぞ」
急いだ方がいいだと?
まさか司教の奴、ジナを……!
私は急いで聖堂内へと向かう。
「そっちじゃない! 馬小屋だ!」
「はい?」
死よりも不吉なものを感じながら、馬小屋の扉を開ける。
「そんな……ジナ……」
私の目に入ったのは鎖で繋がれた彼女の姿。
そして両足首から流れ出ている血液……。
ジナは両脚の腱を切られていた。
「ばぶちゃん……私の赤ちゃん、殺されちゃったよ……」
 





