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第6話 ジナとばぶちゃん

 数日が経ち足の傷が癒えると、ついに娘は客をとらされた。




 すべてが終わり、そして朝。


 つらい一日だったはず。

 だがこれで終わりではない。これからずっと地獄が続くのだ。

 彼女は絶望感に押し潰されてしまうだろうな……。


 だが私の予想に反し、彼女は笑顔で私の世話をし始めた。


「ばぶぅ」

「ᛒᚪᛒᚢᚳᚺᚪᚾ, ᛒᚪᛒᚢᚳᚺᚪᚾ, ᚢᚺᚢ」


 私の世話をしている間は、いやなことを考えずに済むのだろうか?

 だとしたら、私も少しは役に立っているようだ。



 娘は私の世話を終えると、大あくびをしてそのまま床に就いた。





 ――それからさらに数日後。


 声や物音を聞く限り、隣の部屋にも女がいるようだが、この部屋から出られないので、どんな者なのかは分からない。


 食事も排泄も、すべてこの部屋で済ませる。相変わらず私の世界は狭い。

 まあそれでも鉄の棺の中よりはマシだが。



 カギが開き、司教が入って来た。――ゲスめ。とんだ破戒僧だ。


 この男がやっていることは人身売買と娼館経営。断じて聖職者などではないはずだが、鑑定結果にはクラス:司教(ビショップ)と表示される。

 信じられないことだが、間違いなく神に仕える者なのだ。



 娘は私を部屋の隅に置き、布をかける。

 私に嫌なものを見せたくないのだろう。




 司教が部屋を去った後、しばらくして治癒師の女が部屋に入って来る。

 彼女は雑に娘の治療をおこなうと、さっさと去っていた。


 あの傷は司教にやられたものだ。

 奴にはそういう癖がある。


 修道服を着させるのも奴の趣味だ。

 といっても、他の男たちも好きなようだが。

 聖なる存在を穢すことに興奮を覚えているようである。変態どもめ、まとめて死ね。





 ――約一月後。


 周囲に人里はなかったはずだが、客は毎日来た。いったいどこから来るのだろう?

 娘にとっては不幸なことだが、彼女は私が思っていたよりも、ずっとたくましかった。


「バブチャン、バブチャン、ゴハンデスヨー。ウフ」

「んぐっ、んぐっ」


 変わらない笑顔で、私にヤギの乳を飲ませてくれている。


「オイシイ?」


 百を超える部族語を習得していた私だ。

 一月もあればなんとなく言っていることが分かってくる。



「オイシクハナイ」

「エッ!? シャ、シャベッタ!?」


 普通の赤子が喋り始めるのは1歳前後だが、最初から喋る意思を持っている私であれば、一月で話せるようになる。



「ジナ、モットコトバオシエテ?」


 ジナというのは彼女の名前だ。

 司教や治癒師とのやり取りを聞いているうちに分かった。


「ウワ! コノコ、テンサイダ!」


 ジナは私を抱きしめた。





 ――半年後。


「ばぶちゃん、さっきのお客さんがね、リンゴをくれたのよ。ダフネに見つかる前に食べちゃいましょ?」

「ジナ、私はまだ歯が2本しかありません。あなたが食べてください」


 ダフネというのは治癒師のことだ。


 ジナは決して美人ではないが、愛嬌のある娘。

 彼女を気に入り、差し入れをする客も中にはいる。


 奴はそういった差し入れを見つけると、奪い取っていくのだ。


「あっ、そうだったね。ペラペラしゃべるもんだから、てっきりね? うふ」

「まだやっと歩き始め――ジナ! リンゴを隠してください!」


 カギが開けられ、治癒師のダフネが顔を覗かせる。


「どうしましたダフネさん? 私、ケガしてませんよ?」

「ジナァ? さっきの客は、よく差し入れを持って来る客だよねぇ? なんかもらったんじゃないかい?」


 ジロジロと見回しながら部屋に入って来る。


 こいつ……相変らずよく鼻の利く奴だ。


「……いえ、何ももらってないですが?」

「本当かぁい? 私を騙そうたって、そうはいかないよぉ?」


 ダフネは毛布を剥がし、ベッドの下を覗く。


「ないねえ……じゃあ……ここかい!」


 ジナの修道服がまくられると、リンゴがゴトリと落ちた。


「ジナァ……あんた、この私に嘘をついたね?」

「すみません……どうしてもリンゴ食べたかったんです……」


 毎日、イモとマメを煮たもののみ。

 甘いものが食べたくなるのは当然だ。私も食べたい。


「今日からお前たちの飯の量を半分にする。いいね?」

「そ、そんな……!」


 脅しではない。これまで何度やられている。

 しかもどれもしょうもない理由で、八つ当たりなのは明らかだった。


「嫌ならしっかり誠意を見せな」

「申し訳ございませんでしたダフネ様……」


 ジナは土下座をする。


「ふんっ、これに懲りたら二度と私に舐めた態度をとるんじゃないよ? いいね!?」

「はい……すみませんでした」


 ダフネはリンゴを手に取り、部屋を去って行った。


 同じ奴隷の分際で偉そうに……!


 ダフネは、女たちの世話を任されている奴隷に過ぎない。

 だが食事を配る係が奴なので、こういった横暴がまかり通ってしまうのだ。



「ごめんねばぶちゃん、リンゴとられちゃった……」

「気にしないでください。しかしあのババア、司教や僧兵にはペコペコしているくせに。猿山の大将め」


「うふふ、ばぶちゃんは口が悪いね」

「ばれてしまいましたか。うふ」


 私はジナの「うふ」という笑い方が好きだ。

 なにか希望を感じさせる力がある。



 だからだろう。いつからか私も、彼女みたいに笑うようになっていた。


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