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第3話 残酷な世界

 これから私はどうなるだろうか?


 おそらくは奴隷商に売られるのだろうが、私はまだ赤子だ。労働力としてはもちろん、女としての価値もない。つまり奴隷としての価値は皆無である。


 うーむ、呪術の生贄くらいにしか使えんのでは?

 だとしたらまずいな……。


 それだったら、このならず者たちと共にいた方がいいのだが……。


「ばぶぅ……」


 私は女たちを鑑定する。

 所持しているスキルは、農業、裁縫、料理。

 隠密、窃盗、解錠などのスキルはなく、盗みを生業とする者のスキル構成でないのは明らかだ。


 ――やはりな。


 この盗人たちは元々農家だったのだろう。

 不作が続いたのか、それとも戦火に巻き込まれ家と土地を失ったのかは分からぬが、まあとにかく食っていけなくなり、このような生業に手を染めざるを得なくなった感じか。




 ガタンッ。

 突然馬車が止まった。


 何事だろう?


 ひげもじゃが何か言うと、全員馬車から降り始めた。女もだ。

 私は娘におんぶ紐で背負われ、外へと出る。



 ――この匂い、なつかしい。

 血、腐敗臭、肉の焼けた臭い……これは戦場の臭いだ。


 なるほど、盗人どもはもう一稼ぎするつもりか。なかなか景気がいいな。


 だが、まったく喜べることではない。

 依然、魔族との激しい戦いが続いているということなのだから。


 しかも死んでいる兵は人間ばかり。かなりの劣勢なのだろ――いや待て!

 いくらなんでもおかしい! 魔族の死体が一つもないではないか!


 私は死んだ兵が持っている盾に注目する。


 やはりな……。

 一方はヘビの紋章、もう一方はペガサスの紋章……どちらも見たことないが、確実に言えるのは一つ。

 これは“人間同士”による戦いである。



 ……なんということだ。

 またあの暗黒時代に戻ってしまったというのか。


 私が生まれた時代、この大陸では百を超える部族が常に争っており、死と悲しみが渦巻く残酷な世界であった。

 その負の時代を終わらせるため、愛する者を失いながらもひたすら戦い、平和を築き上げたというのに……。


 怒りと悲しみがわきあがってくるのを感じながら、私はさらに注意深く兵の死体を見る。


「ばぶっ!?」

「ᛞᛟᚢᛋᛁᛏᚪᚾᛟ?」


 この兵たち、双方ともに魔法で殺されている者がいる!



 魔法が使える人間は、私の血を継いだ者のみ。

 つまり……。


「びぃー……」


 私の……私の一族が……殺し合いをしている……?



 息が苦しくなる。


 なぜ!? どうして!?



「びええええええええええ!」


 赤子の時は感情のコントロールが難しく、すぐ泣いてしまう。


「ᛟ-, ᚤᛟᛋᛁᚤᛟᛋᛁ」


 娘が私の背中をぽんぽんと叩く。

 その優しさに、私の心はいくらか平穏を取り戻す。


 ――と同時に、異常を察知した。

 探知と兎の耳のスキルを使っていたのだ。


 引っ掛かったのは、兎の耳の方。

 聞こえたのは蹄の音だ。それもいくつもの。


 ……この駆け方、荷馬のものではない。明らかに軍馬。騎兵の一団か。

 死体漁りが合法であるはずがない。奴らに見つかれば終わりだぞ。


「だぁー! だぁー!」


 私は娘の背中を叩き、音がする方を指す。


「ᚾᚪᚾᛁᚾᚪᚾᛁ?」


 娘は私が指差した方を見たが、首を傾げ、再び死体を漁り始めてしまう。


 蹄の音がどんどんと大きくなる。

 まずい! 確実にこちらへ向かっている!


「だああ! だああ!」


 声を振り絞る。

 この娘には分からなくても、男たちなら気付くかもしれない。


「ᚢᚱᚢᛋᚪᛁᛣᛟ! ᛞᚪᛗᚪᚱᚪᛋᛖᚱᛟ!」


 ひげもじゃが娘に怒声を浴びせる。

「黙らせろ!」とでも言っているのか?


 この愚か者め! それでよく、ここまで生きて来られたな!

 気付け! 気付かねば、今日死ぬぞ!


 なんとか伝えられる方法は……!? そうだ……!


 両手を使い、馬の動きをジェスチャーで伝える。


 パカッパカッ!

 パカッパカッ!


 ほらっ、馬だぞ!? 分からぬか!?


「ᚪᚱᚪᚪᚱᚪᚴᚪᚥᚪᛁᛁᚢᚵᛟᚴᛁᚾᛖ」


 女はにこやかな顔で私の頭を撫でる。


 違う! 可愛がってどうする!

 おのれ……どうすれば……!?


 ――ああ、だめだ! もう来てしまう!



 丘の上に騎兵の一団が現れた。

 盾にはペガサスの紋章。この戦場跡で見たものと一緒だ。


 数は全部で7騎。戦をするには少なすぎる。

 おそらくは巡視兵。つまり見つかれば終わりである。


「ᚤᚪᛒᛖᛖ!  ᛄᚢᚾᛋᛁᚺᛖᛁᛞᚪ!」


 ようやく、ひげもじゃと無精ひげの二人が気付く。


「ᚴᚪᚴᚢᚱᛖᚱᛟ!」


 ひげもじゃの合図で全員が隠れ始める。

 男二人と中年の女は死体のふり、娘はタワーシ-ルドの下に潜り込んだ。

 私も隠密を使い、気配を消す。


 盾と地面の隙間から、鑑定士が木の方に走っていくのが見えた。。


 ――それは悪手だぞ、鑑定士……!


「ᚵᚢᚪ!」


 鑑定士の背中に数本の矢が突き刺さる。

 彼は死んだ。


 娘が声を出さないか心配だったが、ガタガタと震えるだけで済んでいる。

 だがそれもいつまでもつか……。



 騎兵の一団は、すでにすぐ近くまで来ている。

 最もそばにいるのはひげもじゃだ。


 あいつは隠密LV1を持っているので、うまくやりすごせるのを期待したいが、正直絶望的である。

 なぜなら、巡視部隊にはたいてい斥候スキルを持った者が配置されているからだ。

 素人が彼らの目を欺くことはできない。――ああ、ほらやっぱり。


「ᚵᚢᛖ!」


 ひげもじゃが槍で突き殺される。

 それと同時に、私は騎兵たちの鑑定を完了。探知、鷹の目、兎の耳を持った者が一人いることが判明。

 おそらく娘以外の3人は完全にばれている。


 娘は私の隠密スキルの影響を多少受けているが、なにぶんただの素人だ。

 逃げ切れるかは五分五分といったところか。



「ᛏᛁᚴᚢᛋᚺᛟᚢ!  ᚴᛟᚾᛟᚤᚪᚱᛟᚢ!」


 無精ひげが立ち上がり、曲刀を抜いて向かっていった。

 仲間の仇を討つためか、それとももう逃げられないと悟ったか。

 まあどちらにせよ潔い最期だ。あの世で誇るが良い。



「<雷撃>」


 稲妻が無精ひげの腹を貫く。



 ……なに?


 騎兵隊の小隊長と思われる男の手から、今確かに<雷撃>が放たれた。


 魔法を使えるのは、私の血を継ぐもののみ。

 あの男は、私の子孫だ……。


 私の子孫が、私を棺から出してくれた恩人を殺してしまった……。


 何とも言えぬ感情が私の心を押し潰す。




 騎兵たちは中年の女を取り囲む。

 やはり完全にばれていたようだ。


 小隊長が何かの命令をくだすと、他の騎兵たちは馬から降りた。

 殺さぬのか?


「ᛟᚴᚪᚪᛋᚪᚾ……」


 娘が何かつぶやいたので、彼女の口を手でふさいだ。

 赤子の私では彼女の口を抑えることはできないが、心理的な抑制にはなる。


「ᚺᛁᛁ……!」


 中年の女は、騎兵たちに無理矢理起こされた。

 小隊長は女の顔を一瞥し、苛立った顔で首を横に振る。


 騎兵は女の首を斬り落とした。


「……!?」


 娘が叫ぶのではないかと心配だったが、私の手が功を奏したか、なんとか耐え忍んだようだ。


 そして騎兵たちの狙いがはっきりと分かる。


 部族時代から何百何千と見てきた光景だ。

 若く美しい女のみを捕虜として持ち帰る。



 娘よ、なんとかやり過ごすのだ。

 見つかれば地獄が待っているぞ。



 騎兵たちがこちらへと歩いて来る。

 やつらめ、気付いているのか……?


 ガタガタと震える娘が、ギュッと私の手を握る。



 さらに騎兵たちが近づいて来る。

 まずいぞ……だが、奴等の進行方向には鑑定士の死体がある。それに向かっているだけという可能性もなくはない。



 いや、だめだ……。

 娘を囲むように動いている。確実にばれているな……。


 娘もそれが分かったようだ。

 おんぶ紐を外し、私をぎゅっと抱きしめた。


 ……すまんな。

 私が魔法を唱えられれば、お前に尊厳ある死を与えてあげられたのだが……。



「ᛒᚪᛒᚢᚳᚺᚪᚾ, ᚾᚪᚾᛏᛟᚴᚪᛁᚴᛁᛏᛖ……」


 娘はそう言うと、盾からするりと抜け出て走り出した。


 なにをやっているのだ!?


 いや、実際は分かっている。

 彼女は私が兵に見つからぬよう、囮になったのだ。


 見つからなかったとて、私に生きる術はない。

 運よく善人に拾われることに賭けたか。



「ᚪᚵᚢ!!」


 足を射られた娘が転ぶ。

 彼女は騎兵に抱き起こされ、小隊長にじっくりと値踏みされる。


「ᚤᛟᛋᛁ, ᚴᛟᛁᛏᚢᚺᚪᚢᚱᛁᛗᛟᚾᛟᚾᛁᚾᚪᚱᚢ」


 どうやら奴のお眼鏡にかなったようだ。

 娘は縄で縛られた。



「だぁぁぁぁ! だぁぁぁぁ!」


 私は大声で叫ぶ。

 兵が私に気付き、タワーシールドを持ち上げた。


「ᛞᛟᚢᛋᛁᛏᛖ……?」


 娘が悲しそうな顔をする。



 ここで放置されれば、野犬やカラスの餌になるだけだ。

 それだったらまだ奴隷になった方がいい。


 それに私は、なんだかんだで、盗人たちに感謝をしていたのだ。

 あの娘はその最後の生き残り。なんとか恩を返してやりたい。


 そして……。



 騎兵の一人が私を抱え、馬の元へと向かう。

 私は目を動かし、騎兵全員の顔をじっくりと観察し、記憶した。


 ひげもじゃよ、お前たちの仇はいつか必ず討ってやろう。


 その一人は私の子孫だが、覚悟はできている。

 母である私が、しっかりけじめをつけてやるつもりだ。


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