第2話 新しい家族
「ᚾᚪᚾᛁᛗᛟᚾᛟᛞᚪᚴᛟᛁᛏᚢᚺᚪ!?」
「ᛣᛖᛏᛏᚪᛁ,ᚾᛁᚾᚵᛖᚾᛄᚪᚾᚪᛁ!!」
ひげもじゃと無精ひげの男二人が何やら騒いでいる。
――どういうことだ?
言葉がまったく分からない。耳はもう正常に機能しているはずだが?
それとこの顔立ち。
魔族でないのは間違いないが、どの部族とも似ていない。
何者だこいつらは?
――鑑定のスキルを使用。
クラスは「農家」に「大工」だと……?
とてもそうは見えん。
腰には短めの曲刀。
スリングショットと、毒を塗った短剣も装備している。
そして隠密性を重視したフード付きの外套と、動きやすさを重視した軽装防具。
典型的な盗賊職の装備。
つまりこいつらは、明らかにならず者の類である。
男どもの眼を覗く。
――うむ、やはり人を殺した経験があるな。
「ᚴᛁᛏᛏᛟᛗᚪᛣᛟᚴᚢᛞᚪ!! ᚴᛟᚱᛟᛋᛟᚢ」
ひげもじゃの方が短剣を抜いた。
私を殺すつもりか?
「ᛁᚤᚪ, ᛗᚪᛏᛖ! ᚢᚱᛖᛒᚪᚴᚪᚾᛖᚾᛁᚾᚪᚱᚢ!」
無精ひげの方が、それを止めようとする。
どうやら二人の意見は食い違っているようだ。
まだいくらか猶予はあるように見える。
私は情況を把握するため、眼だけを動かし、周囲の様子を探った。
……なんということだ。
私が捕らわれていた魔族どもの砦は、見るも無残、瓦礫の山と化していた。
魔族どもはどうしたのだ? 皆殺しにされたのか?
それにこの風化具合、廃墟となってから、かなりの時間が経過しているように見える。
いったい私はどれだけの時間、棺の中に閉じ込められて――いや、今はそんなことを考えている時ではない。
まずはこの危機を乗り越えなくては。
状況は把握できた。
魔族どもは何らかの理由で居なくなっており、この砦は廃墟となった。
この男たちはおそらく盗掘者で、金目の物を漁りに来たのだろう。
宝を期待して棺をこじ開けたら、中から得体のしれない赤ん坊が出てきてしまい、そいつをどうするか、今、揉めに揉めているという訳だ。
短剣を抜いた方は私を殺そうとしており、それを止めようとしている方は、奴隷商や見世物小屋にでも売り飛ばそうとしている。――といったところか?
凡愚どもめ。
棺の中で生きている赤ん坊が、普通の人間であるはずがなかろう。私なら即殺しているぞ?
それを即断できない者はすぐに死ぬ。まったく、それでよく生きてこられたものだ。
だが今は、その無能さに感謝するとしよう。
「きゃっきゃっ♪」
私は天使のような笑顔をふりまく。
自分は無害な存在だと懸命にアピールするのだ。
「ᛏᛟᚱᛁᚪᛖᛣᚢᚴᚪᚾᛏᛖᛁᛋᛁᛏᛖᛗᛁᚤᛟᚢᛣᛖ」
「ᛋᛟᚢᛞᚪᚾᚪ……ᛋᛟᚢᛋᚢᚱᚢᚴᚪ」
ひげもじゃが短剣を鞘に戻し、どこかへと去っていく。
大方予想はついている。
鑑定士を呼びに行ったのだ。
盗掘者の一団には、必ずといっていいほど鑑定士が存在する。
金目のものかを、その場ですぐに査定できるからだ。
殺すかどうかは、とりあえず鑑定してから決めないか?
そんな感じで話はついたのだろう。凡愚の極みのような判断だ。
予想通り鑑定士がやってきて、私に手をかざす。
「ばぶぅ」
こちらもすかさず鑑定返しだ。
まさか赤子に鑑定されているとは思うまい。
――鑑定LV3か。並の鑑定士だな。
私の隠蔽LV9は絶対に破れない。
奴の頭の中には、ただの人間の赤ん坊のステータスが表示されるだけだ。
「ᛏᚪᛞᚪᚾᛟᚪᚴᚪᚾᛒᛟᚢᛞᚪ」
鑑定士が二人に結果を伝える。
「ᛋᛟᚾᚾᚪᛒᚪᚴᚪᚾᚪ」
「ᛏᚪᛞᚪᚾᛟᚪᚴᚪᚾᛒᛟᚢᛏᛏᛖᚴᛟᛏᛟᚺᚪᚾᛖ-ᛞᚪᚱᛟ」
二人は鑑定結果に首をかしげているが、納得するしかないといった様子だ。
これでひとまず殺されずには済みそうである。
「ぶぅ……」
しかし、相変らず何を言っているのか分からない。
私は百を超える部族語に通じているが、そのどれとも似ても似つかない。
不安が募る。
――いったい私は何年棺の中にいたのだ?
時代とともに言語が変化していくことは身をもって知っているが、千年の時を経ても原型は残るものだ。
これはまったく別の言語ではないのか?
「ᚤᛟᛋᛁ, ᛗᚪᛏᛁᚾᛁᛗᛟᛞᛟᚱᚢᛣᛟ」
男たちは私を抱え、廃墟を後にする。
あの忌々しい鉄の寝床ともようやくお別れだ。
道なりにしばらく進むと、オンボロの幌馬車が見えてきた。
馬車といっても曳いているのはウシである。
中にいるのは……女二人。中年の女と若い女だ。
ひげもじゃは中年の女に声をかけ、私を預ける。
この女はひげもじゃの妻か? では若い女は娘だろうな。
中年の女は私を見てしかめっ面をすると、すぐに娘にぽいっと投げ渡す。
「ぶぅっ!」
このアマ! 私はまだ首が座っていないのだぞ!
「ᛟ-, ᚤᛟᛋᛁᚤᛟᛋᛁ」
娘の方は私を可愛がってくれるようだ。頭を撫で、体に布を巻いてくれた。
しばし、彼女のお世話になることとしよう。
きっと短い付き合いのはずだ。私はすぐに売り飛ばされるだろうからな。
御者席にひげもじゃが座り、無精ひげと鑑定士は馬車の中へ。
馬車が出発。
女たちは、馬車の中に積んである、血や泥で汚れた武器や鎧を磨いている。
これが彼女たちの仕事のようだ。
――なるほど。
こいつら盗掘だけでなく、死体漁りもやっているのだな。
私の国ではどちらも死罪だが、今の法はどうなっているのだろうか?
まあ、窃盗であるのは確かなので合法な訳はないだろうが。
盗人どもめ、私から一つ助言してやる。
お前たちの判断力とスキルでは近いうちに死ぬ。
今すぐ廃業して、真っ当な仕事を見つけろ。
「あぶぶ、あぶぶぶぶ」
私の助言は言葉にならない。
まあなったところで、どうせ通じぬのだろうが。
「ᚴᚪᚥᚪᛁᛁ-!」
娘は笑いながら私を撫でた。




