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第56話 婚約破棄

 4日後、ドロシーの馬車がムルトマー侯爵の敷地に入ると、すぐに両親とその付き添いの者達が、迎えにやって来た。


「ドロシー! 無事だったか!?」

「お父様!? 寝てなきゃダメじゃない!」


 ドロシーが刺客に襲われた事は、すでに早馬によって伝えられていたようだ。


 ムルトマー侯爵が俺の元へとやって来た。

 俺はすぐにテンペストから降り、頭を下げる。


「――頭を上げてくれたまえ。君が娘を救ってくれた勇者学院生か……?」

「はっ! アトラギア王国騎士、ニル・アドミラリと申します」


「本当に心から礼を言う……」


 ムルトマー侯爵は、俺の手を弱々しく握る。

 これが彼なりの精一杯の握手のようだ。

 顔色はすこぶる悪く、もってあと数か月といった感じに見える。確か前の周では、1か月後に死亡したはずだ。


「あなた、ここで立ち話もなんです。中へ入っていただきましょう」

「おお、そうだな……ではニル殿、遠慮せず中へ入ってくれたまえ……」

「お心遣いに感謝いたします。ムルトマー卿」


 俺はテンペストとピットを馬係に預け、屋敷の中へと招かれる。



「ドロシー……すまないが、お前に伝えなければならない事がある……」


 ムルトマー夫妻の表情が暗くなる。


「レーヴェン侯爵家から、お前の嫁入りを断られてしまった……刺客に狙われるような娘を、貰う事はできないとな……」

「婚約破棄という事ね……」


 俺はドロシーの表情を見た。

 結婚しなくて済んだ嬉しさと、父親が亡くなる前に、花嫁姿を見せられない事の悲しさが入り混じり、物凄く複雑な顔をしている。


「……ドロシー、お前は勇者学院に復学したいか?」

「あ……えっと……」


 ドロシーは相当悩んでいる。

 本心は学院に戻りたいのだろうが……。


「私はこの家に戻るわ」

「私の事は気にしなくて良い」


「そうじゃないの! 私、お勉強が嫌いだから、退学できてほっとしているのよ!」


 ドロシーは明るく笑った。親に対しては結構気遣っているようだ。


「そうか、それならいいのだが……私のせいで、これ以上お前の自由を奪いたくないのでな……」


 ムルトマー侯爵なりに、できる限りの娘の自由を願っているのか。

 ならば、その気持ちを尊重してあげるべきだろう。


「大変申し訳ありませんが、ムルトマー卿のお体を、勝手に鑑定させていただきました。――その症状は、病気ではなく強い呪いによるものです」

「な、何だと!? そんなはずはない! 鑑定士や解呪師にも見てもらったのだぞ!?」


「高度な隠蔽がされているので、鑑定スキルを極めていないと分かりません。――<解呪><治癒>」


 ムルトマー卿の顔色がみるみる良くなっていく。


 それほど魔力の高くない俺が、何故強力な呪いを解けるのか?


 呪いを解くには魔力の強さは必要ない。魔力を操る技術だけがあればいい。

 つまり、力ではなく技。解錠スキルと同じなのである。


「おお……おお……! 力が……力が湧いて来るぞ!」


 ムルトマー卿は、ピョンピョンとその場で跳ね回ると、部屋の中を駆けまわりだした。


 その様子を見て、妻とドロシーが涙を流す。


「ニル殿! 君に心よりの感謝を!」

「ありがとうございます、ニル様……」

「ニル……本当にありがとう……!」

「――おっと!」


 抱き付いて来たドロシーを優しく受け止めた。

 その様子を両親がジッと見ている。――これはマズいな。


 俺はドロシーを引き離した。


「なるほど、そういう事か……」

「あなた……」


「騎士の身分ではあるが、私と娘の命を救った男だ……申し分は無いか……」

「そうですね。今の時代、強い男を夫に持つ事は必要かと……」

「ちょっと! お父様、お母さま! 勝手に話を進めないでよ!」


「それでは、私はこの辺で失礼いたします……」


 ヤバい気配を察知した俺は、隠密スキルを使い、そそくさと屋敷を後にする。



「テンペスト! ピット! さあ、学院に帰るぞ!」


 俺はテンペストを走らせた。


「――おーい、ニル殿ー! ちょっと話があるのだがー!」

「ニル様ー! 美味しいお菓子も出すので、とりあえずお話だけでも……!」

「申し訳ありません! これ以上講義を欠席すると、成績に響きますので! では!」


 笑顔で手を振るドロシーに手を挙げ、俺は颯爽とムルトマー家の屋敷を去った。




――それから1週間後。


「ドロシー・ムルトマー、恥ずかしげもなく、またこの学院に戻って参りました!」


 馬車から降りて来た、ドロシーをクラスメイト達が拍手で出迎える。


「よっ! 婚約破棄女」

「悪役令嬢が帰って来やがった!」

「出た! 退学詐欺師!」


 みんなの温かい言葉が、ドロシーを優しく包み込む。


 そのまま、ドロシーの復学を祝う会が始まり、楽しい一時が始まった。


 ドロシーの死亡回避、成功だ!




 会が終わり、静かになった会場にリリーの女子会だけが残る。


「――しっかし、ビックリしちゃったよねー。ニルが突然馬で追っていくんだもん。私、てっきりドロシーを強奪して、駆け落ちするのかと思っちゃったー。あはははー!」

「わたくしも目が点になりましたわ。ニル様は、ドロシーにまったく興味がなさそうに見えたので」

「え!? そうですか!? ニルって結構、私の胸や足をチラチラ見てますよ!?」

「いや、見てねーよ……どんだけ自意識過剰なんだよ、お前……」


 いや、見た事は見たか……。

「何でこいつ、貧乳のくせに胸元の開いた服を着ているんだ?」とか「貴族の癖にスカートの丈、短すぎだろ。品がねーな……」といった意味でだが……。


「デスグラちゃん、ニルに捨てられたと思って、引きこもっちゃってたんだよ? 知ってた?」

「そうそう。お食事もされなくなってしまって、心配でしたわ……」


 マジか、それは知らなかった。

 だから、学院に戻った時にあんなに怒っていたのか……。


 デスグラシアは自分の話題が出た事に気付いたが、話の内容は分からなかったようだ。俺の方を見てくる。


『お前が、ショックで引きこもりになったと言っている』


 デスグラシアの顔が一気に赤くなる。


「なっ!? イワナイ約束でショ!?」


 デスグラシアはクーデリカの首を絞める。


「ぐえええええ……!」

「やめろ! お前の力で首を締めたら、頸椎が折れる!」


 俺はデスグラシアの手を引き剥がす。

 せっかくドロシーを助けたのに、こんなくだらない事で死者を出したくない。


「はあ、はあ……死ぬかと思ったー。それにしても、ニルはなんでドロシーが襲われるって分かったの? やっぱ愛?」


 ドロシーが恥ずかしそうにうつむく。

 全然違うのだが、さてどう答えるべきか……。


「もしかしてニル君は、未来が分かるのでは?」


 お! 今のセレナーデの一言が、良いヒントになったぞ。


「その通り。占いの結果でそう出たんだ」

「占い!?」


 女達が食いついてくる。女は占いが大好きなのだ。


「本当ー!? じゃあ、私の未来を占ってみてー!」


 占いスキルなんてものは存在しない。俺はクーデリカの手のひらを適当に見る。

 


「……お前は将来、自分が建造した大型船でヒノモトに国外逃亡する」


 クーデリカの目が見開く。


「すっごーい! ニルの力本物だよー! 誰にも言った事なかったのにー!」

「クーデリカ……まさか貴方、本気でそんな事を考えているの?」


 クーデリカは「やべっ!」という感じで舌を出す。


 あの話って俺にしかしていなかったのか。

 そう考えると、99周目の彼女が俺にヒノモトに行くことを誘ったのは、やはり特別な感情があったからなんだろうな。


 彼女は今回、俺をどう思っているのだろう?

 その想いに応えて上げられない以上、何とも思っていないのが一番なのだが。



「ニル様、次はわたくしを見てもらえますか?」


「――性王女様は同性婚を認める法律を定めます」

「まあ! それは素晴らしいですわ!」




「次は私を見てもらえますか?」


「セレナーデは……長生きするよ」

「うふふ、当たりそうですね」



「ワタシハドウ?」


『デスグラシアは、最愛の人と結ばれる』

「ソッカ……えへへ……」



 その後も占いは続き、気付けば深夜になっていた。


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