第52話 クーデリカ杯開催
デスグラシアは、フォンゼルの白馬に。
クーデリカは、レオンティオスの黒馬に。
ドロシーはセラフィンの黒鹿毛の馬、ニンジンイーターに。
セレナーデはバルトの鹿毛の馬に。
リリーはテンペストに乗ったのだが、俺が同乗しないと、テンペストは暴れてしまう。俺達だけ2人乗りとなる。
他の男性陣は全員お留守番だ。
「では、あそこに見える1本の木を中間地点とした、往復ルートとする。――それでは各自、位置につきたまえ」
女達は横1列に並ぶ。
「それでは、レース……スタート!」
トップに躍り出たのはクーデリカ。
続いてリリーと俺。
3番手にセレナーデ。
4番手はドロシーで、ビリはデスグラシアだ。
「やっぱりな……あいつ乗馬スキルないからな」
何故挑んでしまったのか? 小一時間、問い詰めたいところである。
クーデリカ、リリー、セレナーデの乗馬スキルはLV2、ドロシーはLV1だ。
おそらく上位3人の戦いになるだろう。
「――ニル様。この馬のスタミナは、いかほどでしょうか?」
「この距離なら、余裕で逃げ切れますよ」
「では、仕掛けるとしましょう!」
リリーはテンペストの速度を上げようとしたが、上手くいかない。
彼女の乗馬スキルでは、テンペストを操る事はできないのだ。
「もう! クーデリカより、強情な子ですわ!」
そうなのか……彼女が1番素直そうに見えるが?
いや、多分あれだな。別の意味だこれ。
「さて、後ろは……」
セレナーデが、ピッタリ後ろにつけている。
ドロシーとデスグラシアは良い勝負だ。2人とも揺れが怖いようで、まったくスピードが出ていない。
「クイックターン!」
クーデリカが鮮やかなターンを決めた。
本当彼女は、何をやらせても上手い。
「性王女殿下、このままだと膨らみそうです」
「そう言われても、この子、わたくしの言う事を聞きませんの!」
俺達は大回りでUターンしてしまう。
「申し訳ありません。お先に失礼します」
セレナーデに抜かされた。
彼女が1位で、デスグラシアがビリだった時がちょっと怖い。
「殿下、セレナーデに負けてはなりません」
「そう言われましても……!」
リリーはテンペストに追い込みを掛けようとしているが、やっぱり言う事を聞いてくれないようだ。
俺は後ろの2人を見る。
「うわ……ひどいな……」
2人とも止まってしまっており、馬がボトボトと馬糞を落としている。
セレナーデがブーストをかけたようだ。
クーデリカとの距離が、グングンと縮まっていく。――これはマズい。卑怯だが、イカサマを使わせてもらおう。
俺は、テンペストの尻をポンッと叩く。
「きゃあっ! いきなり早くなりましたわ!」
テンペストは一気に速度を増し、2人を追い抜きゴールした。
「ニル様、私達の勝利ですわ!」
「おめでとうございます」
「1位、リリー聖王女殿下ー。2位、セレナーデ。3位、クーデリカ」
「リリー様、お見事です」
「あちゃー、3位かー」
それからしばらく経ってから、デスグラシアがカポカポとゆっくりゴールした。
『お前、よくそれでレースに出ようと思ったな……』
『むー、魔王とは戦いから逃げられぬものなのだ……』
この結果は、さすがに恥ずかしいようだ。顔が赤い。
「ドロシーはひどいなー」
「あはははー! またウンコしてるー!」
「本当あの子は、魔法以外はてんで駄目ですね」
馬達に水を飲ませ終わった頃、ようやくドロシーがゴールした。
罰ゲーム決定である。
「ドロシー、男性陣の中から1人選び、キスをしなさい」
やっぱりな……リリーの事だから、そう言うんじゃないかと思ったよ。
「そ、そんなー! 私、無理ですー!」
「何か賭けるって言いだしたのは、誰だったかなー?」
「ドロシー、やらなくても結構ですよ? ムルトマー侯爵家の信用が、地に落ちるだけですから」
まーた言ってるよ。本当リリーは、女に対してドSで困る。
「わかりましたー! キスしますー! でも、相手はリリー様が決めて下さいー! 私が選ぶのは恥ずかしすぎますー!」
「駄目です。貴方に恥辱を与えるのが、楽しみなのですから」
「うえーん! あんまりですー!」
「やりますか? ――やりませんか?」
「うう……やります……」
ドロシーの眼に覚悟が宿る。
「さー、誰でしょうー!? 楽しみだー! あはははー!」
「セラフィン君じゃないですか?」
「えー? 僕ー? やだなあー……」
ドロシーは俺の前に立った。――え? 俺? 嘘だろ?
「あらあら、ニル様ですか」
「やっぱりなー! そうじゃないかと思ってたんだー!」
「私は気付きませんでした……」
キスした事が原因で、俺を意識し始めたんじゃないのか?
この時点で、彼女から好意を抱かれているとは思わなかった。
『待て! 無理矢理接吻をさせるなど、王族がやる事ではない!』
通訳が今の言葉をリリー達に伝える。
クーデリカがニヤリと笑った。
『貴族・信用・大事・約束・守る』
クーデリカがもう魔族語を使いだした。
今回は、デスグラシアが女子会に加わっているので、習得速度が速まっているのだろう。
『し、しかし……』
『デスグラちゃん・代わり・キス・であれば・許す』
クーデリカはニヤニヤしている。
『そ、それは……無理!』
デスグラシアは顔を真っ赤にして、去って行った。
「はい、邪魔者もいなくなったし、いってみよー!」
「マジか? ドロシーの両親にバレたらヤバいだろ?」
「問題ありませんわ、ニル様はもう騎士の身分ですから」
騎士と言っても、所詮は準貴族。侯爵とは天地の差がある。問題大有りだ。
「何かあっても、私とリリーで何とかするからー」
うーむ……浮気をしないと誓っておきながら、すでに泉の女神、シビーラ、セレナーデとキスしてしまっている。
その上ドロシーもとなると、俺の好感度はダダ下がりだろう。――まあ、誰からの好感度なのかはよく分からないが……。
「もう! 私が覚悟決めたんだから、アンタも覚悟を決めなさいよね! ――ほら、さっさと目を瞑ってちょうだい!
「分かった分かった!」
俺は覚悟を決める。
――チュッ。
目を開けると、予想通り、顔を真っ赤にしたドロシーがモジモジしていた。
それを見て、リリーは上品に、クーデリカは指を差して大笑い。
セレナーデはギリギリと歯を噛み締めている。前回とまったく同じ反応だ。
今回はセレナーデから、それほど好かれていないだろうと思っていたが、そうでもないようだ。
デスグラシアはムスッとしている。
俺と目が合うと、プイッとそっぽを向いた。――後で謝っておこう。
こうして楽しい乗馬会は、前回と同じような結果となってしまった。




