第27話 破滅の魔女
「マイダーリン! お水補充してー!」
「……御意。<水創>」
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
俺がクーデリカの水筒に水を補充する様を、レオンティオスが歯を噛み締めながら睨みつけてくる。
「……クーデリカー、あからさますぎるよー。レオンティオス対策だってバレバレじゃないかー」
「あははははー! レオンティオス君には、バレてないからオッケー!」
「クーデリカ、マイダーリンって呼ぶのは、マジでやめてくれないか……?」
「やだー! だったら、もっと彼氏っぽく振る舞ってー!」
クーデリカは俺とのラブラブっぷりを見せつける事で、レオンティオスの心をへし折ろうとしている。
その為、手をつないで歩く、あーんで食べさせる、10分に1回彼女の髪を撫でるといった行為を要求してきたが、俺は応じなかった。
その妥協案がマイダーリンという訳だ。
俺達はうさん臭いカップルを演じながら森を抜け、夕刻前にキャンプするには丁度良い高台にたどりついた。
「いい眺めだねー! マイダーリン!」
「ああ。この島、湖があったんだな。知らなかった」
湖の中心には小さな島がある。中々興味深い地形だ。
「景色もいいし、今日はここで一晩明かす事にしよう。――さあ、始めるぞ」
「はーい!」
まだ明るいうちに、テントの設営に取り掛かる。
暗くなってからだと大変なのだ。
「――あら?」
「おー?」
その時、他の班がこの高台に登って来た。
フォンゼル、リリー、デスグラシア、セレナーデの豪華三か国の王族勢ぞろいだ。
「奇遇だねー! あはははー!」
「あらあら……もしかして中間地点が同じなのかしら?」
俺達は互いの地図を見せ合う。――一緒だ。ただし任務は違うが。
3班と4班の中間地点が同じとは知らなかったな。
俺は他の生徒との関わりを避けていたので、ピクニック終了後、他の班にどんな内容だったのかを聞いていないのだ。
「私達は、その場所に住み着いてしまった弱い魔獣の駆除。クーデリカ達は、隠してある腕輪の探索ですか……共に行動できるのでは?」
「だねー! じゃあ、そうしようかー!」
こうして俺達は、合同で中間地点の探索と魔獣の駆除をおこなう事となった。
二班が同じ中間地点になっているのは、こういった応用力も試そうとしているからなのだろう。
テントの設営を終えると、俺はすぐに料理に取り掛かる。
森の中では、食材を確保しながら進んでいたので、8人分何とか用意できそうだ。腕を振るうとしよう。
『ニルよ、手伝おうか?』
デスグラシアが腕捲りをしながらやって来た。
彼女はまた髪を伸ばし、一段と女らしくなっている。
『ありがたいのですが、殿下はこいつを調理した事はありますか?』
俺は袋の中からヘビを取り出す。
『任せるが良い。魔族はヘビをよく食す』
それは知っているが、捌けるのか?
俺の心配をよそに、デスグラシアは、ダガーでヘビの頭を斬り落とし、器用に皮を剥いていく。
『お見事です。――では、他の者達にバレないうちに調理してしまいましょう』
『そうか……人間はヘビが駄目なのだな』
俺はこくりとうなずく。
あの6人でヘビだと知っても食べられそうなのは、クーデリカとセラフィンくらいだろう。
フォンゼルとレオンティオスは、本気でブチギレそうだ。
「おー、イチャついてますなー……浮気は駄目だよー、マイダーリン?」
クーデリカが俺達の間から顔を出す。
『第二公女はなんと言っている?』
『おいしそー! と言っています』
『違う! 浮気・駄目! ニル・私・彼氏!』
デスグラシア、リリー、セレナーデが俺の方を見る。
フォンゼル達は、クーデリカが魔族語を使った事に驚いているようだ。
『貴様……! もう別の女に乗り換えたのか……!?』
デスグラシアは鬼の形相で、ダガーを俺の首に突き付ける。
『殿下……誤解ですって……! おい、クーデリカ!』
『あはははー! 冗談・冗談!』
クーデリカはデスグラシアの背中をぽんぽんと叩く。
「でも、目の前でイチャつかれるとムカつくから、私も手伝うねー!」
クーデリカは俺とデスグラシアの間に、強引に割り込んで来た。
「いや、手伝うって……お前、料理できないだろ?」
「この肉をぶつ切りにすればいいんでしょー? それくらいできるよー!」
クーデリカはダガーをノコギリのように動かし、きったなく肉を斬る。
「ニル君! 私も手伝います!」
頬を膨らませたセレナーデが、俺の元へとやって来た。
そして、まな板代わりの岩の上に置かれたヘビを見る。
「ひっ……!」
尻もちをつきそうになった彼女を、腕で支える。
「セレナーデ……みんなには内緒だぞ?」
俺は笑顔で人差し指を立てた。
野草とヘビ肉のソテーを美味しそうに食べる彼らを見て、俺はニッコリと微笑む。
「あら、美味しいですわ。これは何のお肉なのですか?」
「キジです」
ヘビ肉と知らない連中は、ほおほおとうなずきながら肉を頬張る。
この表情が、料理人にとって至上の喜びよ! ――やっぱ俺、農家じゃなくて料理人になろうかな?
『見事な味だ……お前にこれ程の料理スキルがあったとは……あの時、ハミナーヤを馳走しなくて良かった……』
『いや、俺は残念だと思っています。殿下の手料理、食べたかったですよ』
『そ、そうか……?』
デスグラシアは頬を赤く染め、人差し指でクルクルと自分の髪を巻く。可愛い。
「ニル君は、やっぱり料理ができる女が好きですか?」
俺とデスグラシアの会話が理解できたのだろうか? セレナーデがムッとした表情で問い掛けて来た。
「そうだな……できれば、その方がいい」
「私、料理を覚えます! 教えてください!」
「ああ、構わないが」
「うふっ、約束ですよ?」
「あー! じゃあ私も一緒に教えて欲しいー!」
セレナーデがまたムッとした。
「あははははー! 露骨すぎー!」
学習発表会の前に、リリー達全員に料理を教えていれば、結果も変わっていただろうか?
そんな事を考えながら、俺はヘビ肉に手を伸ばした。
こうやって自然の中で、みんなで火を囲みながら食う飯は最高だ。気分がノってくる。
クーデリカも同じ気分だったのだろう。彼女は突然歌い始めた。
この雰囲気だ。さぞかし陽気な詩を歌ってくれるのだろうと思いきや、彼女が歌ったのは「破滅の魔女」という恐ろし気な詩だった。
「――生命を憎み、滅びを愛する~。人々が逃げる様をー、国が崩れる瞬間を嗤う~」
この場にはまったく合わない歌詞だ。
だが彼女の卓越した歌唱力が、俺達の視線を釘付けにする。
「――破滅の魔女は、島の孤島に閉じ込められー、ついに世界に平和が訪れた~」
クーデリカは俺達から大きな拍手を受けながら、俺の隣の席へと戻った。
「クーデリカ、何故この歌を?」
「うん。私ねー、思ったんだー。この島が、詩に出てくる島なんじゃないかなって」
他のメンバーも食いついて来る。
「何故そう思ったのですか?」
「歌詞に『島の孤島』ってあるでしょー? 変な言葉だなーって思ってたんだけど、実際にそういうものがあるんだって、この高台に登って分かったのー」
あの湖の孤島か。
確かに珍しい地形ではあるので、そう何個も同じような島はないだろう。
俺は地図を広げ、コンパスを見る。
「――おそらく距離と方角的に、その孤島が中間地点だと思う」
メンバーに動揺が見られる。
そんな不吉な場所に行くなど、正直嫌だろう。
「クーデリカー、そんな話するなよー。みんな怖がってるじゃないかー。知らないままにさせてやれよなー」
「わ、私は怖がってなどいないぞ!」
「無論、俺もだ!」
フォンゼルとレオンティオスが強がって見せるが、明らかに顔はひきつっており、リリーとセレナーデは、完全に顔が青ざめている。
「破滅の魔女か……一体どんな奴なんだろうな……」
とんでもない悪女である事は間違いないが、俺に死に戻りの呪いをかけた奴よりはマシだろう。……多分。
「ふふふ……実は私が、破滅の魔女なのだよ……」
クーデリカがゆらりと起き上がる。
目は憎悪に満ちており、まさに魔女と呼ぶに相応しい。
「ひ、ひぃっ!」
「うわぁっ……!」
フォンゼルとレオンティオスが後ろに転がり、リリーとセレナーデは震えながら抱き合っている。
「クーデリカ……イタズラが過ぎるぞ……」
クーデリカは笑顔になると、フォンゼル達の前に行き、ダブルピースをする。
「だーいせーいこーう!」
野営地に大きな笑いが響き渡った。




