第15話 フォンゼル杯開催
フォンゼルの乗馬スキルはLV4。セラフィンはLV3で、レオンティオスとバルトがLV2だから、馬の性能差がなければ、フォンゼルが絶対に勝てる。
というより、そもそもセラフィン達は、フォンゼルにわざと負けるんじゃないだろうか?
「王太子殿下、私も参加するのでしょうか?」
「当然だ。何か不服かな?」
「いえ、ぜひとも参加させていただきます」
フォンゼルはフッと笑う。
良いところを見せるだけでなく、俺に恥をかかせる事も目的としている訳か。
――いいだろう! その挑戦、受けてやる!
「では、コースについてだ。――あそこに木が1本立っているだろう。あの木を中間地点とした、往復コースとしようではないか」
それほど距離はないな。フォンゼルの白馬はスピード型か?
全員がうなずき、騎乗する。俺だけ場違い感が凄い。
「おー! なになに、レースするの!? 面白そー!」
クーデリカを先頭に、リリー達がやって来た。
「きゃはははは! ちょっとニル! アンタ、ロバで参加すんの!? 最高の馬鹿ね! きゃはははは!」
ドロシーの言葉に、フォンゼルは満足気な笑みを浮かべる。
「リリー聖王女殿下、勝利を貴方に捧げます」
「はい、分かりました」
フォンゼルのキザったらしい言葉は、さらりとかわされた。
脈が無い事に、いい加減気付いてほしいものだ。
「ニル君。順位は気にせず、ケガをしないよう気を付けてくださいね」
「ありがとうセレナーデ。――だが俺は、勝利を君に捧げたい」
フォンゼルの言葉を真似してみたが、自分でも薄ら寒くなるくらい気持ちが悪い。
だが、セレナーデには刺さってしまったみたいで、頬を赤く染めた。可愛い。
「きゃははは! ロバで勝てる訳ないでしょ! 1位とったらキスしてあげるわよ! きゃははは!」
「おおー! 言ったなドロシー! ニルー、絶対勝ってよー! あははははー!」
「あらあら、これは面白くなりそうですわね」
「じゃあ私がスタートの合図をしまーす! はーい、皆さーん、位置についてー!」
俺達はスタートラインに横に並ぶ。
「――それでは、よーい……ドン!」
各馬一斉にスタート。
先頭はもちろんフォンゼル。
続くはレオンティオス、バルト、セラフィン。最後尾は俺。
「セラフィンは随分余裕を持たせているな……手加減しているのか……」
彼のスキルと馬なら、もっと前に出られるはず。
やはり出来レースか?
フォンゼルは後続をどんどんと引き離していく。
そして、ついに一本の木まで差し掛かった。
「……スピードを出し過ぎだぞ、フォンゼル」
このレースはトラックを走っている訳ではない。
地面が整地されておらず、おまけにUターンしなければならないのだ。
「む……! クソ……!」
草や花で馬の脚が滑るのだろう。フォンゼルは急角度で曲がる事ができず、大回りでUターンをおこなう。
同じようにレオンティオスとバルトがUターンに苦戦する中、セラフィンと俺だけが、鮮やかなターンを決める。
トップとの差が一気に縮まった。
「ここから全力だぁ!」
セラフィンがフォンゼルを追い上げていく。
どうやら彼は本気で勝つつもりのようだ。――これは面白くなってきた!
「――王太子殿下、お先です!」
「な!? セラフィン!? 貴様!」
「いやっほうー!」
セラフィンがフォンゼルを追い抜いた。あいつ度胸あるな。
「では、俺達もそろそろ本気を出そうか」
騎乗スキルLV9の力を見せてやろう。
どれだけ、このロバの能力が底上げされるのかを……!
「よし! 行くぞ!」
ブースト発動。ロバから青いオーラが放たれる。
スピード上昇。スタミナ上昇。安定性上昇。闘争心上昇……。
ロバは一気に加速し、フォンゼルを抜く。
「フォンゼル王太子殿下、お先に失礼します」
「な、何だとおおおお!?」
良い表情だ。リリーにもぜひ見せてあげたかった。
これで俺とセラフィンの一騎打ちだ。
セラフィンはチラリと後ろを見る。
「やるなあ! だが、負けるつもりはないよ! ハッ!」
セラフィンは、さらに馬を加速させる。
小柄な彼は騎手に向いている。手ごわい相手だ。
「こっちも全力だ!」
1日1回だけの最強ブーストを発動する。
ロバの体が光り輝く。まるで神獣のようである。
そして、ロバは有り得ないくらいの速度となり、セラフィンを追い抜く。
俺達が駆け抜けた後は、光の粒子が舞い散り、幻想的な光景が広がる。
「おおお! 凄い! こっちも最後のブーストだあ!」
まだ隠し玉を持っていたか!
セラフィンはさらに加速し、俺達に追い付いて来た。
「頑張れロバアアアア!」
「いっけええええええ! ニンジンイーター!」
なんだその名前!?
最後の最後で緊張感をなくさせるな!
俺とセラフィンは、ほぼ同時にゴールした。――さて、判定は?
「1着、ニル・アドミラリ君! 2着、セラフィン・モンロイ君!」
「よし!」
「負けたかー!」
「お見事でした、セラフィン卿」
「いやいや、そちらこそ。凄かったね」
俺達は健闘を称え合い、握手をする。
「お前も本当によく頑張った」
俺はロバの首を撫でる。
「――3着、王太子殿下ー! 4着、レオンティオス君! ビリ、バルト君! また、ニルに負けちゃったねー!」
バルトがしょぼんとする。
クーデリカの奴、そんな事言ってやるなよ。
「うぐぐぐぐ……!」
フォンゼルの悔しがる顔を見て、リリーとセレナーデが笑っている。
楽しい乗馬会になったようで、良かった良かった。
「――じゃあ、ドロシー! 約束は守ってもらうからねー!」
「ムリムリー! みんなが見てる前じゃできませんー!」
「それは、みんなが見てなければ、できるという事でしょうか……?」
セレナーデがドロシーを睨む。
「あらあら、ニル様はドロシーからも……罪深い方ですのね……」
「いえ、決してそのような事は……というか本当にやめませんか?」
平民の俺が侯爵令嬢とキスするなど、下手すれば投獄されかねない事案である。はっきし言って、罰を受けているのは俺の方だ。
「駄目だよー! ニルー! 貴族社会は信用第一! 約束は守らないと駄目なんだー!」
「うえーん! 私からは無理ですー! アイツの方からキスするよう言ってくださーい!」
「それは絶対にダメです!」
セレナーデの口調が強い。本気で怒っているようだ。
その調子でこの罰ゲームを、ぶち壊してくれないだろうか。
「……では結構です。ムルトマー侯爵家の信用が、地に落ちるだけですから」
おお……リリーの奴、結構言うなあ……。
一国の王女にこう言われては、ドロシーも逆らう事はできないだろう。
「……うう、分かりました」
ドロシーの眼に覚悟が宿る。――クソ! 止められなかったか!
彼女は俺の前に仁王立ちになった。
「見られると恥ずかしいから、目を瞑ってて!」
「ああ」
こいつ、意外に乙女だな。
俺は笑いそうになるのをこらえながら、目を閉じた。
――チュッ。
目を開けると、顔を真っ赤にしたドロシーがモジモジとしている。
それを見て、リリーは上品に、クーデリカは指を差して大笑いだ。
一方セレナーデは、ギリギリと歯を噛み締めている。――後で一応謝っておいた方がいいか?。
こうして楽しい乗馬会は幕を閉じた。
 





