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第61話 国堕とし

 ラクシアンパレスに到着。

 隠し扉を開けると、ウルホの死体が。


「……ジルベルトの伏兵があんなに少数だとは思いませんでした」


 戦力は多いに越したことはないと判断し、残っていた囚人すべてを狂戦士に変えたが、実際のところ10体もいれば十分だった。

 戦力を王宮内にもっと割いていたら、デーモンハント団員は生き残ったかもしれない。


 ……だが、そもそも彼らとの共闘は予定外のことだったのだ。私はすぐに脱出するつもりだった。

 仕方ない……そう……仕方ないことだ……。


「……反省はひとまず後。まずはやるべきことをやりましょう」


 私は手を挙げる。


「行け! 狂戦士たちよ! 殺戮の限りを尽くせ! ただし魔術師は殺すな! 我が子は完全なる狂戦士へと変える!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 狂戦士が部屋の外へと飛び出して行った。


「な、なんだ!?」

「またあの化け物だ!?」

「うわ! しかもめちゃくちゃいるじゃねえか! ――ぎゃああああああああああ!」

「に、逃げろ! ぐあああっ!」


 勝利の余韻に浸っていた敵兵は思わぬ奇襲を受け、大混乱となる。

 しかも今回の相手は、デーモンハント以上の強さを誇る完全体狂戦士までいるのだ。王宮内は血の海となる。


「グガアアアアアアアアアア!」

「離せ! 離しやがれ、この化け物が!」

「早速、一人連れてきてくれましたか。いい子ですね」


 私は魔術師を抱えた狂戦士を撫でる。


「何をする気だ魔女め!?」

「我が子よ、私のしもべとなりなさい」


「や、やめっ――ぐあああああアアアアアアアアアアアアア!」


 <狂血>発動。さらに戦力がアップ。



「さあ、殺せ、蹴散らせ、踏みつぶせ! るんるんるん♪」


 私は狂戦士たちが蹂躙した後を優雅に歩く。


「――ん? なんですかこの死体は? でかくて邪魔です」


 漆黒の重装鎧を着た大男の死体を蹴り飛ばす。

 死体がごろりと転がると、団長の紋章が見えた。


「傭兵団の団長でしょうか? こんな負け戦に参加するとは、馬鹿な連中ですね。脳まで筋肉でできているのでしょうか? ――え? なんで……?」


 呆れているはずなのに、目から涙が……。


 なんだか急に悲しくなってきた。


「うっ……うっ……ううううううううう……! 狂戦士たちよ、殺せ! 殺せええええええええ! 男も女も殺し尽くせえええええええええ! 私の心が壊れる前にいいいいいいいいぃ!」


 私の命に忠実な狂戦士達は、より激しい攻撃を繰り出す。

 だがその代償として、回避行動が疎かになってしまい、1体、また1体と倒され始めてしまう。

 敵はジオラーキー山を越えて来た猛者たち。やはり恐ろしく強い。


「減れば補充すればいいだけのこと! どんどん連れて来い!」


 敵は魔術師を中心とした部隊。完全体の素体はいくらでもいる。

 私は次々と魔術師を狂戦士に変えながら、ラクシアンパレスを地獄へと変える。


「もっとだもっと! もっと殺せえええええええええええ! きゃははははははははははは!」

「あの魔女だ! あの魔女を討たないと、どんどん化け物を生み出されるぞ!」


「ああっ、悲しい、悲しい……! 寂しいよおおおおおおおおおお! 誰か私を助けて!」

「狂ってやがる……! 人間なのかこいつは……!!」


「『人間なのか?』だと? この赤い血が見えぬのか! この愚か者めが!」


 私は手刀で自分の手を切り落とし、それを敵に投げ付ける。


「ひいいいいいいいいいいいい!!」





 ふと我に返ると、1体の狂戦士が私の前で首を横に振っていた。


「あら、もうあなただけ? 魔術師も、もういないのですか?」

「グガ」


 周囲を見渡すと、死体の山と血の海が。

 この短時間で、よくまあここまで殺したものだ。


「では、また囲まれる前に引き上げるとしましょうか」


 ちょっと減らしすぎたような気もするが、良しとしよう。

 魔術師を失った今、彼らは<核爆>による降伏勧告が使えなくなった。神王国との血みどろの戦いが始まりだ。


 満足した私は、再度隠し通路へと向かう。


「あら、良い槍ですね。この大男にはもったいないですし、私が貰っていきましょう」


 私は槍を手にとり、肩に担ぐと、隠し扉をくぐった。


 が――


「う……なんだか気分が――おええええええええっ!」


 吐いてしまった……。

 え? なんで……?


「はあ……はあ……ちょっと……暴れ過ぎました……かね?」


 なんだか変だ。体も心も。

 私はどうしてしまったのだろう?


 槍を杖代わりにし、フラフラになりながら隠し通路を抜け、森の中へ。



「あら……? 誰かが這いずった後が……」


 全員始末したはずだと思っていたが、生き残っていた者がいるようだ。


「できる限り目撃者は殺しておかないと」


 私は這った跡を静かに追う。

 すると――


「いました。あの立派な鎧、間違いなく指揮官でしょうが……私は、あんな目立つ男を見逃したのですか? 随分と焼きが回ったものですね」


 たるんだ自分に呆れながら、槍を投げようと構える。



“お嬢! それだけはいけねえ!”



 え……? 槍から誰かの声が……。


「はあ……幻聴が聞こえるなんて、だいぶ疲れてるようですね私。……もう休みましょう」


 どうせあの男は野垂れ死ぬか、魔物に食い殺されるはず。放っておいてもいいだろう。


 踵を返し、あらかじめ設営しておいた野営地へと向かう。



 そこで野営をすること三日。

 神都を取り戻さんと、神王国の各都市から援軍が終結。その数約3万。

 <核爆>を使えない小国連合は、神王国と籠城戦の構えを見せる。



 神都を見渡せる丘から様子を眺めていると、司教領の指揮官らしき男が、城壁の上に立った。


「神王国へ告げる! こちらはヤコプ神王、そしてエリノーラ妃とラタシャ妃の身を預かっている! 軍を退くが良い!」


 当然そうやって時間を稼ぐだろうと思っていた。

 神王国が退いている隙に、城壁の修理をおこないつつ、援軍の到着を待つわけだ。


「カハジック司教領指揮官に次ぐ! 陛下たちのお姿を確認させよ!」

「いいだろう! ――ここへ連れて来い!」


 城壁の上にヤコプたちが連れて来られた。


「お前たち! 今すぐ退け! 僕は死にたくない!」


 相変らず情けない奴……。



 さて、私の計画通りにいけば次に起きる事は――


 見えた。

 神王国軍から、弧を描き飛翔する3本の紫の光が。


「がっ……!」

「ぐっ……」

「うっ……!」


 魔法の矢は、3人の人質を貫いた。


「新型の魔法弓、素晴らしい性能ですね」


 追尾性や操作性を犠牲に、魔力制御の簡略化を図ったものだ。

 私のように優れた魔力制御を持つ者は、旧型の方が性能を発揮できるが、大抵の者は新型の方が扱いやすいだろう。



「……な、何をやっているのだ貴様らはああああああああ! 狂ったのかあああああああああああああ!?」

「よくも陛下をおおおおお! 許さん! 攻撃開始いいいいいいいいいいいいい!」


「何を言っている! やったのは貴様らだろうがあああああ! くそおおおおお! 弓兵用意いいいいいいいいいい!」


 神王国軍の攻撃が始まる。



 なぜ彼らはこのような真似を?


 答えは簡単。この3万を率いているのは、ディマルカス神王一族の分家。

 この混乱に乗じ、本家一族を排除し、自分が新しき王となろうとしている訳だ。


 部族時代に何度も同じような光景を見て来たし、何よりそう仕向けたのは私なので、驚くことではない。



「お互いもう退くに退けませんから、殲滅戦になりますよ。地獄の始まりです。うふふふふふふふ! ……え? ……あなた、誰です?」


 人懐っこい顔をした少女が目の前に。

 よく日焼けをしている。農民だろうか?


「なんで、そんな悲しそうな顔を……」



“ばぶちゃん……もうやめようよ……。私と出会った頃の、優しいあなたに戻って……”



「ばぶちゃん? ――え、あれ? 消えた」


 幻覚……か……?


「やめる……訳にはいかない……。私はこのために生まれてきた。そう……すべてを滅ぼすために……」



“違ウ! 子供タチノ殺シ合イヲ止メルタメ! 忘レタノ!?”



“正気に戻りやがれマルチェラ! 女王となって、再び平和な時代を築きあげるのがお前の目的だろう!? 神王国を倒すのはその過程にすぎねえ!”



 今度は魔狼と、漆黒の鎧を着た大男が現れた。


 私は狂ってしまったのだろうか?



「はあ……はあ……。なんなのだお前たちは……!」


 私は槍を振り回し、幻影を振り払う。



 疲れた……。


 私は地べたに座り込み、神都の様子を眺めた。


「見ろ……明日には決着がついてしまうぞ」


 ジオラーキー山を越えた猛者たちなだけはあって、倍以上の兵力を誇る神王国軍を相手によく持ちこたえてはいる。

 だが、魔術師を失っており、城壁の修復も済んでいない。勝負はもう見えている。


「今晩、パワーバランスの調整に向かいましょう……極力この戦いが長引くように……」


 頭痛と吐き気に悩まされながら、夜を待つ。

 鎮静剤を飲んだので、気分はいくらか良くなった。


「さあ、神王国軍に夜襲をかけますよ」


 私の率いる兵は、生き残った完全体狂戦士、たった一人だけ。


「なーに、増やせばいいだけのこと。さあ――はあ……。またですか……」


 私と同じくらい幸の薄そうな女が目の前に現れた。



“マルチェラ、これ以上<狂血>を使ってはいけない。大切なものを失ってしまう”



「なにが大切なものだ! すでに私はすべてを失っている! ――失せろ!」


 槍を振るい、幻影をかき消す。


「なんなんだちくしょう……鎮静剤を使いすぎたか? ――さあ、行きますよ! 宴の始まりです!」


 兵舎に忍び込み、次々と狂戦士へと変える。


「な、なんだ!? 何が起きている!?」

「敵襲だああああああああああ!」

「ま、魔物が――うわあああああああああ!」


 神王国の陣地は混乱の渦に巻き込まれた。


「いいぞいいぞ! 狂戦士たちよ、死ぬまで暴れ続けなさい!」


 悲鳴が、骨の砕ける音が、肉のちぎれる音が、心地良い……。



 私は目を瞑り、両手いっぱいに手を広げる。


「はあー、心が安らいでゆく……」


 深呼吸してから、ゆっくりと目を開く。



 目の前には銀髪の青年が。


「……また幻影ですか?」



“インヴィ……俺が分かるか?”



「馴れ馴れしく私をインヴィと呼ぶな。なんなのだお前は?」



“お前の最初の夫だよ。……悲しいぜ。忘れられちまうとは”



「最初の夫だと? 2000年も前のことを、憶えている訳がないだろう!」



“インヴィ、今ならまだ戻れる。平凡な女として暮らせ”



「黙れ! 不死の力を持っている女に平凡な生き方ができるとでも!」



“その呪いは必ず俺が解いて見せる”



「何が“解いて見せる”だ! 幻影のお前に何ができる!」



“何千年かかるか分からない。だが、必ず生まれ変わって助けにいくよ”



「うっ……うっ……。じゃあ……今すぐ来てよ……もう私、限界だよ……」

「あそこだ! あそこに不審な者がいるぞ!」


「くそ! 幻影のせいで隠密が解けていた! 狂戦士たちよ、迎え撃て!」


 狂戦士たちを生みだしながら戦い続ける。



 いつしか幻影は姿を現さなくなっていた。





「――これくらいで十分でしょう。撤退です」


 これだけ暴れれば、神王国軍は今晩もう眠ることはできない。

 明日の戦いは、体力士気ともに低下した状態で挑むことになる。


 私は満足気に野営地へと戻る。


 幻影は姿を見せない。


「良かった……あいつらが現れると気分が悪くなりますからね」


 ほっとした気分で朝を迎える。


 軽く朝食を済ませ、丘へと向かった。


「うふふ、神王国軍に疲労の色が出ていますね」


 案の定、神王国軍は精彩を欠いた攻撃しかできず、小国連合の防御を打ち破れない。戦いは膠着状態となった。



 二日目の夜が来たが、私は何もしない。

 神王国軍は来もしない狂戦士に怯えながら夜を過ごし、勝手に消耗する。



 三日目、さらに動きが散漫となっている神王国軍は、ただいたずらに犠牲者を増やすのみであった。

 そして小国連合は、それをすぐに察知したようである。


 その日の夜、神王国軍に夜襲を仕掛け、神王国軍の総大将を討ち取ってしまった。

 そして敗走する神王国軍を追撃。半数以上の兵を包囲し殲滅する。



「お見事です。ですが次に来るのはもっと手強いですよ?」


 それから7日後、遠征中だった4万の兵が現れる。


「私は手伝いません。だって必要無いでしょう?」


 神王国軍内には、「夜になると恐ろしい化け物が襲ってくる」という噂が広まっており、彼らは満足な休息をとれず、士気の低下を招いていた。

 おかげで小国連合は、4万の包囲を受けながらも善戦する。戦いは1週間続いた。



「――さあ、来ましたよ。いよいよフィナーレです」


 地平線の向こうに大規模な軍の姿が。

 小国連合の援軍が到着したのだ。


「一度占領した神都を奪われる訳にはいきませんからね。当然彼らも戦力を結集させてきます」


 その数5万以上。

 しかも小国連合は私の妨害を受けていないので、士気も高い。



「申し上げます! 背後より小国連合軍5万!」

「ぐうううううううううう……! 第一軍団、第二軍団の3万を援軍にぶつける! 第三軍団1万は挟撃に備え、神都の包囲を継続!」


「はっ!」


 神王国軍は挟撃を受ける形となってしまったので、軍を二つに分けるしかなくなる。

 数、士気、形勢、どれも圧倒的不利。

 すでに勝負は見えている。



「あは、あはははははははははは! ああ、面白い!私の蟻のように、プチプチと潰されていきますよ!」


 小国連合には優秀なビーストテイマーがいるようだ。

 巨獣を操り、神王国軍の兵士を蹴散らしていく。


「おや、神王国も頑張りますね! これは楽しめそうです! うふふふふふふふ!」


 紫色の光が、巨獣に乗ったビーストテイマーを射抜いた。

 コントロールを失った巨獣が暴れ回り、敵味方双方の兵を押し潰していく。


「さあ……そろそろ、あれを出す頃ではないのですか?」


 小国連合の重装歩兵が密集円陣を組み始める。


 ――来るぞ来るぞ……。




 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 戦場からそれなりに離れているのに、ビリビリと空気が振動する。

 そして立ちのぼるキノコ雲。

 爆発地点は無と化していた。



 神王国軍から白旗が上がる。


「おや、もう降参ですか……。まあ、かなり士気が低下していましたからね。でもなんだかつまらないです……」


 そう思っていた私だが、良い意味で期待を裏切られる。

 小国連合軍が神王国軍を包囲し始めたのだ。


「あら、降参を認めないのですか。――あははははははは! 皆殺しにするのですね! 最高じゃないですか!」


 神都を守っていた猛者たちも出てきて、包囲戦に加わる。

 数時間もしない内に神王国軍は壊滅した。


「素晴らしい! まさに徹底的な殺戮です! そしてここまでやるということは――」


 小国連合軍は、神都ゾディンガルを破壊し始めた。


「うふふふふ……ああ、私がかよった女学院や魔術大学が破壊されていきますよ……! なんと美しいのでしょう!」


 それだけでない。

 民衆の虐殺もおこなっているようである。

 昔、私がやったように、見せしめとするつもりなのだろう。


 その狙いはうまくいき、二日後には、神王国に所属する都市すべてが降伏を申しでた。


 こうしてバルチナ神王国は滅亡したのである。




「素晴らしいフィナーレでした! 私の娘たちも、きっと浮かばれたことでしょう! あはははははははははは!」


 丘の上から、廃墟となった神都を眺める。

 城壁からは無数の屍がぶら下がっており、それをカラスどもがついばんでいる。


「ああ……滅びとは、どうしてこうも私の心を満たすのでしょうか……!」



“<狂血>……失った記憶を補填するように、破壊欲に憑りつかれるのか。なんて恐ろしい魔法だ。まさに禁呪だな”



 聞こえない、何も聞こえてなどいない……!


「邪魔だ邪魔だ邪魔だ……もっと満たさねば満たさねば満たさねば……!」


 これで終わりではない。

 私の国を滅ぼしたのは、神王国や小国連合の元であるメラトアス新王国。それがいくつも分裂し、今に至っている。


「――ということは、小国連合の国々も仇ということ。すべて破滅させてやる。ふふ……ふふふふふ……」



“インヴィ、娘たちのことは本当に気の毒だった。俺も悲しいよ。だがそれは300年前の話なんだぜ? 今を生きる人達にその罪を背負わせるなよ”



「うるせえ! 滅ぼすっつったら滅ぼすんだよ! なんなんだてめえは! 私の頭の中にいるのか! この悪霊め!」


 ゴッ! ゴッ!

 私は何度も地面に頭を打ち付ける。



「はあ……はあ……消えたか……。あは……あはははははは……! ざまあみろ、このチ〇ポ野郎!」


 自分の頭に向けて中指を立ててやる。

 ファックユー!


「さあ、滅ぼすぞおおおおおおおおお! これから忙しくなるなあああああああ! きゃはははははははははははははは!」



 インヴィアートゥの透き通るような水色の目に、禍々しい狂気が宿る。

 不死の女神は今完全に、破滅の魔女へと堕ちたのだ。






“インヴィ……必ず俺が救ってやるからな……”


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